我が「小なる教育改革」の試み 辻 淳二
今年、新潟の私立大学での講義が5年目に入った。「新潟国際情報大学」という新潟県を慶応が後押しして7年前に設立された大学で、3年生に「経営と情報1」という講義を受け持っている(去年までは4年生の「コンピュータ・ネットワーク」というのも持っていたが、専任教授が着任されて今年バトンタッチができた)。遠路はるばるだし、いずれは3年の講義も専任者に引き継ぐことになる筈なので、そろそろ「やることはやった」と言える完全燃焼状態にしておきたいと考え始めている。そこで今年は、講義の負担が半分になってできたゆとりの半分を「自発的な教育改革」に投じることにし(半分は、ライフワークの一つである「良寛の研究」のためのフィールドワークに充当)、自分の講師活動を揺さぶってみた。すると、変えたが故のリターンというか、いくつかこれまでには得られなかった出会いや感動があって「かけた手間には十分見合う充実感」を味わうことができた。同じ立場の誰もがやっていることだと思うが、一非常勤講師の私が「試みた教育改革と、それに対する学生の反応」をレポートしよう。
今期に新しく行った「改革策」
1 講座全般に「ライブ性」を高める
・ たまたま私が担当している「経営と情報1」という講座がいま日本の経済の再生の力となるとして脚光を浴びている「IT(情報技術)の活用と経営改革との関わり」を教えるもので、この向きの企業の動きはこの講義期間中も時々刻々進行している。1項は、そうした講義の特質に着目し、まさにリアルタイムというか、上記に関係する企業の生の動きに対して学生が「確かな情報感度」を持てるように、講義期間中にメディアで話題になる企業の動きを随所に織り込んで講義を進行させることにしたものだ。
・ 例を挙げると、10数コマある講義の終り近くの1コマを、「この講義期間中に報道された企業の動きや統計データを使って、現下の“経営と情報システムとの関わり”を鳥瞰的に話す」ことにした等である。
2 「ライブ性を持たせる際の情報源」を原則『日本経済新聞』に絞り込む
・ 2項は、意欲ある学生が自ら「本講座に関係するライブな情報に対して感度を高める」ための行動を起こし易いように、彼/彼女達が簡単にアクセスできる情報源からの情報を使って「私がやって見せる」ことを重視したためである。
3 「企業訪問によりリアルに学ばせて頂く場」を2社に拡充する
・ これまでも、この講義では有志を募っての企業訪問をやっていたが、これを企業側のご協力を得て、2社に増やした。3項は言うまでもなく、大教室で受け身で聞く話よりも企業の第一線でシステム化(情報システム[=現下の言い方ではIT]を活かして、めざす変化[=改革]を実現する)に取り組んでいる方の生のお話を聞かせて頂く方がはるかに価値があるとの判断に拠るものだ。
4 出欠取りを兼ねて「情報感度を高める狙いの“頭の体操”的出題」を出す
・ 260人も受講する大教室での講義で出欠を取るのはとても面倒だし、そういうことはしたくない。さりとて、評価を一回の期末試験だけで的確に行なうだけの自信はない。ということで、数年前から「時局の話題への関心度をクイズ的に聞く」課題を2回に1回くらいの頻度で出していた。それを今年はより的を絞って、つまり「この講座に関係が深い日経新聞の記事をちゃんと読んでいれば(ほぼ確実に)当たる課題」を出すことにしたのだ。
要するに4項は、「講義日の直前一週間以内の、それも極力一面に出ている話題を使う」ことで、「日経新聞を問題意識のアンテナを立てながら読む」学生を増やすことを狙ったのだ。
5 講義のやり方を「パソコンとプロジェクターを使った講義」に変える
・ この項は、企業社会ではもう当り前になっていることだが、去年までは自分のパソコンを持って行かないとできなくて、やっていなかった。それが今年になって、大学の教務課にこの用途用のノートパソコンが配備されたので、「第一号の活用者」となることを買って出たものである。
「打てば響く」とは行かない反応、でも「嬉しいリターン」もあった
