バンフスキー紀行 椿 正明
毎年1回の6回目の海外スキー、今回はカナダのバンフに出かけた。初めてのアメリカ大陸でのスキーだ。いつものフェロースキーツアーに、いつもの松野さんと、われわれ夫婦の3人で申し込んだ。準備に時間をかけられないし、効率よく滑ってこられるので、われわれ向きだ。はじめファーニーや時間のかからないウイスラーも考えたが、雪が良いというバンフになった。
2月25日(土)出発、3月4日(土)帰国のツアーだが、多少遅れて参加したり、宿泊の仕方もいろいろで、大体20名弱。これに5人のフェローガイド
懸尾さん:フェローのバンフ責任者、30台前半か。元フェロー社員、今は契約社員で夏は主にゴルフのガイドをする、自宅はバンフ、カナダ人指向
浅見さん:懸尾さんと大体同じ、少し若い、中級者担当
横森さん:懸尾さんと大体同じらしい、上級者担当、ちょっと太め
高野さん:カルガリーからバンフまでのマイクロバスを運転された
高畑さん:送迎専門
がアテンドされる形となった。
滑るときは、コブや粉雪の上級コース中心にがんがん滑る組と、均された中級コース中心に滑る組の2組に分かれることが多かった。個人情報保護がうるさくなったためか、ゲレンデでグループ内で自己紹介することは1回あったが、書き留めるわけにも行かず、忘れてしまう。若いかなりの上級者が5,6人−ボーダー2人とテレマークを含む−はいたが、私が大体真ん中くらい、途中参加の2人の少年を除いては、偕子が最下級の足前といった構成だった。だから中級コースを滑るには問題ない。
メンバーのうち特に特徴的だったのが、名古屋の紅?一点を含む老人6人組。伊那さん(76歳)、梶田さん(72歳)、月の輪さん(72歳、あだなは熊)、脇田さん(68歳)、福田さん夫妻(60台)達。シーズン券を買って、毎週火曜日から金曜日までは御岳スキー場で滑っているという。一番若い福田夫人は今年から定年とかで、カナダに来るために今シーズン35日の特訓をしたとか。全員足前は同じくらい、私の方が少し上か。そのため彼らと一緒に滑るときは、余裕。
2月25日(土) 成田からバンクーバー、カルガリー経由バンフへ
飛行機はAC(エアカナダ)004便、成田発17時25分だが、集合は14時55分。最近はセキュリティに時間がかかるので、ひどく早めに集める。50分遅れて18時15分発、短い夜を過ごしてバンクーバーには9時50分に到着。20分挽回して30分遅れだ。トランクを受け取り、入国審査してまたチェックインする。ただし、スキーは直行なので受け取らなくてよい。同じ航空会社なのに、どうしてトランクは直行してくれないのだろう。カナダ国内線のセキュリティは、今までで一番厳しい。爪切り、小銭はもちろん、ベルトの金具が引っかかる。手荷物のパソコンに電源が入るかどうかも検査する。入らないと何が危険なのだろう。12時00分発の国内線AC210に乗り換えて、1時間半で石油産業の都市カルガリーに着く。時差があるので14時30分ころだった。
フェローの、黄色いユニフォームの高野さんともう一人が出迎えられる。仲間は大体20名くらい。成田からのスキー客は全員集合したが、関空からの一人が見当たらないとかで、フェローのガイドはいろいろ掛け合う。結局わからないとかで、東京からの全員を1台のマイクロバスにぎゅう詰めにし、高野さんの運転で出発。スキーは後ろの荷物入れに積みきれず、通路に置くので座ったら出られない。トイレ休憩なしだ。出発が遅れたせいか、かなり飛ばす。
曇り空、まわりはだだ広い雪景色だが、積雪15センチくらいか。湯沢で3メートルの雪を見てきたので違和感がある。途中左手に、カルガリーオリンピックで使ったジャンプ台が見える。馬や牛が放牧されているが、寒くないのだろうか。食べるものはあるのだろうか。やがてロッキーに入ると、岩山と針葉樹林のU字谷が始まる。日本のV字谷と違って、広い道路幅がとれるのがよい。これがカナダの国道1号線、バンクーバーまで続くと言う。
2時間くらいでバンフ。はじめにファンタジーのような高級ホテル
Banff Spring Hotelに寄って、半分以上を降ろし、次にダウンタウンにあるわれわれのちょっとクラシックなMount
Loyal Hotelに到着した。まずスキーをロッカールームに収納し、カード式の鍵をもらって345号室に入る。まあまあの部屋だが少し寒い。結果論だがMount
