私にとっての1999年
辻 淳二
12月半ばのある日、そろそろ年賀状の文案をと思って、「久しぶりだな」との感慨がよぎった。2年間、喪中が続いていたからだ。この感慨が、私にとっての今年を象徴している。
屈託が少なかった年
文頭に「屈託が少なかった年」と書いたが、こう言えるのは数年ぶりで、何よりも嬉しいことなのだ。その前は、97年に兄、98年に母を、それぞれ4ケ月と10ケ月の入院治療が叶わずに亡くして、看護に努めたが回復への流れを作れなかったこともあって、心の重さを引きずっていた。そのボトムが、母の亡くなる一ケ月ちょっと前の6月、飯能市の病院から日野市の自宅への帰途に車の事故を起こした時だったと、いま思い当たる。だんだん食事が細くなって、付き添いの誰かが匙で口元に運んであげないと食べられない。通常はこれを病院専属のヘルパーさんが援助してくれるが、速度が遅い母のペースにじっくり付き合って貰うことは難しい。そこで、その日は「昼と夜と2回、ゆっくりと食事の援助に付き合おう」と、午前中に着くように車で看病に行った。予定通り、各一時間余りかけての二食に付き合い、身の回りの世話も終えて駐車場に出た時にもう外は真っ暗で、励みになるいい表情や言葉の交流が少なかったこともあって、「ああ、疲れたな」との感がズシリとあった。そして帰途の半ばくらい来た所で、ほんの一瞬だが居眠りをして車線をはみ出し、対向車に接触してしまったのだった。自分の車をオシャカにし、相手方の人に後遺症的な問題がないのを数ヶ月間に渡って見届けるという範囲で事が済んだのは、結果的にすごく幸運だったのだが、「我ながら、しょうがない奴」と気持ちが冴えない日々が続いた。
そんな中、年末にしばらく空き家にしていた実家を手放すことに決めて、弟2人の家族と力を合わせて「明け渡しのプロジェクト」を進める所から今年はスタートしたのだった。幸いに、買い主が3ケ月の猶予期間を許容してくれたので、割りに丁寧に手順を踏んで「一軒丸ごと明け渡す作業」を進めることができ、それが一段落した頃には気持ちがスッキリとふっきれていた。
続いて来た大きな節目
ちょうどその頃に、還暦を迎えた。それまでは余り意識することもなかったが、その日が来て見ると、「一回りした」ことを思いのほか素直に前向きに受止める自分がそこに居た。世間的に胸を張れることは何もないし、また、結果が出なかった介護やビジネス上の新しい試みの挫折を直前に抱えながら、「自分らしく生きて来たという点ではまあ合格」との気持ちでこの日を迎えられたということで、これはとても幸せだったと思う。
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孫娘の近影(7ケ月) |
その一ケ月半後に、長女の所に待望の初孫が生まれた。人並みに「おじいちゃん」になったのだが、「良く産んでくれた。生まれてくれた」と声を出したいくらい、素直に受け入れることができた。しばらくして、新しく生命を得た孫娘と還暦してこれまでの人生をリセットした私とが、図らずも「同時スタート」の位置に並んでいるのに気が付いて、この誕生は益々意味深いものとなった。 |
この2つの「一人の人間にとっての節目」がポンポンと来て、この流れを大切にしたい思いが膨らんできた。そこで、かねていつかはそうしようと思っていた方向に進むことに心を決めて、「仕事を週3日にして、2日を自分のために使う」という我が侭を聴き入れて貰うべく、勤め先の社長S君に申し入れをした。彼がそれを受け入れてくれて、実質は8月からその体勢に切り替えることができた。
見えた!「もう一つの自分らしい生き方」
