ZermattへのFellowスキーツアー 椿 正明
2月18日(日)快晴
粉雪の中級コースを快調に飛ばして12時35分、予定より5分くらい遅れて到着したが、われわれ1班10名の方が先だった。そこはFuri(フーリ)、Zermatt(1606m)から南西方向にあるKl. Matterhorn(クラインマッターホルン)へ行く途中の小さな谷間の部落、いかにもスイス風の洒落たレストランがある。2月半ば、標高1800メートルくらいかと思われるが、静寂・快晴・無風、粉雪に囲まれているのに、春スキーのように明るく暖かい。どんよりとした冬のイギリスや北欧の人々を惹きつけるというのが良く分かる。ちょっと霧が峰のクヌルプヒュッテのベランダを思い出した。30人くらいだろうか、戸外のテーブルに座って食事と会話を楽しんでいる。われわれもツアーガイドに予約してもらった戸外の20人弱のテーブルにつく。ビール、ソーセージとジャガイモの細切り炒めを注文して2班を待った。
思えば昨日は長かった。朝4時半に起きて、北鎌倉5時19分の成田空港行きに乗り、8時20分チェックイン、10時50分成田発、15時30分(日本時間23時30分)Zurich着、それからバス、6時間かけて21時過ぎ、ようやくZermattの三つ星ホテルHolidayに到着したのだった。
昨日のバスの中ではどんよりとした雲しか見えなかったのに、何と言う幸運、今朝起きたら快晴、ホテルの窓からMatterhorn(4478m)が見えるではないか。しかも数センチの新雪、最高のコンディション。9時にケーブルカーの駅に集合、ゆっくりと走る登山電車。Matterhornを見ながら、終点Gornergrat(ゴルナグラート3090m)へ向かう。13年前は夏、家族5人でここまで来たが、今回は冬、すべては真っ白。Monte Rosa(4634m)は逆光でやや青みがかって輝く。ヘリスキーのルートはどこだろう。
1班9人は川戸美佐さん、2班7人は松井さんがガイドする。ここでメンバーを紹介しておこう。
1班(がんがん滑りたい組)
若手3人組:南本(40歳くらい)、長島(30歳)、遊佐(30)。ボーナスで4万円、毎月2万円貯めて参加したという職場の同僚。皆、身長180センチくらい、胸囲1メートル以上の体力抜群のスキー気違い。全員独身。長島さんのウエーデルンは見事。
松井夫妻:30歳台、結婚10年、奥さんは大学時代スキー部、飛ばし屋。旦那も付き合っているいるうちにうまくなったようだ。
箕輪夫妻:旦那は64歳、年金生活というが、栃木県のスキー場でシーズン券持って年間60日滑る。1級しか持ってないが、子供の指導などやっているとか。奥さんは60歳、今回は還暦の記念で参加したという。基本を身につけたきれいなスキー。前回は旦那の還暦記念でカナダはウイスラーに行ったとか。
神保・椿組:61歳と65歳。元千代田化工。同じ社宅にいた30年来の山とスキーの仲間。神保は定年後日本百名山挑戦中。今65山くらい。3年前軽い脳梗塞になったが、リハビリに成功。椿は50歳からスキー再開。ようやくあまり転ばなくなった。65歳からはリフト代シニア割引25%が該当、約220フラン/日はかなりの割安感。
ガイドの川戸さんは、元立命館のスキー部、29歳のテキパキした、25歳くらいにしか見えないかわいい女性。案内は明快、止まって待つタイミング、場所も遠からず近からずで追走しやすい。
ほとんどが1級以上、椿だけ自称1.5級。午前中はGornergratからGant
ロープウエイでHohtalliに上がり
Riffelalpへ下って、またケーブルカーでGornergratへ、そこからFuriへ下ってきたのだったが、新雪に突っ込んでスキーが外れ1回10秒くらい待たせた以外はしっかりついていけた。川戸さんも「全員足前が揃っていてやりやすい」とか、初めは足を引っ張るかと若干心配したが、もう大丈夫。
2班(写真を撮ったり、ゆっくり滑りたい組)
