SOELDEN(ゼルデン)スキー紀行 椿 正明
赤字を避けるため、3月にどうしても仕事をとりたいとがんばったこともあるが、第1の要因は法政大学での夜間講座の準備だった。「もう引退も近い、だからこれまでの経験を形にして残したい」、それも「会社がサポートしてくれないので、個人で勉強したいと言う人たちに伝えたい」と思った。交通の便の良い市ケ谷に教室を持つ法政大学の溝口先生に相談したら、その道が開けて2005年4月からスタートすることになった。毎週90分、18時30分から、12回開く。無料にしたらすぐ50名が埋まった。テキストはこれまで使ったものを編集したら簡単に作れると思っていたが、そう簡単ではなかった。学生も混じっていることで、受講者のレベルにかなりの差がある。宿題をいれることにしたが、時間の制約もあり、この用意がなかなか大変だった。この連休の大半を投じてようやく7月14日までのテキストの格好がついた。
第2の要因は、ゼルデンで抱え込んだ課題「オフピステの滑走」の手掛かりを掴みたいと、無理無理八方に出かけたことだ。3月25日(金)新宿から夜行バスで出かけ、26日、27日と滑っちゃった。26日は霧、27日はべた雪で、オフピステはまだ手の届かないところにある。
さて本題。海外スキーはこれで5回目、5年連続、いずれもフェロースキーツアーに参加して、である。今年の行き先は、オーストリーの西部、チロル地方のゼルデンである。スイス、フランス、ニュージランド、イタリヤと行ったので、今回はオーストリアとした。始めはサンアントンを考えていたが、メンバーがそろわないということで、すでに5人申し込みのあったゼルデンに合流することにした。われわれ3人−いつもの松野初枝さんと椿夫婦−と合わせて計8人。そうなるとガイドは1人、5人は相当の足前というから、「お荷物にならないと良いが」と心配しながらの参加であった。
■2月19日(土) 日本からゼルデン
5時起床、雪が積もってる。15cmもあるか。タクシーに電話したが、電話に出ない。やっと出たが、「スノータイヤの車が少ないので」と断られた。家からモノレールの駅、町屋まで、自分で荷物を持って行こうかとも考えたが、時間的に無理。結局、次男の高明−昨日も終電で帰宅した−に頼む。2世帯住宅の強み。またうちの車は4WDでスノータイヤ。大船まで送ってもらって無事、NEXに乗り込む。8時前に成田に着き、8時30分受付け、航空券を受け取り、チェックイン。最近はセキュリティに時間がかかるので、非常に早めに集合させる。
飛行機は30分遅れて11時30分に飛び立ったが、後は順調に飛ぶ。下はほとんど雲、ときどきシベリヤの雪景色。チューリッヒには3時30分頃つく。フェローのベテランガイド千葉さんが日焼けした顔で、出迎えられる。他の5人は千葉さんと「やあやあ」、顔見知りのようだ。ここでちょっとトラブル、松野さんのスキーが出てこない。係員は「もう全部出ましたが」と言う。飛行場のクレイムと掛け合っていたが、そのうちに、「トランジットの方にまぎれていました」とか。肝を冷やしたが、一件落着。16時25分頃、マイクロバスで、スイスはチューリッヒから、東方のオーストリーのゼルデンに向けて出発。インスブルックへのドナウ河沿いの高速道路を降りて南へ、エッツタール(エッツ谷)沿いにくねくね登り、20時ちょっと過ぎベルグランドホテルに到着。軽く食事して、就寝。時差のためか、眠れない。偕子に薬をもらう。あまり効かなかったが、何回もおきながらもこまぎれに寝た。
■2月20日(日) ゼルデン前面のゲレンデ
9時半集合、小雪がちらつくが視界はある。ホテル専用の連絡リフトで上り、ゴンドラ駅へ。ゴンドラのラッシュアワーで、ものすごい混雑。
ここでメンバーを紹介しておこう。
・ ガイド :千葉さん
・ グループ1:西さん・結城さん、ダイビングで知り合った江東区方面の方
・ グループ2:塚越さん・木島さん・鈴木さん、フェローで知り合った練馬方面の方々
