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(特別寄稿)
「国立公園の旅」 山本 智偉[富士通エフ・アイ・ピー(株)]
アメリカのユタ州の東南端にモアブという人口5,500人程の小さな町がある。一番近い大都市は 390Km離れたソールトレイクシティや580km離れたデンバーあたりになってしまい、都会の喧騒とは無関係の場所である。町の中心街を南北に貫くUS−191号線を車で走れば5分もかからずにはずれからはずれまで行けてしまう。標高は1,200m程である。日本でいえば軽井沢周辺と同じ位であるが、夏の最高気温は40度近くまで昇り、年間の降雨量は250mm足らずの砂漠系の気候である。日本の高原とはイメージがかなり異なる。しかし、モアブを中心とするこの地域は1,800室の宿泊能力、1,500のテントサイトを持ち、年間85万人以上のツーリストが訪れる観光地である。 モアブの近くにはアメリカを代表する大河コロラド川が流れていて、コロラド川が長い歳月をかけて大地を削りとって出来たキャニオンランズ国立公園とデッドホースポイント州立公園がある。そして、その驚異の造形で知られるアーチーズ国立公園が町から6kmという近さにある。僅か4日間ではあったが、この地での滞在は自然と住民・観光客との共生について多くの示唆を私に与えてくれた。 |
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ランドスケープアーチ 穴の長さは90m、傍までは行けず残念 |
◆アーチーズ国立公園 アーチーズ国立公園は、アメリカの数ある国立公園のなかでも人気のある国立公園の一つといわれている。公園内には大小1,500の赤茶色に輝くアーチが点在している。そのうち数十のアーチは名前を持つだろうか。中でも有名なのはランドスケープアーチ、ダブルアーチ、トンネルアーチ、ダブルオーアーチ、ノースウィンドウやサウスウィンドウなどである。一番大きなランドスケープアーチの穴の長さは約90m、高さは30mもある。そして、美しさの点で最も人気があるのがデリケートアーチである。これらの名前は知らなくても映画やテレビで見たことのある人は多いだろう。 |
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ダブルアーチ 2つのアーチがV字に繋がっている。 |
アーチとは、「穴のあいた岩」のことである。地殻変動で地層に何本もの亀裂が入り、その亀裂が深くなり、やがて板状の岩になる。その板状の岩に雨と霜の力で穴があき、それがだんだん大きくなりアーチとなるが、さらに侵食が進んでやがて崩れおちる。ランドスケープアーチも近年、相当侵食が進んでおり、以前はアーチのすぐ下まで行けたそうだが、アーチ保護のために今は立ち入り禁止となっている。 アーチーズ国立公園のゲートで入園料10ドルを支払って、すぐ側のビジターセンターに立ち寄る。アーチーズに限らずアメリカの国立公園への入園は有料であり、これらの入園料は公園の整備・保護に使用されている。グランドキャニオンなど観光客の多い国立公園は乗用車一台の入園料が20ドルである。 |
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また国立公園には、必ずビジターセンターがある。ここでは公園の成り立ち、生態系,地勢、気候そしてイベント、楽しみ方、禁止行為など色々な情報・資料を得ることができるようになっているが、重点は「公園について勉強する」ことにあるようである。入園料とビジターセンターは、国立公園の産みの国であるアメリカの自然を保護しつつ、出来るだけ多くの人に楽しんでもらい、自然に対する理解を深めようとする姿勢をよくものがたっていると感心させられる。しかし、私を含む多くのビジターの振る舞いは、「学ぶ」よりも「楽しもう」に重点があるようである。 広さおよそ300平方Km(東京23区の約半分)の公園内には、主な見所を結んで約30kmの舗装道路が施設されており、道路沿いには多くのビューポイントやトレイルが点在している。ビジターセンターからしばらく坂道を上る。上りきったとたん驚きの声をあげてしまった。次から次に現れる巨大な赤茶色の岩山に目を奪われてしまった。なんという光景だろうか。最初のビューポイントでしばらくの間、冷静さを取り戻さざるをえなかった。それにもかかわらず、この先に続く道からの眺めやビューポイントで間近に見るアーチの姿は驚きの連続であった。何故、岩山がこの様に美しい色なのか、何故、岩山がこの様な形なのか? 広く真っ青な空に良く調和した姿、どこまでも続く広大な平地をバックにした姿、遠くの山並みを背景にした姿、一つ一つの姿にしばし見とれる。しかし、トレイルを自分の足で歩くまで本当の魅力にまだ気づいてはいなかった。 公園内のトレイルの多くは老若男女誰でもが楽しめるように良く整備されているが、中には危険な所もあるし、自然保護のためにトレイルから外れることは厳に禁じられている。そんなトレイルの中でもデリケートアーチへのトレイルは、最も印象に残るものであった。 |