Loyal Hotelはダウンタウンにあり、便利で正解。
浅見さんが来られる。暗くならないうちにBanffを案内しながら、リフト券を渡すとか。Lake
Louise, Sunshine
Villageなど共通なので5日券を申し込む。65歳以上の私と松野さんはシニア券260カナダドル(2万8千円相当)。偕子のは成人用350カナダドル。日本やヨーロッパに比べ2倍くらい高い。メキシコ料理、韓国料理、日本料理の杉野屋、スーパーSafewayなど案内してもらい、インスタントラーメン、お醤油などを買ってホテルに戻った。飛行機でちょっとは寝たが、日本を出てから24時間くらい経つ。有り合わせのものやラーメンを食べて、ともかく寝る。
2月26日(日) Sunshine
Village 雪
今日はバスで20分ほどの近場のスキー場、Sunshine
Villageへ出かける。バスはホテルの裏のスキールームのまん前に止まる。8時35分出発。Sunshine
Villageのスキー場は、まずゴンドラで上がり、そこで4箇所のエリア、@Goat’s
Eye Mountain, ALookout
Mountain, BMount
Standish, CWawa に分かれている。ゴンドラで上がらないと始まらないので、そこから上のリフトではリフト券はチェックしない。

↑スキー客一同 われわれ3人は真ん中に
まず全員でAのリフトで上がる。下部には針葉樹があるがリフトの途中からは森林限界の上になり、あるのは雪だけ。そこで第1次組み分け。がんがん行きたい人は懸尾グループに、そうでない人は浅見グループにとなった。とりあえず、コルチナの時と同様、がんがん組に入る。かなりのガスで、雪が降っている。下はもちろん雪。すべてが真っ白のホワイトアウト。滑っていても目をつぶって滑っているようなもの。何人かが転ぶ。そこで第2次組み分け。
3、4人が浅見グループに移る。「どうしよう。まあもう少し付き合おうか」とがんがん組に残る。懸尾さんはコースを知っているからどんどん行く。15センチくらいの新雪の下にはギャップもある。「このゲレンデは林の中を行くのがいいのだ」と、樹が出てくると狭い針葉樹の中を行く。コースは白一色と違って見え易いが、オフピステで見通しがきかない。ギャップで転倒したら、後ろから来た仲間が追突。抜け出たら、すこし短いが八方黒菱程度のギャップの急斜面。スキーが外れ1回転んだが、まあ何とか付いていった。ちょっと外れやすすぎるけど、怪我しにくいからまあいいか。
昼食はゴンドラの終点のカフェテリアDay
Lodgeだが、土曜日で家族連れが多い。とはいえ、その混み様は尋常でない。スキー場がつぶれたりする日本では最近は見られない光景。全員で食事などは無理ということで、われわれ3人だけの場所さがし。ようやく確保し、偕子と松野さんはまだらしいと探しに行く。程なく会えて、ピザとバドワイザーでの昼食を済ます。午後からは、@Goats
Eye Mountainエリアに移る。70才でがんばることもない、がんがんのみなさんに迷惑かけてもと、浅見グループへ。老人6人組は全員こちら。気楽に滑れる。午後ガスは薄くなったが、1日中展望はなく、軽い雪はさすがと明日に期待して15時過ぎのバスで帰る。
部屋に帰って、インターネット接続に挑戦する。東京のフェローからは電話で繋ぐしかないと聞いていて、Biglobeのカルガリーの電話番号を調べていたので、接続を試みる。電話がBusyとかで始めつながらなかったが、何回かのあと繋がったらしい。しかしパスワードが違うので「だめ」と断られた。仕方がないとあきらめかけた時、ホテルの説明に「インターネット可能」との記載がある。そこで受付に頼むと、ボーイがくる。電話のジャックを外すのかというと、「違う」と言って持ってきたLANケーブルをテーブルの後ろの端子につなぐ。続いて私の一番苦手な設定だ。ボーイの持ってきた説明を見ながら、始めるが、私のPCは日本語の説明だ。Connectとあれば「接続」をクリックする。二人での共同作業になる。よくわからないところは、だめもとで、あてずっぽうにクリックし設定する。「繋がるか」。やってみたら、いつものYAHOOの画面が出てきた。おお繋がった。はじめはBiglobeの檜垣さんに教わったとおり、J−MOTTOのグループウエアのウエブメールを使って自分宛のメールを読んだ。「6年越し、はじめて海外からのメールに成功」と、スキーの友人に、また3人の息子に発信。そうしたら「送信失敗」というメッセージ。「受信しかできないの?なぜ?」とわからないままにともかく夕食へ。
