99年9月12日(日)

         辻 淳二

 

   

 

 

植物探勝会

 

爺ソブ

 

秋のアジサイ

 

蝶、花に止まる

 

涼風の城山山頂

 

野球姉弟の庭の芙蓉

 

出足良く高尾山頂へ

朝、新聞を取りに庭に出て好天なのを見て、念頭にあった「高尾山縦走の足慣らし」に行こうと決めた。仕事の日数を減らして増やした自分の時間の使い方の一つとして、月に二回くらいのペースで高尾山に行くというのがある。実績はまだ月一回ペースだが、各回ごとの新鮮さは思い通りで、「目の付け所はシャープだった」との手応えはある。ただ、これまでは「夕方出かけて、暮れゆく山頂を楽しむ(参照:8月号寄稿)」などの変化球路線で、「1000メートル台の山に気楽に行ける足腰を取り戻そう」という直球型の狙いには殆ど役立っていない。そこで、秋になったら久々に「高尾から陣場までの縦走」をやって、この切り口のメリハリをつけようと思っている。ただ、低い山とは言え6時間くらいのコース、秋深くなれば縦走路を行く人はそう多くはない等を考えると、「全くの備えなしではまずかろう。一度途中の景信山くらいまでの足慣らし/ルート検分をしておこう」との思いに沿ったものである。 そう決めたら、行動は早い方がいい。この日は朝寝坊の娘がまだ起きてこない10時半過ぎにスタート、11時半過ぎには高尾山のケーブル上駅を降りていた。今日はなるべく山道をと、吊橋のある自然研究4号路を登る。今日の主題は足慣らしだから気持ちと足がOKならグイグイ行こうと、途中お年寄りや家族連れの多い登山客と行き交いながら、「昔の登り方はいつもこれだったな」と懐かしく思い出す。40分足らずで登り終えると、山頂はいろんなグループの食事時で超満員、一隅に場を見つけておにぎりを頬張る。すぐ近くに元気な年輩の男性が居て、一足先に縦走路に向かって行った。

予定外の「植物探勝会」参加が大当たり

12時半を過ぎ「ボチボチ行くか」と、山頂にあるビジターセンターの前を通り過ぎようとしてフト見ると、「13時から約2時間、植物探勝の会。参加者募集」との表示が出ている。窓口に「まだ、入れるか」と聞きに行くと、「OK」とのこと(後でわかったが、私が最初の申込者だった)。そこで、この辺が軟弱になったというべきか、老人力がついたというべきか、その瞬間にサッと作戦変更してしまった。「これに参加してから行こう。景信までならそれからでも何とか行けるだろう」と考えたのだ。13時になって集まったのは6人(内、男は2人)で、自分より年輩の指導員の人が頂上周辺の山道の植物を懇切に説明して下さった。小さな草花をルーペで覗かせて貰ってノーマークだった楽しみ方に気付いたり、実がはじけたり人にくっついて運ばれたり「種の生き残り」に懸命なことに感心したり等、やはり「その道のプロ」の案内は見事だった。おそらく、この日山歩きのついでに見た草花だけだったら、「今日の山行きでは、植物での収穫はなし」と思ってしまっただろう。それが、この会が終って歩き始めた道での草花への気付きはずっと敏感になったし、探勝の途中で「咲き始めたか」と指導員も目を輝かせた爺ソブの写真が撮れ帰路に休んだ一丁平付近の茶屋に飾ってある花の写真にも爺ソブがあって印象深く眺めた(ここには婆ソブの写真もあって、音声で聞いたジイが爺の意味だと合点した)という小さな感動もあったしということで、「この日のハイライト」となった。

マイペースで帰路へ

指導員は「植物が好きで好きで・・」というイメージの人で、予定の2時間はあっと言う間に過ぎ、かなり超過して終った。山頂下のもみじ台近くでお仲間と別れ、残していたおにぎりを食べながら一休みした所で、3時半になった。ここで、景信からは下山路が面倒そうなので、手前の小仏城山まで行って相模湖に下りるルートをとることに予定を変更した。この時間になると、高尾側に向かう人はそこそこあるが奥に向かう人はポツンポツン。ただ、道は登り道と言ってもちょっと急な登りが数ケ所あるだけで、足も息も乱れない程度だった。結局、ほんの数組のグループを追い抜くだけで殆どが単独行となり、風が心地よい小仏城山の山頂に4時15分に着いた。汗を拭い、茶屋で缶入りの清涼飲料を買うと200円だった。因みに、同じ物が家近くの高幡不動のスーパーで100円、同駅の自動販売機で110円、高尾山口駅の自動販売機で140円、高尾山頂の茶屋/販売機で160円であり、運び上げるコストと消費者の価値のバランスのシフトの感じが分かって面白かった。

疲れを忘れた「麓の人たちとの交流」

城山からはひたすら下山の一途、東海自然歩道を下りたが、かなり急で「ここは登りでは使いたくないな」という道だった。一ケ所、相模湖が一望できる展望のいい所があるだけで、途中はいやでもグイグイ下りてしまう感じで、休みなしで千木良という麓の村の外れに着いた。そこに茶屋があって、その前にある椅子にリュックを置いてフト見ると、小さい姉弟がボール遊びをしている。二人でやっているので、空振りしたり逃したりすると遠くまで取りに行ってとなって、見ていてもどかしい。そこで、腰を下ろした瞬間に立ち上がる感じで、キャッチャーの役を買って出た。すると、家の中から二人のお祖父さんも出てきて、彼がピッチャーとなり、(多分)小学生と幼稚園の姉弟が交代でバッターになれる状況ができた。そして、最初は空振りばかりだった弟にちょっとコツを教えるとすぐ上手くなって、2人交互にいい当りが続く「老少の快適空間」ができた。それを見届けて、祖父さんの茶屋のメニューから「氷メロン」を注文して一息ついた。「氷・・」をこの夏に食べたのは初めてだったが、これが地元のいい水(これ単体で、50円で売っていた)を使ったもので、実にうまかった。食べ終わって別れを告げ、少し歩いて道を折れた所で、後ろから声がする。振り返ると、ボールを逃して拾いに来た弟がこちらに向かって手を振っている。こちらも釣り込まれて手を振り返し、「野球きっとうまくなるぜ」と叫んで別れた。

千木良のバス停に立って時刻表を見て、最終バスはとっくに出てしまったことに気がついた。何たること、全くの読み違いだった。原因は、縦走路の先の陣場山の下には結構遅い時間までバスがあるので、その先入観だった。やむなく、弁天橋という相模湖に掛かっている橋を目指して歩き出す。行く人も少なく日も落ちてきて、ちょっと億劫な気分となり始めたが、途中で道を聞いた地元のご夫婦と同行ができて、世間話をしながらになって救われた。湖にかかる大橋はご主人が学生の時にアルバイトでペンキ塗りをしたもので、今は高校生の子息が熊本の国体にカヌーの選手で行っているとのことだった。駅近くで別れ、相模湖駅に着いたのが6時少し前、駅前に「 %% 君(複数)、国体カヌー参加」を歓送する横断幕があって、その一人が先ほどのご夫婦の息子さんと分かった。

達した「縦走への備え」の目的

かくして、予見にはなかった面白い出会いがいくつかあって、楽しく過ごした一日となった。尤も、縦走への足慣らしについては予定を端折ってしまったが、もしケガをするとしたら下山路の方が可能性がずっと高いことを確認でき、「ルートを陣場側から入る、時期は10月下旬か11月の上旬あたり」で心積りができたので目的は達成したと言ってよいだろう。  

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