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◆デリケートアーチへのトレッキング 往復5km,高度差150mのモデレイトなトレイルである。5時頃にトレイルヘッドを出発する。トレイルの出発点には南北戦争で傷ついた退役兵士ジョン・ウォルフェが住み着いた小屋が残っている。小屋の中には椅子とテーブルが一個ずつあるだけである。ベッドは無かったように記憶している。何故ここに住むようになったのかは不明なそうだが、誰一人住まないこの荒涼とした風景の中で彼は何を思い、どのように生活していたのだろうか。 ジョン・ウォルフェの小屋を後にし、平坦な道をしばらく歩くとトレイルはジグザグ道を登るようになる。朝からいくつかのトレイルを歩いた後なので疲れも大きくなってきた。疲労と戦いながらだんだんと高度をあげる。周りは岩と砂ばかりであり視界は開けているので、後ろを振り返れば、登ってきたところが良くみえる。ジョン・ウォルフェの小屋もだんだんと小さくなっていく。ここから見ると彼の生活の地には、一層殺伐さが感じられる。トレイルはやがて大きな一枚岩の上りにかかる。単調な上りに飽きてきたが、なにか目的地が近いことを感じさせる。潅木の生えた平地を過ぎるとトレイルは、巨大な岩山の斜面を切り崩して作られた道にかかる。右側は岩山、左側は斜面が落ち込み谷になっており、その先はまた岩山である。その岩山に穴をあけつつあるアーチの卵がいくつか見える。何万年か後にはこれらも立派なアーチになり多くの観光客を迎えるのだろうか。 歩を進めると、急に周りが明るくなり、突然、まさに突然、デリケートアーチが目に飛び込んできた。劇的な幕開けであった。青空を背にして静かに悠然とそびえるアーチ、アーチの後ろは崖が切れ落ちている。周りにアーチの威厳を損なうものは何もない。 |
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ここまで歩かなくてもデリケートアーチは別のトレイルからも見ることができる。2時間ほど前にそのトレイルのビューポイントから見た時はポツンと見えただけであったが、美しさに感激した。しかしアーチを目の前にすると、その桁違いの美しさと迫力に圧倒される。アーチの手前には、あたかも円形劇場のような自然の観覧席ができていて、そこに100人位の人がそれぞれのスタイルでこの壮麗な自然を楽しんでいる。なんとも不思議な光景である。いろいろな国の言葉が聞こえてくる。私もしばらくの間、喉の渇きを癒しながらこの自然の劇場の中に身をおいた。 (左: ビューポイントから見たデリケートアーチ) |
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やはり写真を撮っている人が多く、なかにはアーチの側まで行ってアーチをバックにして撮影している人もいるが、たいていの人はすぐに観覧席に戻ってくる。皆この美しい自然の産物をそのままのの姿で見ていたい、写真に残したいという気持ちを持っているのであろうか。 |
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自然の劇場に人間が登場した。アーチの下に立ってしばらく動こうとしない人がおり、円形劇場の観覧客のなかにはぶつぶつ不平をいっている人もいる。そのうち観覧客の一人が大きな声で、”早くその場所から動いてくれ”と叫び始めた。アーチの下の人は聞こえないのか、言葉がわからないのか、いつまでたっても動こうとしない。叫んでいる人はとうとうアーチの方に近づいて、なおも叫びつづける。アーチの下の人がやっとアーチから動き出したとき、観覧客全員の大きな歓声と拍手が起きたのである。彼はこうしてこの円形劇場のヒーローとなったのである。 (左: 円形劇場から見たデリケートアーチ) |