外へ出るのも面倒と、今日はホテルのFamous
for RibsというTony Romasに入る。一応私はRibsを、偕子はビーフをとりシェアする。うまそうに見えるが、Ribsは甘すぎ。しかも量が多い。「つぼ八があればなあ」。アルバータ牛のステーキは結構いける、これで救われた。
2月27日(月) Lake
Louise 雪のち曇り
今日はちょっと遠い、バスで50分くらいかかるLake
Louiseだ。国道1号線の最高点近くまで行く。今日はガイドが3人つく。最上級は横森さん、次が懸尾さん、その次が浅見さんだ。私は懸尾さんグループに入る。老人6人組と女性2人と私の9人だ。偕子と松野さんは、途中参加の中根さんと二人の少年の6人組という。
Lake
Louiseのスキー場は@表の南斜面、A裏の北斜面、B東のLarch(唐松の意)の3つのエリアに分かれている。まず@のゴンドラで上がったが、これはつい最近できたものらしく、ちょっと古いゲレンデマップには出ていない。
今日は零下7度でやや暖かい。しかし雪は粉雪、視界も昨日よりはだいぶ良い。懸尾さんは今日はボードを履いてきた。中級ということで、基本的に均されたコースを行くが、ときどきバイパスするコブ斜など「行ってもいいですよ」と言ってくれる。ときどき削れて泥が出たりしているところがあり、スピードを緩めるが、雪も深くなく軽いのでこなせる。
始めはゴンドラの終点から@のワールドカップコースを絡む中級コースを滑る。懸尾さんは「ワールドカッパーになったつもりで滑れ」と言うが、5倍以上の時間をかけてだ。次いでAやBを滑り、スタート地点のLodge
of the Ten Peaksで昼食になる。月曜日なので昨日のような混雑はない。ハムバーガーとビールにしたが、悪くない。
今日もついにカナディアンロッキーの姿は見えなかったけれど、とど松、唐桧、などの緑のなかを滑るのは悪くない。日本と違って、雪崩の危険の高いところを除いてとくに規制がなく、とくにボーダーの跡は、リフト下を始め、どこにでもあると言った印象だ。
今日は暖かかった。バンフへの帰りのバスに乗ったころからは雨が降り出す。バンフのダウンタウンは雪解けで水溜りがあちこちに。零下40度にもなるというが、零度以上もあるのだ。これが大陸と言うことらしい。
部屋に帰り、水着を持ってジャグジーに行ったが、やはり温泉気分は出ない。洗い場がないからか。パンツはいてるからか。部屋のバスタブは浅くて体が浸せない。シャワーもじょぼじょぼと均等に出ない。均等に雨の降る我が家のシャワーは余程の優れものなのかも。「用が足りればいい」とする欧米と最高の快適を追求する日本の文化の違いなのか。また、日本のスキー場だと最近はほとんどウオシュレットがあるが、カナダにはない。ウオシュレットを世界に普及するビジネス誰かやらないのかなあ、と思った。
インターネットを開いてみると、小川君、石井君、高明から返事が来ている。「通信できて良かったね」ということだが、「何だ発信できているじゃないか。昨日の発信エラーのメッセージは何なんだ」。それならと会社に「2月の作業管理票」を送ることを考える。添付の仕方がわからない。そこでいつものOutlook Expressを起動させてみたら、OK。ちゃんと行くじゃないか。それなら会社でと同じでやれる。わたしの技術は何も進歩してないが、環境が進化してきた。イタリヤやオーストリーのスキー場の、三ツ星程度のホテルでLANが使えるのはいつになるかわからないけど、もうそういう時代なのだ。1日10ドルだが、電話代より安くつきそうだ。

Mag
Pieのタコス
夕食はメキシコ料理のMag Pieに行く。25年も前テキサスのサンアントニオで食べたメキシコ料理が印象的で、もう一度めぐり合いたいとトライした。タコスの硬さとスパイスがちょっと物足りないが、まあいいか。量が多いので、コントロールして注文したら、ウエイターに「まあ簡単なのね(英語)」と言われた。寝酒が無くなったので、テキーラを仕入れて帰宅。これは正解。
