秋田・岩手の県境を歩く 椿 正明
業務モデル事例に関する雑誌の連載テーマを抱えたりして、3月に1週間休みを取って以来土日もゴールデンウイークも返上していたが、今回やっと休みが取れることになった。そこで、7月26日(金)から29日(月)まで、3泊4日で東北の温泉めぐりと山歩きを企画した。連れは女房とその友達の松野さん。全員シニアで、JRはジパングの30%割り引きが利く。
東北はスキーで蔵王や月山、安比、八甲田に行ったことはあるが、夏山は飯豊だけ。秋田県は初めてで、様子が分からない。ともかく一度は行ってみてのことと、乳頭温泉や国見温泉に電話をかける。驚いたことに、梅雨明けの夏休みでどこもいっぱい。秋田新幹線の影響は絶大なようだ。それでも、キャンセルや最後の空き部屋があって、26日乳頭温泉郷の黒湯、27日厚生年金秋田たざわこ荘、28日国見温泉が取れた。
7月26日(月)晴れ
こまち9号で9時56分東京発、田沢湖13時08分着。バスでともかく田沢湖に行く。水深日本一、摩周湖に次いで透明度が高いという湖を体感するには、湖畔にいても仕方がない。遊覧船より自分で動く方が良いと、3人乗りペダルで漕ぐスワンボートに乗る。予定は30分、1500円。沖に出ると、ボートの横を15センチくらいの魚が群れをなしてついてくる。ははんと、ウエストバッグの中から海苔巻きせんべいとピーナツを出し、少し噛み砕いて投げる。魚は、水を蹴ってこれに殺到する。長らく餌付けされてきたらしい、すれた魚達。ここにも自然破壊、われわれも片棒を担いじゃったけれど。
湖も、深くなると神秘的な青さ。海水パンツを持って来るべきだったなと残念がる。13分くらいでバックし始めたが、遊覧船の波を受けると結構ゆれる。発着場を間違えて道草を食ったため、必死にペダルを漕いで30分すれすれに到着。魚はウグイ、てんぷらがうまいとか。今度夏来るときは、海水パンツと魚を掬う網を持ってこよう。餌をまけば1回20匹くらいはとれそうだ。
この混浴露天風呂は、紹介写真にはいつも出てくる黒湯の顔、ぶなの柱で東屋風に作ってある。湯かげんも良く、もう少し早ければお花畑の中、また9月末からは一面紅葉と言う。汗がとれ、そよ風が吹いて気分爽快。そのうち中年の一組の夫婦が入ってきて、男2人に女5人になった。水は乳白色で、女性はタオルのカーテンを首から下に下ろしているが、さすがに「タオルを湯船につけるな」と言うわけにもいかない。スクリーンセーバーに裸の写真を使っている若者はさておき、慣れれば電車のボックスで1人の男と3人の女が座っているのとそう差があるわけでもない。多少緊張感はあるとしても。
7月27日(土)晴れ
4時20分に起きて一風呂浴び、早速朝食の準備。ガスコンロをつけ、オクラの味噌汁を作り、小魚を焼く。おにぎりは、昨夜宿で作ってもらったもの。バナナとグレープフルーツで締めて、5時40分出発。山は午前中が勝負、宿の朝食を食べていたのでは出発が8時になってしまうと、自炊にしたわけ。
水を2リットル入れたので、荷物は11キロくらい。ここ3年ほど山に行ってない間に大分体力が落ちたので、軽めにした。このくらいならどうと言うこともないことを確認。二本のストックを使い、ストックに体重をかけておいて足を踏み出すと、段差がかなりあっても、足への負担が軽減されるので楽。もちろんバランスも取りやすい。チベットの五体倒地へのストックの導入と言うよりは、ゴリラの4本足歩行に近い。初めは、降りで膝を痛めないためとして使い始めたのだが、思ったより登りにも有効だ。30分歩いて5分休みのペースにしたら、女房にはきついらしい。「まだ休まないのか」とか「もう出るのか」とかぶつぶつ。松野さんは何にも言わないのに。
![]() |
それでも2時間足らずで、稜線に出る。右手に明日登る秋田駒(1637m)、左手に八幡平方面の山々。ウスユキソウやニッコウキスゲ、みやまぼうふう、石楠花などが咲いていて、写真ストップ数回。それでも乳頭山頂上(1477m)には8時ちょっと過ぎに着いた。左前方、千沼(せんしょう)が原の向こうに岩手山が逆光で高く、また秋田・岩手県境となる秋田駒までののびやかな縦走路が見える。標高は低いが冬に雪が多いためであろう、稜線には這松、石楠花のほかに木はなく、北アルプスの2500m相当の植生。そよかぜが吹いて今は爽快だが、スキーで来て吹雪いたらたまらないだろうなと思う。北アルプスなら5、6時間かかるところが、ここなら2、3時間で上がれる。ワンゲルや中高年向き。麓には温泉がごろごろ、これが東北の山だ。
頂上には中年の夫婦が一組、「どこから」と伺ったら、今朝、秋田駒に登って縦走して来られたとか。天気は良し、時間もまだ8時ちょっと過ぎ。当初は、乳頭温泉にもどって明日また秋田駒に登ろうと計画していたが、これなら縦走のチャンスと計画変更。それでも、女房の体力を考えて千沼が原はバイパスし、今日の最高点、笊森山(ざるもりやま1541m)に直行。途中お花畑が次から次へ。そのたびに写真ストップ。這松の間に、ちらほらと咲く石楠花の小さめの清楚な花が印象的。 |
