ヨレヨレ日記 某月某日(PART3) 高嶋 宏尚
某月某日 火曜日 曇り
出久根達郎さんの「書物の森の狩人」を読んだ。この本は、いくつかの古書を取り上げ、本の内容、発刊時の世相、著者の思い出など、その本にまつわる様々な話を紹介したものであり、とても面白く読める。
その中に、永井隆博士の「この子らを残して」が取り上げられていた。永井博士は長崎医大に勤務中白血病を患ったが、病をおして働いている最中に被爆、奥様を亡くし(誠一、茅乃の2人の子供は祖母の家に行っていたため、幸いにして被爆していない)自らも病床に伏すことになってしまったのだが、亡くなる前に何冊もの著書を残された。『この子らを残して』もそのうちの一つで、瀕死の病床に就いたままの永井博士のために小学生の娘茅乃が給食に出たパインジュースを家に持ち帰るくだりを、出久根さんは紹介している。
給食に出たパインジュースは、甘味の殆んど無かった終戦直後ではこの世のものとも思えないほど甘かったに違いない。お椀に入ったこの甘いジュースを病床の父に飲ませたい一心で、茅乃はいつもの足なら2〜3分の距離を30分もかけてそろりそろりと帰る。いくら注意深く歩いたとて所詮は幼い子供のなすこと、父のもとに帰り着いた時にはお椀のジュースはほんの一口しか残っていなかった。この一口を父は涙ながらに啜ったのだった。
自分が長崎に勤務していた時にはこの永井博士親子の住まい(如己堂と呼ばれる小さな家屋で、今日でも訪れる人が絶えない)の近くに住んでいたし、よく散歩にも行ったものだった。茅乃の通った小学校は山里小学校に違いない。如己堂とは指呼の距離であり、道筋の情景も学校の佇まいもありありと思い起こせる。思い出の景色の中を、お椀を抱えた茅乃が通っていく姿が見えるような気がした。
ただひたすら、重病に苦しむ父に飲ませたいとだけの思いで、自分の分を残し持ち帰ろうとする茅乃の心はなんと表現したらいいのだろうか。たった一口分だけ残ったということにも泣かせられる。いかなるものにも例えようのない茅乃のいじらしさを思うと切なくなった・・・・落涙。
某月某日 水曜日 雨
雨の日は出勤時間に自家用車のラッシュとなり、狭い道路が混雑するものだから、それでなくても時刻表どおりに走らぬバスが一層遅れる。ややウンザリして電車に乗ったら、今度は東西線の駅でポイント故障があったとのアナウンス。これでは電車も更に遅れるし、今日は出だしから仏滅状態だなと思いながら西船橋についた。案の定、故障の所為で電車が連なってしまい、しばらく西船橋駅で停車しますとのこと。こういう場合に、短慮の挙句セカセカと動き回って結局損をするのが自分の常。「今日はこのままじっとしていよう」と電車に乗ったままでいたのだが、一向に動き出す気配がない。場内放送では「JRへの振替乗車をお願いします」の案内が繰り返されている。ホームでは時ならぬ携帯電話のラッシュで、皆、勤め先などへ遅れの連絡をしている。
しばらく文庫本を読んでいたのだが、一向に状況が変わりそうにも無い。10分も経った頃、ついに堪りかね電車を降りた。混雑の極みだが止むを得ないJRで行くかと腹を決め、会社に遅れる旨の電話を入れた。改札口には振替切符を貰うための長い行列が出来ている。一人の駅員が、汗を滴らせながら客に振替切符を配っている。すぐその傍らで若いサラリーマンとおぼしき人物が、「こんなに客が並んで居るではないか。あんた一人じゃ非効率だ。もっと配る人を増やさなきゃダメだ」など、唾を飛ばしながら説教している。どんな状況でもお節介な人はいるものだ、と眺めているうちに自分も切符を貰った。
