茅野市 北部デイサービスセンター訪問記     島田 正雄
 
 

 私達「コール有朋」は2006年6月8日、有志13人で白樺湖近くのデイサービスセンターを訪問して、17曲を歌った。このセンターは、「JA信州諏訪」が、地元の人達の為に経営している施設である。ここに東京から訪問して歌ったグループは我々が初めてだったようで、また、個人での歌は別として、コーラスも最初だったそうである。そのせいか、30人を越える利用者と職員から大歓迎を受け、私達も張り合いのある1日を過ごすことが出来た。
 

 なぜ、こんなコンサートが実現したのであろうか。それは、深い「心の絆」で結びついた「人脈」のおかげである。コール有朋の指導をしている島田恵美子一家は、昭和40年に 多摩市 桜ヶ丘に転居したが、ご近所と言えばAさん一家しかなかった。桜ヶ丘での最初の知り合いがAさん夫妻だったのである。まだ新婚早々であったAさん一家と私達は急速に親しくなり、毎日のように行き来して、心の通う関係を築き上げた。恵美子は、生来「面倒見の良さ」を持ち味としているが、ひとまわり若いA夫人が健康に支障があるのを見て放っておけず、進んで世話を焼いた。その気持ちがA夫人に伝わり、今でもA夫人は「あの時の恩は忘れない」と言っておられる。  

 それから40年余りたった2005年夏、A夫妻は私達を白樺湖の別荘に招待してくれた。私達に対する感謝の気持ちからである。7年ほど前にマツモトキヨシから買い取ったこの別荘は、1200坪の山林の中にある95坪の大邸宅である。もともとは健康保険の保養所であったのだが、A夫妻がそれを大改造し、5年余りかけて今の形にしたものである。
 そこで、海抜1500メートルの豊かな自然と長年の友情の中で私達の心も和み、つい日頃のクセで2重唱をやってしまった。その声が、Kさんの耳に届いたのである。

 Kさんは京都出身だが、50年も前に結婚して今の場所に住み、電気も無い中を苦労して、今は牧場・宿舎・レストランなどを経営しておられ、とても若々しく前向きな人生態度の人である。ご主人が事故にあい療養の末に亡くなった時にデイサービスの人達と繋がりが出来たことから、やがて 茅野市 の介護相談員としても活動するようになった。その人の耳に、私達の歌声が届いたのである。  

 その日すぐ、KさんからAさんを通じて、私達に声がかかった。「デイサービスセンターで歌ってもらえないか」というのである。コーラスボランティア活動にも力を入れている私達は、「来年やりましょう」と快諾した。そして、コール有朋のメンバーに呼びかけて、今回の訪問コンサートにこぎつけたのである。  

 Aさんは、「コール有朋がコーラスボランティアに来てくれるのだから、その仲立ちをした自分達も、コール有朋に対するボランティアをやろう」と心を定められた。そして、別荘を開放し、2泊3日にわたり、コーラスメンバーに対し心を込めて面倒を見て下さった。このようなAさん夫妻の支えがあってこそ、今回の訪問コンサートが実現できたのである。Aさん夫妻に対する私達の感謝の気持ちは、言葉では言いつくせないものがある。まことに、「心の絆」が何より大切であり、「歌声のハーモニーの前に心のハーモニーを」という私達の哲学が、そのまま現実となった企画であった。  

 Aさんの別荘に泊まった私たち13人は、夜はバーベキュー・カラオケ大会・温泉入浴、昼は山菜取りとその調理など、心のこもった接待を受けた。自分達で採った山菜を使っての心のこもった料理もすばらしかったが、夜の寒さを防ぐために、薪を使った暖炉で部屋を暖めてもらったことも、忘れられぬ体験になった。こういう好条件に包まれて、主目的である訪問コンサートを実行したのである。今回のことは、デイサービスセンターの利用者にとっても初めての体験であったかもしれないが、コール有朋のメンバーにとっても初めての「心に残る体験」だったのである。  

 コンサートの曲は、合わせて17曲。「花」「夏の思い出」「菩提樹」「野薔薇」「遠くへ行きたい」「見上げてごらん夜の星を」「サンタルチア」「仰げば尊し」「故郷」などや、「ふたあつ」「幸せなら手をたたこう」などの手遊び歌、それに、その場で利用者から注文が出た「荒城の月」「お馬の親子」などなど・・・。1曲終わるたびに熱烈な拍手で、私達も嬉しかったが、それにもましてビックリしたのは、アンコール曲として「サンタルチア」を注文されたこと。「故郷」がアンコールされるかと思っていたら、「サンタルチア」だったのだ。注文したのは、98歳になる元気な男性である。若々しさを感じて嬉しかった。また、私達の退場に当たっては、その男性の発声で「万歳三唱」で送られた。これも初めての体験だった。私達も、利用者全員と握手を交わしたのち、名残惜しい別れとなった。利用者からは「毎月来てほしい」と頼まれたが、そこまでは無理としても、「出来れば来年も」と心に留めた。これは、参加者13人の共通の気持ちである。都合で参加できなかった人も、この話を聞いて、参加したくなったようである。  

 この訪問コンサートは地元でも話題になったようで、「長野日報」の記者が訪れてコーラスを聴いてくれたし、終了後にはインタービューを受けた。その記事は、6月9日の同紙に掲載された。これも、めったにない体験であった。 [2006.6.18


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