・ グループ3:松野さん・椿夫婦、われわれ湘南組。

ゲレンデからゼルデンの街 Sigiを入れて
ゼルデンスキー場は、南から北に流れるドナウ河の支流、エッツタールの西側に開かれたスキー場。リフト、コースに番号がついていて分かりやすい。リフトにL、コースにCをつけると、今日滑ったのは、南のゲレンデから北へ、L1,L5,C2,L4,C3,L2,C6,L13,C13,L19,C15,L20,C15,L20,C14,C19,C21と、奥には行かず、街に近い前面のゲレンデを滑った。
偕子が中級、僕と松野さんが上級の下、グループ1,2は皆上級。ものすごい速さで、こぶ、オフピステなんのその。千葉さんもそのペースに合わせてどんどん行く。ついていくのが大変。最後にゲレンデ上部をトラバースして短いオフピステを滑ったが、スキーがすぐ外れて転倒、みなさんにご迷惑をかけた。足前とともに、スキーのセイフティの調節不十分が原因らしい。
ガイドが2人いれば上級と中級とは分担するけれど、今回は1人なので、時間を分けて偕子にあわせたガイドとエキスパートに合わせたガイドをやっていただいた。ガイドも気を遣って、やりにくそう。
夕食時、ホテルの若旦那、Sigi
Grunerを紹介された。オーストリアの有名なスキーのデモンストレータ、日本に何回も来たという。火曜日には一緒に滑ることになっているとか。
■2月21日(月)ゼルデン奥のゲレンデ
予報は曇り/雪というが、思ったより良い天気。視界がある。今日は奥の氷河のゲレンデに向かう。まわったのは、正確ではないが、途中昼食をはさんで、L1,L2,C1,C5、L13,C23、L24,L26,L31,L32、C33,L31,L33,C38,L36,C39、C37、L38,C37、L35,C34、L31,C31,L26,C24、L23、C13,C20,C22,C21.とかなりの滑走距離だ。

奥のゲレンデにて 氷河の前で
途中トラバースをして、オフピステに入る。どうも滑り方の感触がつかめない。粉雪は浮遊感が良いのだそうだ。もっと小回り、両足加重ジャンプターンでやるべきというが。
なにしろガイドの千葉さんは速い。しかも1回の滑走距離が長いので、見失う。迷子になるとまずいとついていくが、やっとだ。カービングをうまく使わないとスピードが出ないらしい。来る前に妙高で滑った小川君を思い出す。彼の好きそうなコースが一杯だ。
■2月22日(火) Sigiさんとオフピステ
夜のうちに雪が降り、昼になると、また上に上がるほどに晴れてくる、最高のパターン。10時からはSigiさんが案内するとか。そこで有志3人と千葉さんで、9時に集まり、ゴンドラ1と2で上がり、C1、とC10を滑る。ものすごい飛ばし方なので、必死についていく。新雪が5センチくらいあるので、やわらかく雪面は最高。とくにC10は樹林帯の中で広く、気持ちがいい。
今日は、偕子は、皆の迷惑になってもと、スキーは遠慮してインスブルックへ観光に。
ひと滑りして、ゲレンデ入り口の喫茶店でコーヒーを飲み、皆を待つ。10時少し過ぎに全員集合、混雑を避けるため、ゴンドラでなくL6のリフトで上がる。L5で上がり、オフピステに挑戦。1回、転倒。どうも片足加重で、スピードを殺そうとするのがいけない。回転のときスキーをまわしすぎ、かつ後傾になるのが原因。両足加重でちょっとジャンプし、スキーを回さないのがコツらしい。

Sigiと一緒に やさしいオフピステにて
深雪で転倒したときを考え、大きいワッカをストックにつける。L4で上がり,L2経由C5沿いのオフピステを下り、L13の下で昼食。手羽先とフレンチフライは日本とあまり変らず助かる。ただし量が多く食べきれない。L13で上がりC11沿いのオフピステをやる。Sigiさんは松野さんを先頭に丁寧にガイドする。ここは深い粉雪ではないので、マイペースで降りる。日当たりが良く暖かい。L13、L5経由南へバック。C2沿いのオフピステを滑って、16時ころL4の下の山小屋風レストランALMへ。