2月28日 Norquay 雪
8時35分のバスでSunshine Villageに向い、9時についたが、強風のためゴンドラが動かない。大分待っていたが見通しがつかないというので、バンフに一番近いNorquayに、一旦バンフに戻ってから行こうということになったら、Norquay行きの直行バスが出ることになった。Norquayは規模は小さいが、傾斜の急なコースが多く、ファンもいると言う。

懸尾グループ、Norquayのゲレンデにて
11時少し前についたが、いつもならそろそろお昼にするかと言う時間だ。今日は懸尾グループと高野グループの2つに分かれる。私は懸尾グループ10人にはいる。3本のリフトの一番奥まで行きながら滑る。雪が降っているが視界があり、雪はすこぶる良い。風もあまりない。足並みがそろっているので快適だ。さっき降りたコースが雪崩の危険で閉鎖とかなっている。
13時ころ昼食のはずだったが、高野グループの二人がはぐれ、探すため30分くらい遅れ、13時30分からになる。Cascade
Lodgeでのフェロー負担の昼食だが、スープかパスタかビーフかのひとつを選択してほしいという。重いのはごめん、足りなければ手持ちのせんべいやピーナツがあるのでこれで調整しようと、一番軽そうなスープにする。皆さん重いパスタやビーフと格闘している。正解だった。
ところが、ここで偕子と衝突。「自分だけピーナツ食べるのはけしからん、皆に回せ」という。別に独り占めしたくて食べているのではない。10人以上いて、全員での会話の場ができているわけでもない。近くの2,3人で話をしている状況だ。しかも多くの人はやっとの思いで自分の分を片付けているのに、駄菓子の追い討ちをかけるのは気が進まない。戦後のひもじい時代ならいざ知らず、いまどき誰かがうらやむだろうか。しかし偕子は「いやなら断るはずだから、薦めるべき、そうでないなら食べないで! あなたより私の方が常識的だから、私の言うとおりにしなさい!」と。
これはしかし、なかなか難しい議論だ。私は少年時代、日曜学校に通っていたため、基準は旧約聖書の十戒がベースになっているらしく、それ以上は都度状況判断をして行動するらしい。ところが多くの人は「こういうときはこうするものだ」という基準をたくさん持っていてこれを適用しながら行動するらしい。さらに「自分にしてほしいことを他人にもし、自分にしてほしくないことを他人にしない」という原則を守ろうとするのだが、自分にしてほしいことや、してほしくないことが、多くの方と違うことが多いらしい。肉のきらいな人は他人にもなかなか肉料理を勧めにくい、のと同じだ。私は変人の類と自認してはいるが、反社会的だとは思っていない。尤も「出る釘はいけない、和を乱す。村八分にすべし、人と同じが良い」という、変わり者を苛め抜く鶏のような、日本の農耕文化から来る価値観からは、直ちに反社会的とされるかもしれないが。
私はだれしも自分の価値観で生きるべきだと思っている。だれか他人の価値観で生きるのはロボットのようなもの。価値観は人格でもある。夫婦で、相手をいくら尊重していても価値観が同じになるわけではない。子供の行動に対して、母の言うことと父の言うことが違っても仕方がないテーマが世の中にはたくさんある。「あなたは私のいうことを支持しない」と不満になる気持ちも分かるが、両親がいつも同じ一枚板のようだと、子供は絶望的になる危険性もある。「これは絶対こうだ」と言うことももちろんあるが、「状況による」とか「難しいね」というものがあって当然と思われる。答えの見えないところに正解を求めて主体的に生きる。これが人生の醍醐味ではないかと思う。
午後のスキーは14時15分ころからになった。15時45分のバスで帰るので15時20分まで滑りましょうと、懸尾グループは40度のコブ斜に向かう。途中スキーが外れ、ストップ。あとは自重してゆっくり降りてきたが、最後のところでまたスピードを上げて連続小回りを試みたとき、ちょっと失敗、顔面から雪に突っ込んだ。ゴーグルの中に雪が入ると、これを取り除き曇らないようにするのに時間がかかる。2回もストップをかけ皆さんに迷惑なので、ここでグループをはずれ、あと30分ほど一人で滑る。やはりスキーのビンディングの締め方が不十分なのか。