さて、JRに乗ろうかと思ったが、予想通りホームは酷い混雑である。幸い今日は、朝一番での打合せや来客はない。「こうなりゃこの状況を楽しんでやれ。コーヒーでも飲もう」と改札を出た。駅前で喫茶店でも探そうと考えたが、結構な雨が降り続いている。外に出るのは諦めて、駅構内にある今流行りの安いコーヒー・ショップに入った。ここも混雑していたが、なんとか窓際に座ることが出来た。大概の客はトーストなどのセットを注文しており、随分こういうところで朝食を摂る人達が居るものだと思った。コーヒーを啜り、タバコをくゆらし、ぼんやり雨の町並みを眺めたりしながらこのヨレヨレ日記をしたためた次第。一杯のコーヒーを飲み終えた頃、故障が回復し電車が動き出していた。これはサボタージュになってしまうのだろうか。
某月某日 木曜日 曇り
今日、某証券会社の営業部長なる人物が小生に「お詫びをしたい」とのことで、「わざわざお出でいただく事はない」と言ったにもかかわらず来社した。
ことの経緯は、当社が導入しようとしているシステムについて証券会社との接続を検討しているのだが、「テスト等にかかるコストを株式取引の注文をすることで賄って欲しい」旨の申し出が担当外のセクションに対してあり、報告を受けた小生の「(言ってくる相手も、その内容も)筋違いだ」との発言が、先方に「システム担当部長がえらく立腹している」と伝わったためである。
もともと、システム接続による発注に協力するかどうかは証券会社の判断すべきことであって、協力しないと発注しないということでもないし、システム接続によらない取引方法もあるのだ。
初対面であるが、件の部長の言うことは「誤解を招くようなことになり申し訳ないが、多少の手数料ではテスト等の費用が賄えるわけでもないし、当方がそのような要求をする筈がない」である。実際に担当者からは「申し訳なかった」と詫びがあったのだし、システム接続を理由にして発注を迫ろうとした魂胆は見え見えなのだが、初対面の人といきなりケンカをするのも大人気ないと、今度のことは誤解だったということにしたのだが・・・。
ムッとしたのはその後である。「投資家各社が証券会社とのシステム接続を試みているけれど、未だ上手くいったためしがなく、かつ先般のU社のように、システムによる発注ミスで大変なことが起きたりもしている。従来は証券会社がお客の発注ミスをカバーしたりもしてきたが、今後はそんな訳にはいかない。自社システムはきちんとしているが、接続しようとする世のパッケージがなっていない」などと言い出したからである。自分達は準備万端整っているが、お客やシステム・ベンダーがお粗末であり、STPを進めていってケガをしても庇ってあげられないよと言わんばかりであった。
「こいつ全然分かってないな」と思った。U社の件は、システムから警告が出ていたにもかかわらず強引に処理を進めた結果であり、明らかに人災である。それに、これまでも、これからも、お客の発注ミスを証券会社が被るようなことは許される筈がないではないか。取引は全て投資家の自己責任で行うものだろうが。また、自社システムは整っているとの話だが、ベンダーの名を聞いて笑い出したくなった。当社はそのベンダーの製品を使用していて、散々酷い目にあってきているのだ。また、仮に当方にトラブルがあったとしても、証券会社にツケを回す事など出来る訳がないだろうが。まともに話をする気がすっかり失せてしまい、早々にお引き取りを願った。
何をしたくて押しかけて来たのだろうか。部下に小生の経歴なども調べさせてから来たとのことだが、詫びに来た訳では断じてない。目算を外させた奴の様子を探りにか、あるいは嫌がらせをしにか、それともシステム化の足を引っ張るためか、はたまたケンカを売りにきたのか。いずれにせよ不快極まりなく、お帰りいただいた後、玄関先に塩を撒いたのであった。
某月某日 月曜日 晴れ
買い集めたCDが溢れ出してきて、なんとか始末をつけなくてはならなくなった。近所にビデオやゲーム・ソフトなどのレンタルとともに、CDの買取もする店が出来たので、不要になった24〜5枚のCDを持っていった。内容は、クラシック半分、ポップスや歌謡曲などが半分であった。多少の時間はかかるが、一枚づつ買取査定をする。どうせ高く売れることはないとは思ってはいたのだが・・・。
