辻 淳二

98年

11月28日(土)

  午後から会社の中堅社員W君の結婚披露宴に出席。朝から見事な青空、夕方は会場のホテル近くから東京湾に落ちる夕日の右寄りに富士のシルエットが綺麗に見えた。天にも祝福されて、明るさ一杯の門出を感じる。

 最初は、久しぶりのお祝いの挨拶に緊張。先ず、W君の社内での「パソコン/ネットワーク技術や会社カタログ等のコンテンツ作り」等での余人に代えがたい存在感の話。次に、「若者としてはこの存在感で十分だが、もう一回りのスケールアップを願う上で、そこへの自己意志による踏み込みとなるご結婚はまさにタイムリー」と、社員一同"祝意いっぱい"との思いを話した。

そして、締めに、今年日本を明るくした横浜権藤監督が日本一を決める最終戦の先発に(つまり勝負の場に)入団2年目の若者川村君を選び、8回半ばまで完封の快投を引き出した時に贈ったとされる一言が、野球好きのW君およびご家族の門出を祝う言葉にピッタリというイメージから、次の言葉を贈らせて貰った。「May GOD be with you & your families」(権藤氏の言葉は、with youまで。この意味は、「この勝負お前に任せた。とにかく自信を持って行け!」だったろう。&以下は、場に合わせて私が加えた。)ただ、この言は、ダンディーな権藤氏が使ったから決まる訳だし、また川村君の活躍は後を救援した佐々木大魔神の陰に隠れて目立たなかったから、そうでない自分が流暢でない英語で言っても会場の人には通じなかったみたい。たまたま59歳でまさに同年の監督が、夢を託す若者を勇気づけ、若者がそれに見事に応えた話にシビレた自分が、「あやかって、どこかで使わせて貰おう」と暖めていた思いを自己満足させたに過ぎなかったかとちょっぴり反省。

ともあれ、早めに出番が終わって、食事やお酒もゆっくりと頂けたのは幸運だった。新郎新婦の満面の笑顔が、ご家族、お仲人、全参列者に波紋のように伝わって、皆ニコニコ顔で楽んだ宴に自分も心おきなく参加できたことに感謝。

98年

11月29日(日)

 今日は、入れて貰っている「50歳以上の人が会員になれるシニアのテニス倶楽部」の秋の大会と納会の日。元気なお年寄りが多く、60歳を目前の私もまだ"小僧っこ"的な存在。しかも、毎週2回の練習機会があるのに、今年は私事にいろいろあって出られず、今日が「最初で最後の参加」とあって、ちょっと背中をすぼめる気持で参加。

 朝方は曇っていた空が開会頃には晴れてきて、風もない格好のテニス日和。大会と言っても、約20人くらいが紅白に分かれての対抗戦形式ですべてダブルスという趣向。ほとんど勝負にこだわらない、ただ舌戦は結構遠慮のない賑やかさで、「最後だけ来た男」も屈託なく溶け込んでテニスと日向での雑談を楽しんだ。従って、戦績は大して意味を持たないが、我がチームは勝ち、個人成績は2勝1敗と、応分の結果は出せて幸せだった。

雑談は、こちらがメインと言ってもいいくらいの楽しさ。太陽が照るとポカポカとした背中が心地よく、雲隠れすると防寒衣を着込むという晩秋のコート風景はいつも通り。その中で、会話の中でいまや定番の「不景気」の話が殆ど聞かれなかったのが、妙に印象的だった。「昨今の経済の沈没に現役で巻き込まれなかった年代で、しかも元気印の集まり」という、いま希少価値の集団が図らずもここにあるという事なのだろう。

 テニスは3時過ぎに早めに終えて、夜にまた多摩センター駅近くの会場での"忘年パーティー"で再会。昼より参加者が増えて約40人、平均年齢は65歳を超えるが、それぞれが昼間と趣が違うおしゃれをして集まってくるのを見るのが楽しい。円いテーブルを7人ずつで囲んで夕食をしながら、今日の試合やいま熱中していることに話が弾む。どうやら、「ゴルフをやめて、ダンス、そば打ちといった、個性的な趣味に打ち込む」のが、やや先輩の男性陣の"元気の秘訣"らしい。食事が終わると、合唱をライフワークとしているご夫妻の合唱、テーブルごとのチームによる昔テレビで流行った「連想ゲーム」大会と、例年にない趣向が続く。我が7人チームでは、「どうやら私が最若年」という理由で、リーダーつまりヒントを出す役を命ぜられた。この歳で、檀ふみとか、往年の茶の間の人気者の役をやるとは・・と思いつつ、結構楽しんだ。今年の全休を免れたことで、「来年の出場権」もキープできた。加えて、このような軽い頭の体操も織り交ぜて、気の若い先輩男女からいろんなオーラを貰った。思い通り、いやそれ以上の収穫を手に入れた一日だった。

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