今夜は日本食、杉野屋にする。名古屋の6人組、また中根さん夫妻も来ていた。しゃぶしゃぶ、すき焼き、鍋物の選択だが、しゃぶしゃぶを選ぶ。結果は正解。やはりカナダ食より日本食が上。
偕子は「ここはチューンアップが安い。あなたのスキーはチューンアップすべき」と勝手に持っていく。また、「今日はなんでもないところで転倒した。危ない」からと言ってヘルメットを買ってくる。
3月1日(水) Lake
Louise 晴れのち快晴
予報どおり今日は晴れる。「雪質はSunshineでも、景色は Lake Louiseだ」とか。それならLakeLouiseにいくべきと、昨夜予約し、名古屋の6人とわれわれ3人計9人、懸尾さんにガイドしてもらった。Jバー以外、表、裏、LarchとLake Louiseの全域をすべる。一昨日雪の中で滑ったところ、はーこうなっているのか。晴れるとすべてが分かる。「やっぱりスキーは晴れていなくては」。可視化は情報システムに限らず望ましい。近場から遠方までのロッキーの山々、雪で覆われたLake Louiseやお城のようなホテル、一望だ。

↑LakeLouiseの新しいゴンドラ ↑快晴のLakeLouise

↑ゴンドラと中級コース ↑LakeLouiseの遠望
また今日は、懸尾さんのワンポイントアドバイスが良かった。「曲がる前に山側の肩をあげる。谷側の肩を下げる」だ。不思議に安定して、スピードをコントロールして曲がれる。「よし肩で曲がる練習をしよう」。
昼は陽のあたるTemple Lodgeのベランダで食事だ。ハンバーガーとビール。5年前のスイスを思い出す。小鳥がそばに来たのでピーナツをやると、もっとくれ、もっとくれ。そうしたら、懸尾さんに注意される。カナダでは、野鳥にえさをやることは禁止だと。自分で餌をとらなくなるといけないからと言う。カナダの自然保護は相当徹底している。林も自然林にして、下枝を払ったりしてはいけない。山火事も時々起きないと動物の食べ物ができなくなるので必要。むしろ人工的に山火事を起こすことも考えているとか。小便すら、トイレ以外は本当はだめという。わたしは1時間持たないこともあり、原始林のなかでやって注意された。つかまると20万円の罰金とか。海外スキーはトイレの制限で行かれなくなるかも。老人6人組と一緒だと、トイレ休憩が配慮されるので、この点も心強い。

↑名古屋の6人組とわれわれ ↑ピーナツをねだる小鳥(カケスの一種)
14時過ぎ、懸尾さんは「今日はもう50KMは滑ったでしょう。15時すぎのバスで帰りましょう」と。しかし「折角のお天気、16時のバスにします」と言って、われわれだけで滑る。私はゴンドラを2回使って、上級コースをやる。偕子と松野さんは、写真とりながらのんびり1回やったという。
今日はLake Louiseに来て、その景色を見ることができ、正解だったと思っていたが、後で聞いたことだが、Sunshineはめったにないゲレンデ状況だったという。2月28日はゴンドラの定期点検でストップ、3月1日は強風のため13時までゴンドラがストップ。このため、上級コースはめったにない、ふかふかのExcellent
Snowだったそうだ。そうか残念。
さて、今夜は韓国料理Seoul Countryに行こう。松野さんは風邪気味で出たくないという。帰りのバスに乗るまでは元気そうに見えたのだけれど。無理に誘ってもと、偕子と二人ででかけ、石焼びびんぱとキムチ鍋を注文。大正解。どちらもいい味だ。やはり韓国料理は世界一だ。もっとも、ポルトガルはまだ評価できてないが。
3月2日(木) Sunshine
Village 快晴
今日はフェローのガイドのない日だ。松野さんは風邪でお休みとか。かわいそうに。偕子と二人でSunshine
Villageに行くことにする。初日はガスの中、3日目はゴンドラが止まって行かれなかったSunshine、この目で見ておかなくては、というわけだ。