浮かした時間を何に使うかのコンセプトは、『文系的な世界を楽しむ』に決めていた。数年前から、「自分を自分が外から見る」ような感じになった時に、「なあんだ。俺は、文系でも理系でもどちらでも良かった人間だったんだ」ということが見えてきていた。高校生の頃に割にスンナリと理系を選択した記憶があるが、もともと家系的には文系色が強く、我々つまり従兄弟達の代になって理系畑に進む人が出ているが上の世代には多分いないのではないか。従って、文系的なことにも関心はあったし、「あれは、科学技術系に世の中の風が吹いていた時代風潮に乗った選択だったんだ」と、今になって目からウロコが落ちる思いがしている。ただ、これに気が付いてしまうと、「この選択から生じたやや理系寄りの頭/時間の使い方に偏ったままで一生を終るのは収まりがよくないな」ということになってくる。
関心はありながら、その世界の面白さに深く踏み込めていない世界を楽しむこTなしに老いてしまうのは、何とも勿体ない。逆に言えば、「自分にとっての宝の山がそこにある!」ということで、これが上記のコンセプトに繋がっている。
かくして、実質的に8月頃から概ね上記のように自分の個人的な関心事に時間を投じる生き方に変えた。先ず、テーマ探しから始めたが、年末になった今振り返って、なかなか組み合せの良い下記の4つ(良寛、小堀遠州、高尾山、ミニメディアの編集発行)を掴まえることができ、好スタートが切れたと喜んでいる。このテーマと出会いの面白さ、99年の(ささやかな)実績については、12月中旬にある会合で話題提供する場面があり、レジメにまとめたので、それを一部改版して以下に転載することで替えさせて頂きたい。この変化に伴う今年の最大の収穫は、以下の稿の末尾に記している「人間にとって極めて本質的なこと」をリアルに体感できたことだった。そして、この流れを新年に繋ぎたい。
・ 自分の「直感(好奇心)」を信じて、フットワーク良く動く
・ 生まれてこの方の節々で出会った「感動」を手繰り、組み合わせる
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一足お先の「ライフワーク道楽」
(再認識した「生き方の型(モデル)」の大切さ)
1 チャンス到来!「生き方のシフト」 〜還暦/孫の誕生/改選期〜
・ 今年、幸運だった「契機の重なり」
(3月に還暦、5月に初孫、6月に役員改選期)
・ 数年前から「自分らしい生き方をどう着地させるか」を模索し、試行錯誤 し、昨秋くらいから「およそ見えて来ていた方向(「仕事の時間を一部減ら して、文系的な世界を楽しむライフワーク的な道楽に回す方が自分らしい な)」へと生き方をシフト
2 浮かした時間を活かす「コンセプト」=『文科系的な世界を楽しむ』
・ 図らずも、『我が「ビジネスモデル=CIM連鎖」を「生き方」に活かした 例』に。
* CIM(=Concept Making,Imaging & Mapping)連鎖モデルと呼称
* 我ながら久々の「二重丸のC(コンセプトメイク)」との手応え
3 今年掴まえたテーマとその実績 〜そのアプローチと出会い〜
(1) 「文系の世界は、途方もなく広い」(「富士山の麓に立っている」イメー ジ)
・ 先ず、「心理学」と「文学」に絞り込む
(2) アプローチは「犬も歩けば棒に当る」式
・ 文系的なテーマに「自然体で向かい合う」ことからスタート
* 「生まれて来し方の諸々の繋がりから、何が近寄ってくるか」
(3) 今年掴まえたテーマは次の4つ、内2つは年初には「煙すらなかった」 もの
・ 「良寛」の研究[文学的な関心]
・ 「小堀遠州」の研究[同上]
・ 「高尾山」へ頻繁に行く[心理学的な関心]
・ 「ミニメディア(仲間内のホームページ)の編集発行人」になる[活動のインフラ整備]
(4) テーマへの繋がり
1. 「良寛」
・ 起点は、お客様で親しくなったHさんから4〜5年前に頂いた「自費出版書」(70歳を記念しての、ライフワーク的な趣味の「大和路探訪」の好著)
・ これが、新潟の大学に通う中で、新潟駅前で二時間自由な時間ができた時のヒラメキを触発
「大和路研究の先人・会津八一は新潟の人?八一記念館に行こう?八一の同窓生が相馬御風で良寛研究の第一人者の一人と分かる」と連想が進む。