このように、講義をする側の小生は「改革策を内に秘めて」学生達に接したのだった。ところが、講義を受ける側は「ややノンビリした田舎の、素直だが自分の旗色を出したがらない(大学関係者は「これが新潟の県民性だ」と言われる)面々」である。残念ながら、「打てば響く」ようには反応してくれない。「日経新聞読んでいる人は?」と聞いても、(200人近くも居ながら)ほとんど手を挙げない。「企業訪問者を募る」と掲示を出しても、例年以上に反応が鈍い。「一体こいつら、どこまでノーテンキなのだ」と心の中でどついている感じの日々が続いた。それでも辛抱強く働きかけて行くと、企業訪問を例に取れば、「行きたそう」にしながら結局「公務員講座とぶつかる」「他の講義の課題に忙しい」「訪問の報告を皆に講義の場でするのが嫌」等の理由をつけてパスする、それもリーダー格がそうするために仲間まで引っ込んでしまうという、ハングリーでない学生かたぎが見えてきた。まあ、その過程で教務課の人たちと「どう、アメとムチで揺さぶるか」策を練るという場面も出てきたりして、私には面白い体験になったのだが。
さて、肝心の、この小なる改革努力のリターンについて書くことにしよう。結果は、いくつかの、確かな「去年までにはなかった学生や事務方との“いいキャッチボール(心の通い)”」ができ、私自身が得たことも少なくなかったのである。その主なものを以下に記そう。
1 私が「情報感度を高める」ために奨励していた動きをやって見せた学生が現われた
これは、ちょっとした“感動物語”だった。企業訪問に行った学生の一人Kz君が、訪問の報告をする場でなかなかしっかりしたプレゼン資料を用意してきて、その中に「私も(調べなくてはと思いながら)知らないままでいた情報まで調べて来て」発表したのだ。彼は、訪問先のシステム化推進マネージャーの人が「詳しくは当方のホームページに出ているので、見て下さい」と言われたのを自分の好奇心のアンテナでしっかりキャッチして、早速アクセスしたのだった。こういう、面白そうと感じた情報を自ら取りに行く「ライブな情報感覚」の大切さを学生たちに伝えたかった私としては、まさに「我が意を得たり」の行動だったのだ。
2 大学の「部活」に臨場する体験が持てた
やはり企業訪問に同行した学生の中にKn君が居て、訪問の後の反省会兼飲み会の席で話していて「当学の学生では見かけより遥かに自立できている」人と知った。話の流れで「バレー部のキャプテンをしている」ことが分かり、「一度、君の部の練習を見に行きたいね」と話が弾んだ。そして、その2週間後にそれが実現した。足掛け5年来ていながら大学の体育館の中に入ったのは、「何と、これが初めて」という体験だった。そして、夕方5時からの練習を2時間ほど見学させて貰った。男女の部員が徐々に集まってきて、着替えた人が組んで基礎練習を始め、人数が揃ってきたらサーブされたボールをチームで繋いで交代でアタックの練習をするという実戦練習に進んで行った。見れば「こういう練習の仕方になるよね」と分かるごく普通の練習風景だったが、皆が汗をかいて身体が動き出すと次第にリズムが良くなり、顔も輝いてくるのが見えて、久しぶりに「青春回帰」したひとときとなった。
3 事務方の大学職員との「親近さ」が高まった
上に書いたパソコンの活用をサポートして貰ったり、企業訪問の参加人数が定員に達しなかったのを再募集したりで、例年よりこまめに接することになった。これらを通して、「こちらが何故上記のようなことをやっているのか」等についての意志疎通ができ、連帯感が生まれてきた。これは結構得難いことで、最も接触密度が高いOさんからは「こうしたことを、常勤の先生方ももっとやられるといいのでしょうね」とのコメントまで頂いた。このようなことは、常勤の方々も当然しておられることで、常勤と言えども事務方の人たちとの接触が事務的で定かに見えてこないということだとは思うが。こうして、事務部門と「温室ヌクヌクの学生達に揺さぶりを掛けるパートナー」になれたのも貴重な収穫だったと思っている。 [2000.6.29]