今年は本の当たり年 

                       辻 淳二

 

 今年、フト読みたくなって店頭で買ったり、図書館から借りてきたりしている本が概ね当たっている。「勘が当る」というのは、自分がいまを掴んでいる手応えに繋がるので、このリズム感覚は手放さないようにしたいものだ。取り敢えず、上半期は良かったということで、主なものを記して「中締め」をすることにしよう。

 

1 「回天の門」&「用心棒日月抄」(藤沢周平著)

  年初は、近年愛読している藤沢周平の「回天の門」や「用心棒日月抄」(3部作のうち、孤剣と刺客)を続けて読んだ。

 その内、「回天の門」は幕末期にそのラディカルな行動で名を知られた清河八郎の生涯を描いたもので、著者は同郷(山形)の志士という思い入れもあってか、世間一般にある主人公の評価よりは遥かに肯定的に捉えている。さりながら、多くの人が(私も含めて)好きな坂本竜馬と数多くの類似性を持ちながら、当時のキーパーソンからの頼られ方や愛され方、時代の風の掴み方、志の実現の度合、後世の陽の目の見え方が月とスッポンくらいに分かれてしまう2人の対照性に、何が違っての故かの「人の生き様の綾」を考えさせられてしまった。

 「用心棒日月抄(刺客)」では、藩の密命を背負いながら身すぎ世すぎの用心棒稼業をも使命感を持ってこなす主人公の青年武士・青江又八郎の明るい生き方に深く共感した。共に危険をくぐる中で心が通い合った嗅足(藩の秩序を守る陰の組織の人)・佐知との密命達成後のラブシーンには、司馬遼太郎の「竜馬がゆく」での竜馬と千葉道場主のお転婆娘・さな子とのそれとが重なって、シビレてしまった。結局この本とは、私が主導する「協創型フロントSE職」研修(顧客と接する機会の多いシステム技術者の人間力を高める研修で、今年の新商品)の教材に使うことにするほど、深く関わることになった。

 

2 「夜と霧」(ビクター・フランクル著)&「五体不満足」(乙武洋匡著)

  春先は、先ず第二次大戦時のユダヤ人虐殺の猛威の中を生き抜いた心理学者の著作による「夜と霧」(みすず書房)。この本には、心理学に興味を持ち始めた流れの中で出会った。そして、アウシュビッツ強制収容所のようなこの世の地獄の中で生き残るには肉体より「生き抜いて・・のことをやりたい」という精神力の強さが必要なことを身をもって示した著者の凛とした強さに、自分の弱さを痛感させられた。次に読んだ「五体不満足」(講談社)では、お母さんたち周りの人とご本人のプラス思考がシンクロナイズした「コロンブスの卵的なバリア克服の事例」に、目ウロコの感動があった。こちらも、同じ境遇だったと想定した時、自分の性格や能力では著者のようには生きられなかったと思う。つまり、二人とも自分から見て「別格のすごい人」との思いである。そして、次に感じたのは、「こういう人が一人でも居る」という事実の重みである。フランクル博士がいたことは、心理学の発展を早めたし、世界中の苦境にある人の心の拠り所になっただろう。乙武さんがいることは、身体的ハンデを持つ人と近くで接する人に大きな励みになると思う。

 

3 「俺はどしゃぶり」(須藤靖貴著)

  直近では、書店に積まれたばかりのを手にとってすぐに買った「俺はどしゃぶり」(新潮社)。これは、私立高校の国語教師で肥満学生達を集めたアメフト部の監督をしている青年教師の「現代版坊ちゃん」的な奮闘記なのだが、抱腹絶倒させるヴィヴィッドな表現力に瞠目させられた。私の場合、本を読んでいて笑いが止まらなくて、それを押し隠すのに苦労をするという体験はほとんど記憶がない(子供達は時にやっていて、私はそれに違和感を感じていた程だ)。それがどうしたことか、この若い熱血型の著者の描写には完全にいかれてしまって、家人に笑いを悟られないために何度も居間の椅子を離れて歩き回るハメになってしまった。因みに題名の「どしゃぶり」は、柔道部の部長で飲み友達の先輩英語教師が授業で「It never rains but it pours.」という構文を生徒に訳させて、正解の「降ればいつもどしゃぶり」を説明するに「著者の、呑んだ時はいつも大酒を食らう呑み方」に例えたのにアメフト部員の生徒が乗っかって付けた渾名とのこと。ことほど左様に、著者と彼を取り巻く人達との心の通いにイキイキ感があって、鬱屈がひどい今の世の中で見事なまでの光彩を放っているのが伝わってくる。この本、これからどれほどのベストセラーになるか、それが日本の社会の健全さのバロメータになると好奇心を持って見守りたい気持ちになっている。

 その他にも結構、「今年、これを読んでよかった」と言える本に出会っている。具体的に、花村満月著「鬱」、我が友人で同業の社長の木ノ下勝郎著「コンピュータ技術者の人間力」などであるが、これらについては、別稿(本HP創刊号、5月号)で既に書いたのでここでは割愛しよう。               

                          [99.6.21]

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