2005年10月16日(日) 辻 淳二
「百草園」から「藤沢周平の世界展」へ
この日は、京王線の吊るし広告で開催を知った「藤沢周平の世界展」を観に、世田谷文学館に行くことに決めていた。一方で、短歌の師・松本東亜先生主宰の熊本での歌会に同月21日(金)に初参加するための短歌を詠んで送る期限に迫られても居た。
朝起きると、前夜までの雨が残っていて、期待していた“秋晴れの下での歌が詠める状況”ではなかった。そこで割り切って、「紅葉前の閑散期の、雨上がりの百草園」で歌詠みのシーンをいくつか掴まえて、その足で世田谷文学館へと向かうことにした。
閑期の「百草園」へ
我が家からゆっくり歩いても10分は掛からない庭園・百草園の入り口を入ったのが13時ちょうど、木戸口で入場券を買いながら園内に目を向けると、梅の時期などにはかなりの賑わいを呈する近くの広場にも階段にも人の気配がない。そこで、木戸番の人に「空いてるねえ」と問うと、何と「お客様が初めてです」との返事。「まさか・・」とは思ったが、そう聞くと「これは面白い!」とワクワクするのが私の性分、この時期には余り来たこともないこともあって、ゆっくり園内を回ることにした。紅葉の時期にはまだ早く、園内に華やかなものはまるでないに近かった。それでも、私の後から3組くらいのカップルが入場しながら園内を足早に巡ってさっと立ち去るのに惑わされずに、「何か、歌に詠めるものは?」と丁寧に回っていると、「そこそこ格式のある、この庭園を独り占め」の贅沢な気分になってきた。
それの最たるものは、大勢の訪問客がある時はめったに立ち寄らない茶屋に入った時だった。蕎麦を注文し座敷に上がると、調理されるのを待ち食べ終わるまでの約30分間、座敷に居るのは私一人。「さらば」とどっかり座って庭に目をやると、萱葺きの軒から朝方に降った雨の雫がポツンポツンと落ち、目の前を広角に雨上がりの緑が静まっている。閑に任せて座敷の中を巡ると、鴨居の上の壁面に、園内で撮影された見事な花や景色の写真が飾られていて、その中の多くがもう観られなくなっていることを知る。この1時から2時の時間帯にこうだったのだから、その後を含めてこの日に調理の女性の手を煩わせたのは私一人だったという可能性は十分にある。あれやこれやを合わせて、「稀に見る、贅沢でスローな時間」を過ごさせて貰ったとの実感があった。
そして、肝心の短歌であるが、上記を含めて
“ちょっとした感動”のシーンを程よく見つけることができ、気分よく退出することができた。
お目当ての「藤沢周平の世界展」へ
次に、お目当ての「藤沢周平の世界展」へと足を進めたが、会場の世田谷文学館は、通勤路の京王線沿線にあるのに今回が初訪問だった。芦花公園駅から歩いて5分余り、入り口の横に色とりどりの大きな鯉が泳いでいる掘割があって、訪問客を柔らかく迎えてくれる。
ここへ是非とも行きたかったのは、私が来春をメドにビジネス界を卒業した後の楽しみとして一番やりたいのはおこがましいながら小説を書くことで、そこへ気持ちを高めていく上で、愛読し、かつ憧れている藤沢周平の「作家像やその暮らし」についてリアルに知りたかったからである。そして会場では、好きな作品の手書き原稿はもとより、創作に当たっての取材時の写真や記録、登場人物の名前の候補を列挙したメモ、ドラマや映画になった時の場面考証の図(部屋の間取りとか)、親しい作家たちと交換された手紙など、こういう場がなければ知りえない“多岐に渡るイメージ情報”を十分に堪能することができた。中でも、個人的に面白かったことに、次の二つがあった。一つは、「こんな感じで、執筆ワークをしていた」との雰囲気を示す書斎が再現されていて、それがすごく身近に感じられたこと。もう一つは、作品の舞台となった地名や神社/寺、橋、長屋などを今の東京の地図にプロットした大きな絵が我々参観者が足で乗って辿れるように床上に描かれ、その中に私が勤務している御徒町・上野広小路周辺の場所もいろいろ書き込まれていて、小説の世界を今の日常に照らしてイメージすることができたこと。こうした展示の前では、他の人たちが一目見て通り過ぎていく中で、タップリと時間をかけて楽しんでしまい、気が付いたら閉館時間近くになっていた。
おわりに
文学館を出て、駅前のコーヒーショップに入り、一休みしながら、百草園で掴まえたシーンを短歌の形に表現するワークを30分くらい行った。そこで骨子を詠んで、その後の推敲、松本先生の添削指導を経てまとめたのが、同じ05年11月号の「創作」欄に登載した作品である。[05.11.3]