・ ここで、「その少し前に亡き兄の書斎の本を処分した時に、形見にと何冊か残した一冊が、水上勉の『良寛』だった」ことと繋がる。
・ この『良寛』から入り始めて、日本の歴史上の人物の中でも有数の「確信的な生き方を貫いた人」と分かる(「いいテーマに巡り合った」と実感)。
2. 「小堀遠州」
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遠州作の庭園(金地院) |
・ 起点は、このゴールデンウイークに亡き母の郷里・長浜(滋賀県)のツーデイマーチに参加した足で立ち寄った父方の実家(滋賀県能登川で、辻姓)の小さな「日本式の庭」 ・ 「ちょっと風趣のある庭」?「昔浜名湖の北側のお寺で見た遠州作の庭園」を連想?実家の当主(従兄)の調査で、「同家の庭の造庭師が県内では名のあった勝元宗益」と知る?とっさのヒラメキで「遠州と宗益との間に繋がりありや?」との仮説を立てて研究テーマに |
(5) 取り敢えずの実績
1. 「良寛」
・ 水上勉『良寛』を始め、先達の文献や写真集/詩集などを読みあさり、その知識の範囲で「入門的な小文」をまとめている程度
* 来春は、大学への帰りに生誕の地の出雲崎や庵のあった国上山などに行く積り
2. 「小堀遠州」
・ 「遠州と宗益との繋がり」は、あっけなく見つかった(思いがけない大当たり)
何と、遠州も近江、しかも母方の生家のある国友の近在出の人だった!。しかも、繋いだ人が国友出身の辻宗範という「小堀流茶道中興の人」
* この繋がりを証明する参考文献は、長浜市のタウン誌「長浜み〜な」の数年前の『小堀遠州』特集で、このタウン誌を教えてくれたのは母の女学校の同級生(いま、85歳の筈)
・ その後、京都へ行く度に遣り繰りをし、遠州作の庭園を訪ねて勉強中
(大徳寺内・孤蓬庵、南禅寺一画・金地院)
3. 「高尾山」
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真夏の夜の高尾の月 |
・ 99年は、6月から「月一回」のペース ・ 都度、「たかが高尾、されど高尾」の面 白さ ・ これの狙いは、「足を(まともな山が登れるように)戻す」ことと「気のいい自然に浸ることによる身体の感度を楽しむ」(心理学的な関心)ことだが、これらはまだ「道に入ったばかりの段階」 |
4. 「HPの編集発行人」
・ 情報サービス業界の知人達と続けているボランタリーな集まり『経営と情報通信研究会』の新しいサービスメニューとして、同人誌型(月刊ペース)のホームページ(HP)をこの4月に立ち上げ
・ 『忙しい仲間が「一息入れたい時の温泉」感覚で読む、気持ちの和むミニメディア』を目指して、毎月初にコンテンツ(会員が投稿)を更新して9号まで継続中
* 今月から編集用のパソコンを拙宅に移し、名実ともに「編集発行人」となる
・ 実物は、このHPそのもの。
・ 個人的には、上記の道楽の「中間報告的な場」としても活用中
・ 「このメディアをどう育てるか」は、一つのチャレンジ課題
4 ここまでの実行でわかった「道楽育てのキー要件」
・ 自分の「直感(好奇心)」を信じて、フットワーク良く動く
* 動けば、「面白いもの」が見えたり、向こうから近付いたりしてくる
(「好きこそ、ものの上手」=好奇心を持ったことに本気で取り組めば、結果は付いて来る)
・ 生まれてこの方の節々で出会った「感動」を手繰り、組み合わせる
* 「感動する」のは、自分の心に共振するから。その「心に共振したことがいくつか重なってきたら、シメたと吊り上げるといい」ということらしい
・ 「時間のゆとり」が好循環に繋がる
* 「チョンボしても、イライラしなくなる」(バス停を降り損なっても、「戻り道でウインドウ・ショッピングするか」と切り替えができる)
* メール一つでも、「気持ちが込められる/出せる」(一言、感情を表現することがしやすくなった)
・ 今から付き合いが深まる人との縁を大切にする
ー 以上 ー