ドアを開けると同じホテルBerglandの仲間が一杯。「やあ、やあ(ただしドイツ語)」。ぎゅう詰めになって、ここでホットワインを飲む。ギターとアコーデオンが飛び出し、大騒ぎ。腕を組んで飲み歌い、大いに盛り上がる。ドイツ語なので、さっぱりだが、皆ニコニコ。思い出を作る。大分疲れが出て、早く帰りたいなと思うが、なかなか終わらない。夕暮れ近くなってようやくC8経由帰宅。偕子はすでに在室。インスブルックの観光はまあまあ。二人の嫁と孫へのお土産など買ってくる。
今日は疲労が限界。バスタブで身体を温め、リラックスを試みるが、直らない。水ばかり飲みたい。食事のとき、限界がきて、デザートを待ちきれず、部屋に帰りそのままダウン。あまり食べなかったのに、腹が張って吐き気すら感じる。明日滑れるかしら。
■2月23日(水)Hochgurgl(ホッホグルグル)とOvergurgl(オーベルグルグル)
予報通り快晴。今回も天候には恵まれた。バスに乗ってエッツタール上流、つまり南のイタリヤに近いグルグルへ。2000mから3000mに広がるスキー場だ。ゼルデンと反対に谷の東側に開けたスキー場だ。20分くらいで到着。まず手前のHochgurglで滑る。人が少ない。オフピステもたくさんある。アイスバーンもない。広大なスキー場だ。
広大なHochgurgl 標高2500m付近
「6人乗りリフト下に集まりましょう」といわれたのに、間違えてTバーに向かってしまう。仕方がない、Tバーで上り返して追いかける。大分心配かけてしまった。昼食は山小屋のようなレストラン、中は一杯なので、外でということ。「寒くなるのでスープにしましょう」と、ビーフシチューにする。回りは3000mの白銀の山々。
午後はほぼ水平のゴンドラでOvergurglへ向かう。同じようなスキー場だが、人がやや多い。午後3時55分のバスで引き揚げる。はじめは4時55分とか言っていたが、疲れていたので助かった。
夕食中に下痢の兆しが見えたので、部屋にもどったが、水のようなひどい下痢だ。今日は食欲もなく、しかし腹が張り、どうも体調がいまいち。原因不明と思っていたが、「おりのあるビールが身体に合わないのではないか」という偕子の推定が当たっているのかも。
夜中に3回起きて下痢、朝には少し治りかけたか。後で分かったことだが、千葉さんも下痢とか。21日の生牡蠣が原因と判定する。
■2月24日(木) Ischgl(イシグル)スキー場
快晴。身体に不安があったので、本来なら1日休むべきかなとも思ったが、天候もよし、皆さんに心配や負担をかけても悪いと、ともかく出かけることにする。8時に9人乗りタクシーでIschglへ。Ischglはエッツタールよりさらに西のドナウ河上流のTrisannnaの沢沿いにあるスキー場。スイスにもイタリヤにも近い。日本の中高年スキーヤーを指導する平沢先生がよく来るということで、偕子が「是非行きたい」といったので来ることになった。
リフト券が、ICカードでなく、カードを隙間に突っ込む方式。首にゴムひもでぶら下げるが、ゴーグルをつけていると見失い「どこだどこだ」となる。なくしそうで心もとない。手袋のままでは探しにくい、検札に時間がかかる。はやり日本のICカード方式が一番だ。
A1のゴンドラ経由、B3、B4、D1のリフトを乗り継いで2864mへ。E4に乗ってコース80を下り、お昼はスイス側Samnaunの街へ。ピザとビールで食事。日本と同じはずだが、おいしくない。出ないつばをビールでごまかしながら、やっと飲み込みながら、食べる。2階建てゴンドラ、もちろん二階に乗ってオーストリーへバック。

2階建てゴンドラは珍しい Ischglもお天気で
今日はオフピステはやらなかったが、皆さん(偕子と松野さんは別行動)非常に速く、安全第一で滑ると、どうしてもびりになる。1回の距離が長いので、メンバーを見失う。地理不案内で行き先も確信が持てないところで、ただついていくだけ。余裕がないと楽しめないなあ。
