鳥海山に登る          椿 正明  


 
東北一(注)の標高2236mを誇る名山、鳥海山は、頂上は厳密には山形県に属するが、ほぼ秋田県との県境に立つ。3年前、秋田駒が岳から、その秀麗な姿を見て、いつか登らねばと思っていた。
(注)鳥海山は実は東北で標高は第2位で、第1位は福島県の燧岳2356mとの指摘をもらいました。私の記憶違いでしたが、その出所は深田久弥の「日本百名山」であることが最近分かりました。私は、燧岳は群馬県だと思っていたのでした。
 

 何しろ遠い。山形新幹線や秋田新幹線を使っても乗換えが必要であり、往復に1日づつ費やす覚悟が必要である。足腰は年々弱ってくるのに、なかなか暇にならない。そこで思い切って、「今年こそ行くぞ」と決心した。まず往きは夜行バスに決めた。渋谷発22時30分のバスで酒田に7時過ぎに着く。これで1日節約だ。初日は山小屋に泊まって自炊しても、翌日は温泉に泊まるからさして重荷にはならない。3日目は新幹線でゆっくり帰ってこよう。  

 こんな計画で、初めはお盆の最中、8月10,11,12日にスケジュールしたが、台風崩れの低気圧が接近し、肝心の10,11日はずっと雨の予報。仕方なく、宿とバスの予約を取り消した。次に8月18,19,20日に再度スケジュールしたが、同行予定の友人夫婦から、2日前になって「同居のお母さんが骨折して行かれない」との電話。そこで、当初は足の小指を骨折して行かない事になっていた偕子と一緒に、登頂は私だけという行動計画にして出かけることにした。  

 8月17日(水)−18日(木)晴れ

 22時30分、バスは渋谷エクセル東急ホテル5階から出る。座席は3列でトイレ付の夜行専用バス。サービスエリヤなどには止まらないし、リクライニングはビジネスクラス以上とか(これは偕子の感想、僕はビジネスクラスに乗ったことがない!)。自作のバス用枕を使うと良く寝られる。途中2回ばかり目が覚めたが、6時すぎ鶴岡、稲と枝豆の庄内平野を走って7時20分ころ酒田に到着した。南北に走るフェンスが異様。冬地吹雪で道路が雪に埋まるのを防ぐ仕掛けという。  

 バスを降りたら、息子を連れた50過ぎ?の登山姿のおばさんに呼び止められる。鳥海高原ライン終点まで、「タクシー相乗りしませんか」という。今日はバスに乗って、その後でタクシーに乗ってゆっくり滝の小屋につければ、と思っていたが、悪い話ではない。運ちゃんは1万円でいいという。3000円くらいは節約になる。お互い「よろしく」ということになって同乗する。コンビニに立ち寄って、朝食・昼食とペットボトルを買い、タクシーでひた走る。おばさんは百名山を目指していて、いま80くらい登ったところとか。今日中に登頂し、吹浦に下りちゃう計画。若いこともあるが、なかなかの行動派だ。頂上は雲に隠れて見えないが、天候は安定し大体晴れだ。途中、オブジェのように曲がった幹の林立するぶな林やお花畑を過ぎる。タクシーの中でサンドイッチとカレーパンを食べ、8時30分ころ、標高1200mくらいの終点駐車場に着く。  

 早速歩き始める。コースタイムを少しオーバーして、9時前に今夜泊まる予約の滝の小屋に到着。小屋番は「下山中」との張り紙。足の痛い偕子も、ゆっくり河原宿小屋付近までは同行することにする。そして私は、「明日はお天気も分からないから今日登頂しちゃおう」ということにして、大部分の荷物−出かけるとき12キロあった−を残し、軽装で河原宿に向かう。登山道の右、雪渓の左に日光キスゲが咲いている。登るほどにお花畑。八丁坂を上りきって、河原宿には10時15分ころ到着。

  

     八丁坂の日光キスゲ          同薄雪草

 ここから頂上まで往復し、滝の小屋まで下って夕食の準備をしなければならない。コースタイムは5時間30分だが、山時間としてはもうそろそろ昼だから、結構忙しい。10時半には偕子と別れ、心字雪渓の左をせっせと登る。日光キスゲが咲き誇っている。案内のペンキの色が黄色で、日光キスゲと似ている。中年の15人くらいの団体を追い抜く。馬力の衰えをストックに頼ってなんとかカバーする。ストックを前方について、かなりの体重をかけてから、脚を踏み出すと脚への負荷が少なく疲れない。私の体重はほぼ60キロだが、両手両脚に均等に加重がかかるとすれば15キロづつ、片足を抜いたときでも残る足は20キロまでと計算するわけだ。