畔上爺ちゃんと孫:爺ちゃんは77歳、年何回も海外スキーや山をやる元気印。日本100名山もあといくつか残すだけ。玄人はだしの山の絵を画く。孫は24歳くらいか。どっちが付き添いか分からないが、爺ちゃんのおかげでスキーに行かれると喜んでいる。
松野初枝・神保佳江・椿偕子:63歳、61歳、59歳の老妻たち。松野さんは若い時2級を取り、最近また2級を取り直した安定したきれいなスキー。神保さんは子供の時、北海道で竹スキーをやっていたというボーゲンが身体にしみ込んだスキー。スピードは出さないが、どんなところでも転ばないで降りてくる超安全スキー。椿は中高年のためのBSスキー教室で特訓してやっとついていけるようになったスキー。女3人寄ればなんとやら、おしゃべりが絶えない。
新婚さん:2組くらいいたか、出たり入ったり、名前は失念。
ガイドの松井さん:まだ24歳とか。丸顔ぽっちゃり。Zermattに来て4ヶ月。しかし責任感強く、ガイドも適切とか。
「遅いなあ、偕子が何かトラブルでも起こしたのでは」と心配し始めたころ40分遅れで2班が到着した。新婚さんなど写真の時間がかかり、遅くなったとか。でも皆さん上機嫌。偕子も皆に遅れずむしろ速いくらいについて行ってるとか。よかったよかった。レストランは一層にぎやかになって、話しが弾む。さんさんとした太陽に、縁石のそばの雪が解け始めている。
スイスの昼食は2時間と聞いていたが、そのとおり。2時半ころから午後の滑りになる。1班は、ロープウエイに2回乗って標高3885mのKl. Matterhornに向かう。槍・穂高・北岳はおろか富士山より高いところを滑るのだ。風が強く雪煙が舞う。遠く西にMont Blanc(4807m)、南にイタリヤの山々が見える。一旦西の方向、イタリヤ国境の峠に向かい、そこから右旋回、広いゲレンデをZermattに向けて下る。傾斜は比較的緩いので、直滑降にちかい。Furgg(フルグ)まで降りて、一旦長い長い2.8kmのTバーリフトで足が痛くなるまで上がり、またFurggに到着、そこからややアイスバーン化した急斜面を下り、Furi経由Zermattへのバス停まで下った。1回の滑降距離は長いが、雪質が良く、しかもゲレンデは整備されており、ぼてぼて雪のなか何回も上り下りを繰り返す急斜面の多い八方のリーゼンスラロームよりは疲れない。天候に恵まれ最高の初日だった。
2月19日(月)快晴
2日目は、イタリヤはCervinia(チェルビニア)へ行くスケジュール。今日も快晴、ホテルからMatterhornがばっちり見える。バス、ゴンドラ、2つのロープウエイ経由Kl.Matterhornに向かう。今日は微風。峠付近から、昨日は右に降りたが今日は左に曲がりイタリヤ側の斜面を走る。大ゲレンデ、比較的緩い傾斜。イタリヤ側からのMatterhornは左への傾きがないのでやや平凡。予定より時間が早いとかで、1回Matterhornの南側に付けられたリフトで上がり、滑りを楽しんでからZermattを一回り小さくしたような、山とスキーの町Cerviniaに滑り込んだ。雪のついた岩山が快晴の空を突き刺して明る
い。
長靴を借りて雪解けの街のショッピング1時間。つい財布の紐がゆるんで、内側に鹿の毛のついたスキー手袋を、偕子とお揃い、といっても僕のはミトンだが、買ってしまった。出費¥16000x2相当。それからレストランで昼食。パスタから入るイタ食コース。しかし心なしかややスイスっぽい。
Cerviniaからはロープウエイ3本乗り継いでスイス側に戻り、Furggに下り、一旦Tバーリフトに乗り、Matterhornの足元をまわって、再度Furgg、次にSchwarzsee(シュアルツゼー)経由Furiに下り、バス停に到着した。この日はショッピングもあって、滑降距離は比較的少なかった。このためか、若手3人組は明日はフリーで滑りたいと申告。1班は6人に減る。
2月20日(火)快晴
今日はもう一つのイタリヤ側のゲレンデSalette方面に行く予定だ。バス、ゴンドラ、1本目のロープウエイで上がったところで、強風のためKl.