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デリケートアーチは夕日が沈む頃が一番美しいといわれている。この時期、太陽が沈むのは8時半頃である。しかしその時刻まではまだ一時間以上もあるし、疲労感・空腹感も大きくなってきた。モアブの地ビールも飲みたくなってきた。一番美しいデリケートアーチを今日見逃せば、またここに来る理由ができる。このようなことを考えながら、しかし後ろ髪を引かれる思いで帰途につく。復路は往路と異なって下るばかりだし、大パノラマを眼下に見ながら歩くので、精神的にも肉体的にも楽である。やはり下りの人よりも上りの人のほうが圧倒的に多い。この様子では、円形劇場は満員になるだろうな、やはり夕日に輝くデリケートアーチを見るべきだったかな等と思いつつ、アーチーズ国立公園を後にした。 ゲートを出るとすぐにUS−191号線にぶつかり、右へ進路をとるとキャニオンランズ国立公園、左へ行くとモアブの町に着く。 ◆キャニオンランズ国立公園 US−191号線を左に折れてキャニオンランズ国立公園への道へ入る。赤茶色の岩山が左右に続くきれいな舗装道路でどんどん高度を稼ぐうちに、道はやがて広大な平原に出る。左に折れて、デッドホース・ポイント州立公園へ寄ることにする。周りはますます広大さを増していき、行き交う車もほとんどない。やがてコロラド川が180度カーブしているというグースネックへ着く。駐車場へ車をおき、トレイルを歩く。トレイルの先には青空が見えるだけである。 |
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道が切れた所がビューポイントであった。本当にコロラド川が180度カーブしていた。ここから見える風景は、はるか下方に茶色の水が流れるコロラド川、川に浮かぶラフティングボート、そして川を取り囲むように幾重にも続く赤茶色の岩山群、そして真っ青な大きな空である。聞こえるのは、風の音だけである。 白人の老夫婦と写真の取り合いをする。国立公園を旅していると、本当に多くの老夫婦の旅行客に会う。この男性は日本に居たことがあるとのこと。横須賀である。女性に“あんたは学生かい”と聞かれた。男性は笑いながら“そんなはずはないだろう”という。50才過ぎの私が学生の年齢に見えるのか、年齢と学生であることは関係ないのか聞いてみればよかった。 キャニオンランズ国立公園はアーチーズ国立公園の3倍程度の広さを持ち、コロラド川とその支流のグリーンリバーによって3つの部分に分けられている。川で分離されているのでこの3つの部分を公園内で行き来することは出来ない。今向かっているのは、一番行きやすく、人気も高いアイランド・イン・ザ・スカイといわれる所である。 ゲートで10ドル支払い、チケットとパンフレットを受け取る。日本の場合、たいていの入園チケットはきれいな紙にカラー印刷されたものであるが、アメリカの国立公園のチケットは幅3cm、長さ4cm程度、薄い紙に必要事項だけ印刷された粗末なものである。しかし、これ一枚あれば一週間の間何度でも入園可能となる実用品なのである。これに対しパンフレットは、なかなか立派である。詳しい公園の地図や主な見所、地勢、植物、トレイル、キャンプ場など、そして自然保護の重要性が説明されていて、これ一枚あれば公園のことがほとんど分かるようになっているし、良い記念品にもなる。 左右にブッシュの茂る広大な平原の中を真っ直ぐに続く道をひた走る。この道はどこまで続くのか、水平線のかなたは本当に空に続くのではないかと錯覚させられる。気持ちの良い道である。アイランド・イン・ザ・スカイの地名に納得させられる。しかし、道には終端があった。アイランド・イン・ザ・スカイの終端はグランド・ビュー・ポイントである。その名の通りの所である。コロラド川とビュートやメーサが果てしなく続く。太陽がサンサンと輝く中、ここも聞こえるのは風の音のみである。 |
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印象的なのは、ポイントの端から切れ落ちる崖のはるか下方の平地に一筋の道があることである。このあたりは、4輪駆動車でオフロードを楽しむ人達のあこがれの地でもあるのだ。帰途立ち寄ったビューポイントからは、ほとんど垂直に見える崖に造られた、ガードレールもない一車線のオフロードを上り下りする車がみえた。私にはあの道を走る度胸はないなと思った。 (左: 崖を這う道と中央に白い車が走っています) 考えてみると、オフロードに限らず一般の観光客が足を踏み入れるビューポイントの端は、すぐ垂直の崖になっているのに安全のための柵などはほとんど無いのである。自然を保護する、無駄な経費は使わない、“楽しむ場所は提供するが、安全は自分の責任である”という姿勢の現れであろうか。 |