     

    心字雪渓の登り      グロテスクな鳥海薊

 しかし、薊坂にかかってすぐに、部活らしい空身の高校生の団体にあっさり抜かれた。歩幅もペースも格段の差がある。標高2000mくらいからは、ガスの中に入る。薊や弁慶草、ふうろ草などの花を見ながら登る。やがて、外輪山の一角伏拝岳に到着。鳥海薊のグロテスクな群落を写真に撮ったりしながら外輪山のふちをまわり、13時ころ、七高山2230mの手前で左に分岐し一旦下る。その途中足を滑らせ、しりもちをつくが、そのとき尖った岩角で腰をしたたか打つ。2センチくらいの火山礫がごろごろしていて、その上に足を乗せるとボールベアリングに乗ったように滑る。危ない、危ない。  

 最高峰の新山2236mへは、積み木のように積み重ねた巨大な岩の上を白ペンキに導かれながら辿っていく。胎内くぐりを経ると、やがて頂上だ。13時49分。コースタイムより20%以上かかっている。ガスの中で遠望は期待すべくもない。先客がひとり。証拠写真をお願いしてすぐに下る。

  

     登頂証拠写真          弁慶草といわぶくろ

 新山の下の山小屋で、お湯でももらってインスタントラーメンでも食べようとお願いしたら、お湯などは出してはいけないと規制されているからだめだという。水もペットボトルのものを運んで売っているとのこと。こんな山ってありかなと思うが、仕方がない。小屋から下がって雪渓の下の水場に向かう。おにぎりとカレーパンで昼食にする。水はいくらでも飲める。ペットボトルにも詰め込んで、14時22分、さあバックだ。ガスの中誰にも遇わず河原塾への分岐伏拝岳を目指すが、「見逃したはずないよなあ、でもこんな所さっき通ったかな」と思いながら歩いたせいか、遠かったように思う。  

 やっと分岐に着いて、膝に膝当てを巻き、15時21分薊坂の下りに入る。なるべく早く帰らねば。ストックを長めにしてスキーの小回りをイメージしながら、右に左にと下る。大きな岩が多いので、ストックをつく場所を選ぶのが大変だ。40分も下ると踏ん張りが甘くなる。前傾が不足すると滑ってしりもちをつく。ストックワークは黒菱のコブ斜より難しい。  

 雪渓を横断するが、スニーカーにしたこともあってエッジがききにくく、横滑りしがちだ。横断した後は、雪の消えた後のお花畑の中。ところどころ黄色のペンキの道しるべはあるが、どこでも歩けるので道がはっきりしない。ボールベアリングのような小さな浮石がたくさんあって、急いで下るとついその上に載り、足をとられる。一度は左下がりの斜面で右足を滑らせ、右に転倒、腰か肩か手を付く前に「がーん」。右耳の前をいきなり尖った岩角に当て、「おっ、大丈夫か」と自分に声をかける事態となった。めがねのつるが大きく曲がったが、なんとか無事らしい。くたびれていることもある、もうすこし慎重に下ろう。中高年が山で転んで死ぬとかよく新聞で見るけど、これか。下手をすると命にかかわる。そう思ってすこしペースを落とし、ようやく16時44分河原宿に到着。水を飲み飴をほうばって、もうあと一踏ん張りと滝の小屋まで下る。ついたら17時35分だった。これしきの山歩きで、ここ20年来記憶にない疲れを感じた。このところ山に行ってないこともあるが、転び方も危ないし、やはり歳だなあ。  

 偕子は1時間以上も前に滝の小屋に入って、2階で休んでいた。がっしりして、デザインの良い小屋だ。今夜の泊り客はわれわれだけ、最上の部屋が割り当てられていた。シャツはもちろんズボンまで汗びっしょり、「短パンくらい持って来ればよかった」と言っていたら小屋の主人が「私のを使ってください」と。また「コンロは外で」となっているのだが、「ストーブのまわりのトタンの上でやってもよろしい」と。ローソクをつけ、ランプを燈し、マホービンにお湯をいただく。ビールよりお茶がうまいと思ったのは初めてだ。ソーセージ、たまねぎ、なす、ピーマン、人参の焼肉にインスタントご飯を温めて夕食。7時過ぎに床に就く。  