朝は高曇りのような感じだったが、バスが到着するころはほぼ快晴。まずLookout Mountainを一緒に滑り、次にMount Standishは、お昼まで別々に滑る。オフピステを行くが、短いし視界があるのでどうということもない。昼はやはりDay Lodgeで済ませ、午後は裏のWawaに行って見る。2回滑ってから、最後のGoat’s Eye Mountainに行く。ここでは15時まで別々に滑る。私は主に78と79の上級コースをやる。昨日教わった肩で滑るスキーの練習だ。一度間違えてダブルダイアモンドの超上級コースに迷い込み、抜け出たところがリフトの下。少しは広いが、すいすいすいと行くにはまだ技量不足。ゆっくり滑って抜け出た。

↑Sunshine Villageの山々 ↑Goat’s
Eye Mountainのリフト下
夕食は、韓国料理のアンコール。キムチ鍋とカルビ焼肉。ここで、1昨年コルチナで一緒だった北海道のメンバーと会う。今回はフェローではないとか。日本の中高年スキーヤーの世界的スキー場荒らしが進んでいるようだ。
松野さんは1日休んだおかげで、明日の帰国には問題がないようだ。今日晴れただけに,もったいないことをした。
3月3日(金)&4日(土) バンフからカルガリー、バンクーバー経由成田
マイクロバスは6時55分発ということで、5時40分起床。ところが若者が寝坊したとかで、30分遅れてスタート。運転はフェローの高畑さん。皆を待たせ、いらいらさせたのに、若者はノーコメント。このごろの若者、どう教育されているのだろう。9時過ぎにカルガリーに着き、無事チェックイン。バンクーバー経由、ほぼ予定通り成田に着く。
昨年夏鳥海山に行ったとき腰を打って、腰痛が一段階進み、海外スキーなどできるかなと心配していたが、滑っている時はほとんど忘れていて、バンクーバー乗り継ぎの時「おー痛い」と復活。長く立っているのがつらい。海外スキーなど、あと何回行けるか。皆に「元気だ」とか言われるが、歳は着実に取っている。腰痛もそのひとつだが、トイレとボケがひっかかりそうだ。
トイレもスキーでは大きい方が困る。尾籠な話だが、若いときのように1日1回というわけには行かない。下痢ではない。ケミカルエンジニアの推察で、見てきたわけではないが、原因は腸の膜のガス吸収性能劣化と腸の蠕動性能劣化だ。食物分解で生成される炭酸ガスは腸の膜から吸収され血管を通じて肺から放出されるはずだが、十分吸収できないと便とともに下る。このため空隙率が上がり腹がはり、見かけ上便が増加し何回も行きたくなる。しかし蠕動が不十分なため途中で滞っているものが残り、1回では出きらない。海外旅行では、時差や食べ物の違いで、一層変調を来たし、コントロールが難しい。
ボケとは記憶力低下だ。若いときは耳に挟んだことが、努力したわけではないが、何か記憶に残る。脳の襞の作業域やレジスターに記憶されるのだろう。ところが、その襞の劣化や作業域の縮小が起きているらしい。忘れるのも速いけれど、聞いてもはじめから頭に入っていないことが多い。英語はもちろん、漫才が聞き取れなくなっているので、耳の劣化も一因だろう。「4つ以上は無理、俺は1、2、3、沢山だ」などと言っていたが、このごろは「1、2、沢山だ」と改定しなければならなくなりつつある。誰かが「鶏は3歩あるくともう忘れる」とか言っていたが、この鶏に確実に近づいている。検索のインデックスが壊れかけているのか、すごく親しく付き合っていた人の名前が出て来ないことがある。でも時々ふっと思い出すこともある。ストレージから完全に無くなってわけではないらしい。これを検索するインデックスが壊れかけている。今年で会社役員を辞めるのも、何か大失敗をして皆さんにご迷惑をかけたくないからだ。
日常生活では物の置き場や入れる場所を決め、手順化して対応しているが、海外旅行ではこれが難しい。どこに何を入れるかなど、決めるわけだが、その決めた事を忘れちゃう。スキーでも、ゴーグル、帽子、手袋、日焼け止め、リフト券、ゲレンデマップ、ホカロンほか普段扱わないものを扱うので、チョンボとの戦いが大変だ。偕子は心配して、パスポートと航空券はずっと預かってくれた。おかげで出掛けに靴を間違えた以外は、チョンボはなかったが、海外スキー断念の時は迫っている。70年も使ってきた身体だから仕方がない。よくやった方かもしれない。
しかし、今回のバンフ、初め3日間雪、後2日快晴。終わりよければすべてよし。雪は日本にない軽さ。今度はカナダ最大というウイスラーにするか、それともオリンピックのセストリエールにするか。
(2006.3.2)