Matterhornまでは行かれないと言う。そこでFurgg周辺で滑ったあと、Furiで昼食、午後は明日行く予定のSunnegga(スネガ2288m)方面で滑ることになる。昼食は初日とは別のレストラン、しかも趣向を変えて室内でとる。コンソメ風のスープがいける。
バスで一旦Zermattにもどり、高速地下ケーブルでSunneggaへ出る。ロープウエイでBlauherd
経由Rothorn(ロートホルン)に上がり、谷間をモレーンを見ながらGant(ガント)へ下る。谷はMatterhorn方面へ向かっているため高度感があり、Matterhornはちょっと左へ傾いてひときわ映える。ロープウエイを2本乗り継いでHohtalli(ホーテリ)経由こちらの最高地点Stockhorn(3405m)に上がる。ここからは上級コースしかない。ロープウエイの途中からはこぶ斜がいやに急に見えたが、いざ斜面に立ってみると雪は硬くなく、思ったより易しく通過、あとは快調にGantへ下る。
Blauherdへ上がり、Sunnegga,
Patrullarve経由、我らがホテルHolidayへ滑り込んだ。
2月21日(水)快晴
4日も快晴が続いて良いのだろうか。昨日の午後と同じ要領で、地下ケーブル、2本のロープウエイでRothornへ上がる。リフトを使って2回ほど滑り、Blauherdの下の谷間の小さな部落Findeln(フィンデルン)へ。Matterhornを始め白銀の山々にかこまれて、快晴の戸外のテーブルでの昼食。えびの入ったサラダは、後で聞くと良い値段だったそうだが、おいしかった。ただしスイスにきてフォンディユーを食べないわけにはいかないと注文したが、口に合わなかった。でも景色とビールがこれを埋め合わせて余りある。
午後は天気良し、地理も大体分かったということで、ガイドなし、自分達だけで滑ろうということになった。メンバーは松野さん、神保夫妻、椿二人の5人。Rothornに登り直し、昨日と同じくGantへ下り、Hohtalli経由Stockhornへ。男二人はコブ斜を下って直接Gantへ、女性達は安全のためとロープウエイでHohtalliにバック、そこから中級コースを下りGantで待ち合わせ、そこから
Blauherdへ上がる。ここで神保さんたちは上級コース、他は中級コ
ースと別れてPatrullarveで合流、ホテルHolidayに滑りこんだ。
2月22日(木)雪のちくもり
今日はガイド無しの日、我ら5人と箕輪夫妻の7人でSunnegga経由Gornergratまで遠征である。昨日とほぼ同様のコースを行ったが、ガスで先が見えず、真っ白、新雪がなかったり、逆に吹き溜まってたり、つまらないところでつんのめってスキーが外れたりする。それでもGornergratに着いたころは、若干見通しが出る。昨日と同じ小さな部落Findelnで食事したいと思ったが、時間が遅くなるので、Riffelbergのゲレ食にする。日本と同じくカフェテリア方式だが、味はかなりひどい。スパゲッティミートソースにトライしたが、太くふやけて生暖かい、ミートソースの味も手抜き、生まれてこの方一番まずいスパゲッティを食べた。
午後はここのTバーリフトで上がり、松野さんのビデオの被写体を勤めることになった。箕輪さんに伺ったところ私の滑りは、「やはり体を振り込む、もっといつも下を向けなさい」とのこと。「そーかー、自分では振り込んでいない積もりだったが」。
それからもう一度Gornergratへ電車で上がり、Gant経由帰ることになったが、そこで事故が起きた。偕子が何でもないところで転び、背中を打って動けなくなった。しばらく休んでGantまではなんとか滑り降り、椿二人はあとは乗り物に乗ってホテルに帰った。痛み止めを飲み、静かにして打撲の直るのを待つことにする。
2月23日(金)強風・くもり・ときどき雪
はじめ天気が悪ければ行かないとのことであったが、天候の回復を期待して、Zermattの隣、と言っても車で1時間かかるが、結構人気のある大きなスキー場Saas Fee(サースフェー)に出かけることになった。氷河を真近に見ながら滑るのが売りという。神保さんは自分達だけでZermattで滑りたい、また偕子は静養ということで、われら5人では、松野さんと椿が参加した。