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帰りの道も快適だった。US−191号線を南へ下り、左にアーチーズ国立公園への入り口を見やりながらコロラド川を渡ると、もうそこはモアブの町である。 ◆コロラド川のラフティング コロラド川のラフティングツァーに参加してみることにした。前夜、モーテルでいくつかのツァー会社のパンフレットを調べてみたが、特に大きな違いはなさそうなので、パンフレットの一番きれいな会社を選択して、予約を入れておいた。結局、時間帯の関係で午後半日のツァーになってしまったが、他にも色々ツァーがある。長いものでは一週間の本格的なものもある。こういうツァーであれば相当面白い経験ができるだろうなと考えながら、ツァー会社へ車を走らせた。受け付けを済ませて小さな事務所の中を見物しているうちにだんだん人が集まりだした。結局、総勢20人程のツァー客がバスに乗り込み、ラフティングの出発点へ移動である。 バスの中で、ツァーガイドが今日のスケジュールや注意点の説明を始めた。このツァーは一番やさしいツァーなので何も危険はないとのことであるが、なんとなく安心すると同時になにか不満も感じるから面白いものである。今日は2漕のボートと数漕のカヌーを使うようだ。途中でもう一人ツァーガイドがバスに乗り込んできた。午前のツァーを終えて、これから午後の仕事をするとのことである。最初のガイドは陽気で良く話をし、しっかりした人だなと思っていたが、後からバスに乗ってきたガイドはもっと上をいくようである。左にコロラド川とアーチーズ国立公園の高台、右手に大きな岩山がいくつも見えてきた。ガイドによると、岩山にはビュートとメーサの2種類あるが、その2つに明確な区別はなく昔からの名前をそのまま使っているとのこと。私の知っているかぎりでは、“ビュートは高さと幅が同じくらいの四角い形をしたもの、メーサは幅が長いテーブル状のもの”の筈であったが、そのようなことはどうでもよくなる。この大自然を満喫すればよいのである。 ラフティングの出発点で、全員がガイドの指示に従って準備を整えて、2漕のボートにガイドが一名ずつ乗り込み、川に乗り出す。乗客一人一人が自己紹介をしながらのんびり川を下る。一人旅は私とニューヨークから来た黒人女性だけであり、ほかは皆夫婦連れである。ガイドが一人一人に“何故、モアブに来たのか”と聞く。日本の観光地でこのような質問をされた経験はないのでちょっと戸惑った。アメリカ東部からの人が多い。日本に居たことのある人もいた。彼の日本は、横須賀と富士山であった。 |
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オールで巧みにボートを操りながら、ガイドも自己紹介した。子どもが二人いるとのこと。自然の中の仕事だし、世界中から来る人と話も出来るので、この仕事は大好きとのこと。普通、本格的なツァーは男がガイドし、小さなツァーは女がガイドするそうである。生活に仕事に、本当に幸せそうな女性である。そう、ガイドは二人とも女性なのである。美しく、たくましい女性たちである。本当に男女差のない社会である。 途中、流れの静かな所では水遊びをし、急流ではガイドの力強いオールさばきに感心し、ボートの揺れや水の冷たさに歓声をあげ、岸辺でランチをとるなどしながら、ラフティングを終えた。やはり一番安全なツァーであることは嘘ではなかった。テレビや映画で見るような厳しい激流下りとは完全に違っていた。 (左:ツアーガイドは水を背負い、チューブで飲みます) |
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帰りのバスを待ちながら、静かなコロラド川の流れを見ていると、この川が下流で巨大な人造湖、レイク・パウエルやミード湖を満たし、あのグランドキャニオンを作り上げていることを信じることは出来なかった。“継続は力なり”か。 静かだった帰途のバスの中は、モアブの町に近づいた頃、ガイドの声で再び賑やかさを取り戻した。モーテルやレストランが並んではいるが、短くそして静かなメインストリートも、家一軒ない所から戻ると、とても賑やかに感じられる。私の泊まっているモーテルの前を通り過ぎるとやがてバスの終点だ。ガイドは最後に一番大事ななことを話し出した。“もし、今日のツァーが楽しかったと思ったら、いくらかのチップを置いていって下さい”と。皆、喜んでチップをだした。 旅はまだ続いた。ユタ州の南部には、いくつもの国立公園やナショナルモニュメントがある。私も今回、アーチーズ国立公園やキャニオンランズ国立公園のほかに数箇所の公園を訪れた。どこもアーチーズやキャニオンランズに優るとも劣らない素晴らしい所であった。そして「自然を保護しつつ、出来るだけ多くの人が自然を楽しむ」所であった。一つ一つの公園はもちろん、公園から公園への道にも感激と思い出がたくさんできた良い旅であった。 |