 今日、偕子は分かれてから、誘われて、河原宿からあまり遠くない、そしてあまり高くないが地元の人しか知らない秘境、月山森に出かけたという。お花畑をのんびり歩き、大変良かったということ。結構結構。

  

      滝の小屋              湯の台温泉

 8月19日(金)晴れ

 今日はここから湯の台温泉に下るだけだ。小屋の主人が車で送ってくれるとかで、駐車場まで20分歩くだけだ。6時の予定が5時に起きる。晴れだが、昨日と同じく鳥海山は雲に隠れている。お湯をもらい、インスタントラーメンとグレープフルーツで朝食にする。聞けば小屋は 遊佐町 のものだが、主人は 八幡町 の神主さんとか。やはりどこか普通の人と違っているなあ、と感じた。7時出発だが、7時半には湯の台温泉につく。滝の小屋、「予約が要る」ということで予約を入れたが、満員だからではなく、小屋番が出勤する必要があるから、ということだと了解した。  

 湯の台温泉、 八幡町 のものというが立派な施設だ。チェックインは14時からなので、ロビーで休むことにし、とりあえず風呂に行く。露天風呂は最高の気分だ。晴れていれば月山が見えるという。湯からあがって500円のざるそばをいただいたが、手打ちでうまい。今日はこれから特にやることもない。いつもは、次々とスケジュールをこなすのに忙しいので、貴重だなと思いながらも、過ごし方のペースがつかめない。  

 14時にチェックインして、駒大苫小牧が大阪桐蔭に勝つのを見た後、横になって朝日連峰縦走の計画をたてたり、山田太郎のPLM(Product Lifecycle Management)を読んだりして過ごす。夕方、雲が薄くなって15分くらい鳥海山の頂上が見えたがまた雲に隠れた。天気は昨日よりは良かったようであるが、昼は曇っていたから、まあ同じようなものだったかと慰める。夕食もまずまず。2合の日本酒を飲んだらすぐねむなって風呂にも入らず寝てしまった。

    鳥海山が晴れてきた

  8月20日(土)晴れ

 5時半に起きる。山は晴れている。朝風呂は6時からなので、露天風呂に入ってトンボやツバメの群れが飛び交うのを見る。彼らは、飛べなくなったらおしまいだ。生まれてから一度も病気したことのない連中が、ああやってうれしそうに飛んでいるのだ。ツバメは、1時間飛ぶのにどのくらいのエネルギーが要るのかなあ。イナゴ1匹捕まえたら、どれだけ飛べるのかなあ。俺は1時間ジョギングしても結構消耗するのに、あんなに元気に飛び回るってすごいなあ。オフピステのスキーより面白いに違いない。今年生まれた雛たちもああやって飛ぶ練習をして、みんなで渡りをするのって楽しいんだろうなと思っていたら、偕子は「なんで渡りなんかするんだろう。大変だろうな。私だったら、沖縄あたりにいて、渡りをしないで過ごしたい」だってさ。  

 9時までPLMを読んで、9時半に温泉宿の管理人が山を下るので、ついでにということで、われわれのほか3人計5人、酒田まで送ってもらう。東北で旅すると、いつも非常に親切にしてもらえて心温まる。いくばくかの御礼をして別れ、陸羽西線で新庄に向かう。途中、最上川ラインが見える。思ったより濁った川の上を屋形船が下っている。新庄着。お盆で自由席しかとれなかったが、うまく接続してくれて座れた。腰を痛めていたので、大いに助かる。東京からの東海道線も座れて、16時には鎌倉の家に無事帰り着いた。荷物を測ってみたら、お土産のせいもあるのか、やっぱり12キロだった。  

 東北一の展望が得られず、転んで腰を痛め、またあご骨の付け根を傷めたらしく口を大きく開けると痛いが、大事には至らなかった。雨にも降られず、神主さんや温泉の管理人から親切をいただき、今までにないのんびりした旅ができた。鳥海山は日本海に接し、冬は、日本海流で暖められ湿った空気がぶつかって雪となるためものすごい湿雪が降るが、特に南側に吹きだまるという。積雪30mにもなるため、秋になっても溶けない万年雪があり、氷河があるという説もある。雪がいつまでも残るため木が育たず、お花畑がすごい。鳥海山は夜行1泊でいけそうだ。象潟から登って祓川に抜けるのが面白そうだ。秋がいいか、それともやはり夏か。チャンスを見てまたトライしてみたいと思った。

[2005.9.4]

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