16時15分の予定が、16時35分着。タクシーを待たせた。千葉さんの勧めでゴンドラの中間駅で乗ることにしたが、満員でなかなか乗れなかったからだ。
ホテルでは、今日は夕食前にキッチンツアーがある。アジアの日とかで日本食としてお寿司、ずけ、はるまき、餃子、などが出る。キッチンを泊り客にオープンして、裏方のコックと顧客の接点をつくるものだ。コックのモラルアップ、顧客へのサービスをねらうもの、Sigiさんの経営感覚はすばらしい。ただしおすしの米がぼそぼそで、これだけはいただけない。親日家といってもやはりジャポニカの酢飯の味は分からないのかな。
■2月25日(金)ゼルデン奥のゲレンデへ
快晴。今日はフェローの引率のないフリーの日。しかし「西さんと一緒に氷河に行きましょう」との千葉さんの誘いに乗って8時半、21日と同じゼルデンの奥のゲレンデに出かける。晴天が続き、かなりアイスバーンになってきているが、2000m以上のところはOK。
ゴンドラの終点から、昨年行った「イタリヤのドロミテ、セラ山方面を見ましょう」と、ゼルデンスキー場の最高峰Innere Swarze Schneid(3370m)に上る。かなりの傾斜だし、雪が硬いので、ステップを切りながら、ゆっくり登る。西さんと結城さんは千葉さんと一緒にさっさと登るが、われわれ老人組みはのろのろ。空気のせいか、食べ方が足りないせいか、ピッチが出ない。偕子に抜かれる。これははじめての経験だ。食べる量の違いもあるのだろうが、やはり馬力がなくなった。とてもモンブランなどは無理だ。人生の終焉がまた見えた。

遠くドロミテ山群 自由行動
しかし、偕子と松野さんは途中で登るのをやめた。私は、岩陰に黄色い穴を開けてからまたのろのろと頂上を目指す。やっと上についた。南の方に「セラ山ですよ」と教えられる。ドロミテの最高峰Marmolada(3342m)と思しき山が見える。北側は3000mの山々。マッターホルンのような特徴的な山でないので、覚えられない。
この後は千葉さんたちと別れて、われわれ3人だけで滑る。トンネルの手前のC33、トンネルをくぐったC38を滑って昼食。そこでまた、さっき別れた全員に会った。午後も2回氷河ゲレンデを滑ってから、ゲレンデというより、赤の菱形マークのついたゼルデンへの下りルートをたどる。途中すこし歩くところがあるが、快適にL8下に到着。そこから直接ゼルデンに下ることもできるが、アイスバーンの狭い道。これを避けて、一旦L8で上がり、C1とC10で下ることにする。なかなか快適なコースだった。

ホテルベルグランドは手前 ゼルデンの山々
宿には3時についた。毎日、法政大学のカリキュラム作りと持ってきた仕事の文献を読むのに忙しく、初めて街に出る。いつも海外から絵葉書をくれる旧友に一矢を報いるための絵はがきと、会社へのお土産のチョコレートを買い、それから荷造り。オーストリアのスキーも無事に終わった。ゼルデンも、となりのグルグルも、また遠征したIschglもなかなか良いスキー場だった。2000m以上は広大な雪原、日本では乗鞍や立山の2500m以上に見られる景観で、似ている。特徴的な山がないという点では、バルディゼールにも似ている。また来てもいけど、もう来ることもなさそうだな。
■2月26日(土)&27(日) チューリッヒ経由日本へ
帰りは、とくに何もなく、飛行機も順調に飛んで、予定通り帰国した。今回は、一時体調をくずしたこともあって、食事になじめず、「日本のスキー場のほうが、食事も口に合い、温泉もあるし、気楽で良いな」などとも感じた。ホテルは毎日献立を変えてサービスしてくれている。皆さん結構おいしいというのだが、私には誤差の中で変化するだけ。5年前の初めての海外スキーのツエルマット、昨年のコルチナ、とあまりに良かったためか、今年も結構天候に恵まれたのに、感激と言う点では正直いまいちだった。課題のオフピステ滑走が未達だったこともあろう。もうじき70歳。「年のせいだ」と偕子に言われたが、やっぱり「歳」か?
[2005.5.18]