Saas
FeeはZermattのとなりの谷にあると言って良いだろう。ガソリン車はZermatt同様町の中には入れないが、入り口の駐車場までは入れるし、Zermattほど高級ではないということで若者が多く、したがってボーダーも多い。
今日は川戸さんがこられないので、松井さんとZermattでガイドをやっている田村さんがガイド(外注)をやって下さる。田村さんは年の頃35歳くらい、Matterhornにも数回登ったとか、山岳ガイドもやる。奥さんはスイス人で、もうスイスに十数年いるとか。今日も参加者は16人くらいはいる。2班に分け、上級を田村さんがガイドする。例の若手3人組が参加している。松井夫妻がいる。箕輪さんがいる。ガスで見えない。どうしようと思ったが、ままよと上級班に入ることにした。
ゲレンデは、Zermattより急のようであるが、新雪があり、ガスで良く見えない。見えなくても旨い連中は足の先に目がついているようだ。急なコブ斜でもどんどん行く。こちらは転ぶといやなので、どうしても制動をかけ遅くなる。田村さんはやはり速い連中に合わせてどんどん先に行く。椿はいつも一番後になるが、到着する前に説明が半分くらい終わっている。今日は1.5級の悲哀を感じさせられる。
2本のロープウエイを登った後に地下ケーブルカーがあり、出たところに回転レストランがある。30分に1回転する。著名な山々の絶景を見ながら食事できるとのことであるが、今日はすべて乳白色のガスの中、大味なしかしさめてないピザを食べながら、ガイドの話から想像をたくましくする。
午後もさして天気が良くなるでなく、雲とガスをバックに氷河−闇夜に烏よりはちょっと増しだが−を撮ったり、皆の後を追いかけながら、しかし1度も転ばずに、滑りを楽しむと言うより無事こなして終わった。これで今回のスキーはおしまい。もっと滑りたいとは思わなかったから、堪能したのだろう。
死ぬ時は楽しかった時の夢を見ながら死ぬのだという。Furiでの食事、Cerviniaへ向かう大斜面やFurgg付近の急斜面での滑り、死ぬ時に見るイメージを仕入れることができた。たとえ悲しくても、思い出は多い方が人生を豊かにしてくれる。ましてや夢のような楽しい思い出で、人生の貯金箱はいくら溢れたっていい。忙しい最中無理して出かけたが、かけがえのない収穫があったと言えそうだ。ご協力いただいた皆様に感謝しなくては。
また実はスキーに行くとひざがいつもは3日でがたがたになる、6日間持つかいささか心配だったが、キネシオテープを張り、プロテクターで固めてなんとか持たせることができ、これも収穫だった。あと10年ひざをもたせる良い方法はないか。
Fellowスキーガイドの2人のお嬢さん、良くトレーニングされていて、いやだと思ったことは何一つ無かった。夜もお疲れのところ、ホテルにお見えになるなど、細かい心遣いを頂いた。お昼のレストランの予約も、4日とも1班・2班合流という面倒にもかかわらず、適切に準備して頂き、非常にスムーズに楽しく過ごすことができた。われわれとしては団体スキーツアーは初めてだったが、いろいろなコースを効率的に滑ることができ、正解だったと思う。
おまけにインターネットメールがホテルからできなかったので、特別にオフィスで接続の便をお願いしたが、快く使わせて頂いた。結局成功しなかったが、ご厚意はありがたかった。さらにZermattからZurichに向かう帰りのバスでは、松井さんと運転手さんには、ことのほかお世話になった。高速道路で、5台の玉突き事故を含め3件の交通事故にあって、飛行機の時間に間に合うかどうかひやひやしたが、携帯を活用し的確に手を打って頂き滑り込みセーフ。プライベートツアーではできないこと、本当に助かった。
前後の土日を入れて9日間、全く仕事を忘れて過ごしたが、これは13年前家族5人でドイツ・スイス・イタリー・オーストリーを車で回った時以来だった。
[2001.3.15]