精神病院の事務長に転身して          丸中 正量(新阿武山病院・事務長)

 

奇しくも還暦と新千年紀をほぼ同時に迎えることになりました。これまでに感謝するとともに、これからはできるだけ<ご恩返しの人生>にしたいという気分にやっとなっています。最近久しぶりにお会いした辻淳二さんが説かれる、バランスと帳尻を合わす人生に遅れ馳せながらしたいものです。

思えばS37年、同期生が岩戸景気で活況を呈し始めた化学や化繊を筆頭にメーカーや証券業等に挙って就職する中、人の生死を扱う崇高な業と勘違いもし、当時人気のなかった生保業に就職しました。その時は、同僚の裏道を行くんだと自己満足しました。1万2千円の初任給時代に8千円の背広を買ったことを覚えています。爾来三十数年情報システム系の仕事が長かったことでJMAS(ジェーエムエー・システムズ)や辻さんとのお付合いが始まりました。米国生保のシステムを解体新書並みに解き明かすところからシステム化計画がスタートし、華やかなシステムのオープニングが相次ぎますが、振り返ってみますとこのシステムの現場と人を支える裏方人生が私の職業生活だったと言えます。

私にとってささやかながらもハイライトは、金融マンとしては珍しく数少ない、たった2回の転勤時代です。S55年からの仙台での4年、続く東京での5年の都合9年間は私の油の乗り切った40歳代とも重なり、それはエキサイティングでした。会社関係はもちろん地域にも人の輪が広がり、組織に仕えながらもベンチャー企業家気分を味わいました。平成に入ってから大阪に舞い戻り50歳代を過ごすのですが、常に鬱々と不完全燃焼でそのまま定年で終わってしまいそうでした。

精神科病院の事務長人材を民間から探してほしいと親戚筋に頼まれ、相当期間お手伝いしたものの埒開かず、今から3年半前そのままミイラになってしましました。華麗な転身と言ってくれた人もいますが、さて、残り少ない職業人生を完全燃焼できるでしょうか。

大阪府高槻市にある新阿武山病院。290床の精神専科病院。一般精神科の急性期から療養期に至る3つの病棟に加えて、老人痴呆治療病棟・アルコール依存症治療病棟と専門疾患別の5病棟体制が特徴の新転地です。精神科には疎いと思われている方々も老人痴呆やアル中だと明日のわが身や身内といかないまでも親近感が増さないでしょうか。

昔の精神病院はハンセン病院と同様人里離れた辺鄙な場所に建てられ、身内に病人が出るとこれをひた隠しに隠し、他府県の病院を選りすぐって入院させたと聞きます。当院のロケーションも例外でなく、最寄りのJR摂津富田駅から距離にしてわずか3kmですが急勾配の山岳地帯で、かってはブッシュを掻き分け掻き分け入り込んだ辺鄙なところにあり、元は鉄格子のはまった暗い収容所風のたたずまいだったと思われます。今は時代が変わって病院のまわりにも民家が押し寄せ病院を取り巻く民家と病院の間には塀も垣根もない時代となりました。

長い間精神医療は治安名目で閉鎖的で劣悪な環境下で手探りで行われた時代が続くのですが、薬物療法の著しい発達と人権意識の高揚に呼応した開放的快適な医療環境が実現し、一般病院とは異なる異様さは殆どなくなり、お陰で精神科に対する誤解・偏見は少なくなり、子連れの見舞い客も珍しくない日常となっています。

当院は1ヵ月約80人の入院・退院がありますが、これは290ベッドのうち1/4に当り、平均在院日数は118日。1日の外来が約100名は一般病院とはくらべものになりませんが、1件当りの一般:精神科の診療時間比3分:30分を当てはめると脅威的です。このためあるドクターの昼食はいつも夕方の4〜5時になるお気の毒さです。

それでは精神科に対する誤解や偏見はかっての癩病や結核のように今やなくなったのでしょうか。目にみえる偏見や面と向かったあからさまな侮蔑的言動は影を潜めたと言えますが、目にみえない心の病気に対する心理的抵抗はぬぐい難いものがあるようです。内臓や体の病気、身体的障害については寛大ですが、心の病や精神障害に対しては、お互いの意欲・モラルの問題とするのか病者と潔く認め難いようです。これは精神科医の社会的評価にも響いているようです。精神科の診療報酬も医者の待遇も一般科医の1/2〜1/3と低いのにはびっくりしました。欧米のかかりつけ医の初診には先ず精神領域の診断がありその後専門医に委ねる〜のまさに逆で一番遠い所に精神科医が位置づけられます。近所の開業医で検査を重ねるが何も悪い所はない〜精神科にまわされたときは重篤というケースを歯がゆそうにドクターが語ります。ローラボーや西川やすしばかりでなく、アルコール依存症の多い芸能人も精神科との距離が遠いようです。

精神科疾病は躁鬱から分裂病まで様々ですが、入院患者さんと長らくお付合いすると、いずれも壊れやすいガラスのような繊細な心の持ち主で、物事をいい加減でなく真面目に取り組むために、その重圧に耐え兼ねて発病された人達だとわかります。診察日の前日から準備して、診察当日は日の出前の1時間山登りして当院の開門7時に並ぶ、明日会うのが嫌な人に会う前日から鬱状態になる、出会う職員毎に「お世話になります」と声を掛ける、それは性格か病気なのか判然としない気の遠くなるほどの純な人々。

これら患者さんたちを一般科のように医学と科学だけでは対応できない精神科領域。病気だけを診て治療又は摘出すれば済む一般科と異なり、むしろ病気は診ずに良い所を診て活かす、人間全体を真綿でくるむ精神医療は科学を超えた奥深い領域と言えそうです。

 また、診療・治療・介護・社会復帰活動という幅広い領域を医師をリーダーとし、看護婦・介護士・心理療法士・作業療法士・ケースワーカーが役割分担して行うチーム医療です。 人間の興味が尽きない、熟達した人間集団であるべきですが、精神科医で作家が多いのも医学というより人間学という意味で肯けます。

事務長はこれら多職種で構成されるチームが疲れを知らずに医療に専念できるエネルギーを注入し続けるのが役目でしょうか。原点は院長の奥さんで、もちろん住み込み、朝一番の大仕事は市場に給食の食材の買付、、、。ベッド数に近い約250名の職員を抱える大組織故そうは行きませんが、そういう感覚でやっていますので充実感は確かにあります。当院の場合アルコールで著名なドクターで経営管理能力にも優れた(医者には珍しい)理事長の副官として、特に彼の衝きが逃げないように留意して仕えています。一般的にはわが国もやがて米国のように事務長こそが医療法人の社長の存在になるべきと言われれており、納得しています。

 勿論私は遅すぎる訳でもうしばらくやがて来る事務長のつなぎ役に過ぎません。Come early and stay late!と切に次の人材を求めています。

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