企業研究会、有史以来のコーラス       島田 正雄 
 

 私が企業研究会の「明日の人材育成を推進する会」の世話人になってから、25年ほどたつ。前任の青木武一氏が仕事の都合で続けられなくなった為、後任者になるよう事務局から頼まれたのである。私は、とても青木氏の後任は勤まらないと固辞したが、事務局のたっての頼みに条件付でOKした。「先生と生徒の関係のように‘若手メンバーを指導する’というのではなく、仲間の一員として‘若手の成長を見守り、援助する’という考え方で、‘メンバーが自主的に研究を進めるのをサポートする’という役割なら、引き受けてもよい。その場合、私のほか二人の世話人を含め、三人の合議で事を進めるようにさせてほしい」 というのが条件であった。

 この会は、企業研究会の中でも最も歴史が古く、2003年現在で43年の歴史がある。素晴らしい会員に恵まれ、目覚しい活動をしている。こういう仲間と25年にもわたっていろんな研究をすることが出来たのは、私にとって望外の幸せである。私がこの激動の企業社会の中で生涯現役のような形でやってこられたのは、ひとつは相馬紀公・松平定康両先生の下でグループカウンセリングや組織開発の実践的な手法を学習・開発し、数多くの実践の場を体験したこと、その中でTPI(東京大学総合人格目録)とめぐり合い、それをベースに()人材開発情報センターを立ち上げたことが効いている。そして、もうひとつが、企業研究会の中で視野を広め・人脈を築き、知見を高められたことが大きな理由であると感謝している。

 さて、2001年度のこの会は、26名のメンバーが4つのグループに分かれて、それぞれのテーマに取り組むことになった。

 Aグループ・・・個人を最大限に生かしつつ、組織目的と合致させるキャリアデザイン

 Bグループ・・・現場からの組織開発

 Cグループ・・・新しい人事の潮流と能力開発――人間主義と成果主義――

 Dグループ・・・コア人材の育成システム

この中で、私はBグループに所属し、日本板硝子・キリンビール・花王・三菱樹脂・三菱ビルテクノサービス・帝人製機・三井造船・アイコミュニケーションズの現役バリバリの人達9名と一緒に上記テーマに取り組んだ。

 「明日の人材育成を推進する会」では、毎月の定例会のほかに、3月と8月に12日の合宿研修を行い、メンバーの親睦を深め、ホンネの討議が出来るように工夫されている。3月の合宿はテーマ設定とグループ編成がネライであり、8月の合宿はそれまでの研究成果を総括して年度末に向かって研究を方向づけし、役割分担を決めることが主な目的である。

 このような背景の下に、2001.8.23〜2412日の夏季合宿が多摩市永山の「フォレスタ多摩」で開催された。我が家から2キロの至近距離である。私は「これは、メンバーを我が家に招待して、心の絆を深めるよい機会だ」と思い、妻にそのことを話した。妻も、多忙な中を協力することを約束してくれた。

 途中で、近くにあるベネッセコーポレーションを訪問して同社の組織開発の実態を教えてもらい、その情報も含めて大いに議論を深め、合宿は大きな成果を得て正午に解散した。そこで私は、Bグループのメンバーに呼びかけ、「我が家で一緒に昼飯を食べよう。そして公の場では話しきれないことを話し合おう」と提案し、みんなも賛同してタクシーに分乗、我が家に到着した。他のグループからも、住友3M・サッポロビールが参加した。

 妻は、前日から食事や飲み物の用意をして、みんなが来るのを待っていてくれた。早速ビールで乾杯、麒麟麦酒とサッポロビールが並ぶ。次から次へと出てくるご馳走にメンバー一同感激。飲むほどに話すほどに、自分の生い立ち・配偶者との出会い・嬉しかったこと/辛かったこと・今抱えている悩みなど、公の席ではなかなか言えないことを率直に話してくれる。このように、立ち入った話が出来、一人一人の考え方・価値観・行動の仕方がどのようにして今のようになったのかが分かり合ってこそ、本当のティームワークが生まれるのだ。

 三菱樹脂の人は、宝生流の謡曲の達人であった。そのことは、今まで誰も知らない。朗々たる節回しに、一同感嘆の声を上げる。そのうちメンバーの一人が、片隅にあるグランドピアノを見て「何か歌いたいな」と言い出す。ピアノを弾きだす人もいる。聞いてみると、ほとんどの人が、コーラス・ピアノ・フルート・オーボエなどの経験があるようだ。中には、オーケストラでオーボエを吹いている人さえいる。これならいけそうだ。では何を歌おうか、ということになる。たまたま「翼をください」の楽譜が置いてあるのを見つけ、「これでいこう」ということになる。混声4部からなるこの合唱曲を、妻の指導の下にまずパート練習、その上で4部を合わせてみる。さすがに上達が早い。アッという間に一応格好が付く。みんなも喜んだ。企業研究会の仲間で4部合唱が出来るなど思っても見なかった。今年の研究会の最大の成果だ。「最終報告会の後の懇親会で、この歌を歌おう」ということが、その場で決まった。妻も喜んだ。「今まであまり身近には感じられなかった企業研究会の人達が、こんなにも明るく、心をひとつにして人間的に触れ合える人達なのか」  と。

 2週間後の9月の例会の時に、他のグループのメンバーがBグループのメンバーに言ったそうである。「Bグループは良いねー。世話人の家を訪問して夫妻そろっての歓迎を受け、ご馳走になった上にコーラスまでやれるとはねー」 と、とても羨ましがったようである。Bグループのメンバーはみな鼻が高かった。

 このようにして、Bグループの研究は、ホンネのぶっつけあいで順調にすすんだ。最終発表のまとめをする為、メンバーは麒麟麦酒の本社に集まり、レポートを練り上げた。その後でビールが出たのは言うまでもない。また、我が家への訪問によってTPI(東大版総合人格目録)という心理テストの存在を知ったメンバーは、自分の今の行動傾向とその傾向が身に付くに至った経緯を知り、今後の行動変革を図る上での一助にしたいということで、TPIを受検した。私はそのアウトプットを持って、三菱樹脂本社の会議室へ出向き、フィードバック会合を開いた。

 こうして、最終例会は1218日に開かれた。Bグループの報告は、「現場の実態に即した組織開発の進め方」を示すものとして好評であったが、それにもましてみんなをビックリさせたのは、メンバーが「翼をください」を混声4部で歌ったことだった。企業研究会50年の歴史の中で、初めての出来事だったそうで、列席していた専務理事も大変喜んでくれた。合唱が、こんなにもメンバーの心をひとつにし、かつ全体の潤滑油にもなることを知って、私も家内もとても嬉しかった。[2003.7.30]


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