笊森山からはなだらかな下り、火山性の石がごろごろして、ちょっと霧が峰の雰囲気。左手前方に雪渓が残っている。7月末、1400m付近に雪渓とは、さすが北の山と感心する。お腹がすいてきたので、宿岩(1398m)の風下に場所を選定。ガスコンロをつけ、中華三昧とお餅の海苔巻きを作る。きうりと味噌も、のどの渇く山ではご馳走。甘い紅茶が人気。元気をつけて湯森山(1471m)へ向かう。
湯森山からは、今日の終点駒ケ岳8合目が見える。ニッコウキスゲの群落を過ぎ、沢を渡って2時少し過ぎ、無事8合目バス停につく。バスは、人が多いので2台出る。狭く急角度の−多分今まで見たうちで一番厳しい−ヘヤピンを下って、駐車場経由、田沢湖高原に到着。駐車場では8割方の人が降りたが、これはマイカーで来た人たち。
さてこれから厚生年金たざわこ荘を探すわけだが、バスの運ちゃんはすごく親切に曲がり角を教えてくれる。5分ほど歩いて看板を見つけたが、厚生年金ウエルハートピア田沢湖とある。厚生年金ではあるが、名前が違う。しかも玄関が、事前にインターネットで調べた写真と違ってすごく立派だ。「また歩いて探すのかよ。もっとよく聞いて来ればよかった。でも、ともかく聞いてみよう」。そうしたら「これで良いのだ」という。今年建て替えて、名前も変えた。インターネットが古い。厚生年金としては改訂してあるけど、どこがコピーしているか分からないので直ってないのだとか。コピーしたらバックポインターをつけるべきでは、とデータベース屋の職業病が出る。
女房と畳ではないが、宿も新しいのが良い。トコトコの湯沢に負けない立派な宿。しかも立地が良い。部屋からはぶなの原生林が一望され、その向こうに田沢湖が見える。これで1万円何がしは、お泊り得だ。早速風呂に行く。露天風呂からも、田沢湖まで、ほぼ同じ景色、原生林の緑が美しく続く。湯は黒湯の源泉から引いているというが、さすがに混浴は無い。しかし湯加減は良く、爽快。
夕食は、タン焼き、岩魚の塩焼き、刺身、じゅんさいなどとご馳走だが、それ以上に食べる側の条件が良い。「おいしく食べるにはやはり儀式が必要だ」というのが私の持論だ。まず身体を動かして汗をかきお腹をすかせること、次に風呂にはいること、さらに言えば、普段からしっかり充実した仕事をしていることだ。今日はこの3拍子そろっている。
7月28日(日)晴れ
松野さんは今日帰宅しなければならないとかで、お別れだ。われわれは一番に宿の朝食をとり、8時15分のバスで昨日降りてきた駒ケ岳の8合目に登る。9時ころ着いて、水を補給し、スパイラルの道を阿弥陀池に向かう。人が多く数珠繋ぎだ。夏休みでボーイスカウトの子供もいるが、やはり中高年が多い。特におば(あ)さんが闊歩している。
![]() |
昨日よりやや雲が多い。南側に回り込んだところで、遠く鳥海山の端麗な姿が見える。さすが雪が多い。近いうちに登らなければと思う。ニッコウキスゲの群落をすぎると、阿弥陀池だ。そこに荷物を置いて、男女(おなめ)岳(1637m)に登る。この辺では一番高い。昨日歩いた縦走路が見える。
池に戻り、チングルマの群落を見てから、横岳(1583m)に向かう。もう12時近い。人が多いので、少し下ったところで食事にする。今日は、バス停で買ったパンと餅の残りとボンカレーだ。雲は多いが、降る心配はない。国見温泉から思ったより多くの人が登ってくる。 |
腹ごしらえをして、今回の山行きの最後の行程に入る。なだらかな下りだ。大焼砂(おおやけすな)という砂礫の道に入ると、コマクサが現れる。今が盛りなのか、結構たくさん咲いている。これまで湿性の花を見てきただけに、変化があって面白い。秋田・岩手県境を1175mまで下ってから、左、岩手県側に1時間半ほど下って、南部藩お抱えの湯治場だったという国見温泉に着いた。
ここには宿は2軒、石塚旅館と森山荘がある。われわれは石塚旅館に泊まる。「日本秘湯を守る会」に属するだけあって、黒湯より素朴。湯は2箇所。もっぱら露天風呂に入る。初め行ったときは、男ばかり5、6人入っていた。かなり熱い。石の風呂で底がざらついている。硫黄の破片のような感じだ。食事の後入ったときは、女性4人と連れらしい男一人が入っていた。いずれも60台と見えた。女性は向こうを向いていたが、裸電球が筋肉の盛り上がった背中を照らしていた。農家の方々だろうか、ここはそんな人たちのための温泉なのだろうなと、何か遠慮しなければならないような気持ちになる。
7月29日(月)晴れ
国見温泉にはバスの便がない。皆さんはマイカーで来る。われわれは、9時にバス停まで宿の若者に送ってもらい、そこから雫石行きのバスに乗る。このごろの若者は皆車だから、バスに乗るのは地元の老人や子供だ。顔見知りらしい地元のおばさんたちの会話は、日本語らしいけれど聞き取れない。バスの運ちゃんはとても親切で話好き。そういえば秋田、岩手の皆さん、どこでもとても親切だったなあ。3泊4日の山と温泉の旅、おかげで楽しく過ごさせてもらった。ものすごく立派なトイレのJR雫石の駅を10時43分発のこまち10号に乗って、東京に着いたのは13時36分だった。[2002.8.2]