査定結果をみてやっぱりと驚き、ヨロヨロと倒れかかった。ポップスや歌謡曲はともかく、クラシックの成績の悪いことは夥しかった。オトマール・スイトナー指揮ドレスデン国立歌劇場管弦楽団のベートーヴェンの「第九」も、ソプラノのエディタ・グルベローヴァの「狂乱の場」も、デジタル録音であり古いものではないし、丁寧に扱っていたから痛んだり汚れたりもしてはいない。定価は3500〜3800円のものなのだが、なんとこれらが基本査定10円。特別買い入れ2割増しキャンペーン実施中とやらで、買い取り価格は12円である。
名ピアニストとして世界に名を馳せたアルトゥール・ルービンシュタインの2枚組のショパンのソナタ、ノクターン集も10円。半年前に買ったエリザベート・レオンスカヤのショパンのポロネーズ集も10円。マルタ・アルゲリッチのピアノとクラウディオ・アバド指揮ロンドン交響楽団のショパンのピアノ協奏曲も10円と、すべからくクラシックは10円の評価なのである。ポップスなどに比べればクラシックは売れないのだろうが、それにしてもタダ同然ではないか。ここの店はクラシックの曲や演奏家については全く分からないのではないかとの気がした。一番高い値がついたのは、「ザ・ピーナツ・ベスト・ヒット」で200円であった。
24〜5枚全部で900円余り。不要物を処分出来ただけで十分であり、幾ばくかの金はおまけなのだと考えればいいのだろうが・・・それにしても悲しかった。
某月某日 金曜日 曇りのち雨
またB社の登場である。散々セールスして来た挙句、自らの開発体力をオーバーして売り込んでしまったことが原因で、「半年程パッケージの導入を見合わせてくれ」との申し出があり、「今更そんなことを言われても困る。どんな手当てでもして責任を取れ」とやった経緯がある。やっとのことで、逃げようとするB社の首根っこを押さえつけて、当社サポートの体制を作らせた。カスタマイズは当面放棄するが、使える機能だけでも役立つと判断した訳だ。
発展途上のパッケージだから、きっちり当社SEがテスト、チェックをすることも覚悟した。サポートについた要員も営業担当であり、システムの専門家ではないのだが、一生懸命当社のため汗を流してくれようとした。問題は、技術部隊の対応や社内の連携がお話にならない程お粗末なことである。
テストのためのデータベース設定をする直前になって、「2〜3週間遅れる」の話が飛び込んできた。理由を聞いたら、技術部隊の確認が要るとのこと。そもそも、これまでも碌なサポートも出来ず、力量にも疑問のある技術部隊など頼りに出来ないから当社がテストすることにしたのだし、もとのスケジュールでも技術部隊のテストなどなかった。なぜ直前になってしゃしゃり出てこなければならないのか。
次はブローカーとの接続試験である。B社に苦い思いをしてきた経緯からブローカーはテスト参加に腰が引けていたが、協力してくれることとなった。B社提示の仕様に従ってテストをしたが、結果は散々、全くデータが流れない。よくよく調べたら、システム接続の仕様が新しくなっていたことが判明した。もうこの程度のことでは驚かないが、「新しい仕様を示せ」と要求したところ、「出せない」との技術部隊の回答である。営業の責任者に電話し、すぐさま責任ある回答を求めたところ、3日目になってやって来た。
さすがに苛立つていたので、来るなり「お前達は本気で当社をサポートしようとしているのか。何かする毎に支援どころか足を引っ張っているではないか」とぼろくそにどやしたところ、「じゃあ止めましょう。もともとパッケージが不十分であることは分かった上で御社がやりたいと言うから対応してきたのだ」と営業の責任者の弁である。
怒りを通り越して、呆れ返るしかない。
「パッケージがボロであることは言われなくても分かっているが、最低限の確認すら出来ていないではないか。だからこそ、本来おまえ達がしなければならないテストを俺達がやろうとしているのだ。にもかかわらず、誤った仕様を提示するばかりか、仕様を示せないなど、度し難い対応をしている。それを承知のうえで、『止めましょう』などと言っているのか。ふざけるのも好い加減にしろ」と、些か荒っぽい口調にならざるを得ない。
システムの接続仕様のことは「誰も知らなかったし、知っている者はどこにもいない」などと平気で言うのだ。頓珍漢も大概にしてもらいたいが、少なくともシステムが出来ているからには、仕様が定められていない訳がない。こんな初歩的なことすら分かっていないようだ。誰も内容を知らないものを作ったり、売り込んだりすることが出来る筈がないではないか。無責任だなどの批判を越えてしまう程の、何か本質的な間違いがあるように思えてならない。
35年来親しんで来た競馬、新年は1月5日の”金杯”から始まるのが恒例である。例年5日は仕事なのだが、今年は土曜日であり、家でテレビを見ながら楽しむことが出来る。新年の皮切りであり、いつもは手を出すことのない1レースを「年の始めの運試し、遊び心で少々買ってみようか」の気になった。
競馬新聞を見ると、1レースにマイサニーカフェなる馬が出てきているのに気が付いた。図らずもつい先日、年納めの”有馬記念”がマンハッタンカフェとアメリカンボスの1,2着で480倍強の大波乱となったことに思いが到った。13年がカフェで終わって14年がカフェで始まる、というのも一興である。このマイサニーカフェから買ってみることとし、相手に2頭を選んだ。いずれも大穴馬券である。過去の成績や血統、距離適性、レース展開などを吟味検討のうえ投票するのがまともな競馬ファンだとすれば、語呂合わせや数字合わせで馬券を買うのは”ケントク買い”と言って、これは邪道とされている。
いざ電話に向かい投票をする段になって魔がさしたというか、通常の理性を取り戻したというべきか、ふと迷いが生じた。
1レースは最低条件の馬達のレースであり、出走馬は一度も勝ったことのないものばかりである。その中でもマイサニーカフェは2走していずれも11着である。最低条件の出走馬のなかでも、際立ってダメな成績の馬なのである。「いくら遊び、運試しとはいっても、こんな脳天気なことをしていてはただお金を捨てるようなものではないか」と、馬番連勝を買う予定を急遽変更してワイド馬券に変えて投票をしてしまった。大穴馬券を買ったとはいえ、1,2着をきっちり的中させなくてはならない馬番より、ワイドならまだ可能性があるのではと思ってしまったのだ。どうにも及び腰、半端な姿勢で恥ずかしいのだが。
テレビをグリーンチャンネルに合わせ、レース実況を見た。選んだマイサニーカフェは、前走とはうって変わって果敢な逃げを見せた。いつ後続に捉まるかと思っているうちに到頭逃げ切ってしまった。数頭が並んだ2着争いでは、「あら、あら、あら」と思って見ているうちに、相手に選んだ1頭が内を付いて伸びてきて先着してしまった。馬番連勝は153分の1の確率、ワイドのそれは153分の3である。どちらにしても滅多に当てられるものではないのに、どうしていざという時にならなくても良い弱気になってしまうのか。
当然大波乱である。ワイドで44倍の配当を貰いはしたが、馬番連勝は238倍の配当である。クラクラっと眩暈がし、自分の勝負弱さに歯軋りをする思いである。それでも幾ばくかの幸運に恵まれたと思って、後はおとなしくしていればいいものを、こんな口惜しいことがあるとその後は必ず乱れてしまう。儲け損なった分を取り返したいとの気持ちが先に立ってしまい、それでなくても冷静さなどないのに、一層平常心を失ってしまうのだ。
以後、買った馬券はことごとく大外れ。ついに1レースで貰った配当を全部吐き出してしまった。年のはじめからヨレヨレである。嗚呼。