西吾妻山(3人目の日本百名山完登達成)   瀬川 滋

 

 もうそろそろ夏山シーズン終了。訳あって冬山をやらない私には後は近場の低山を徘徊することしか許されない。今年も7月以降でもあちこちの山に登った。 順に

・ 九州の英彦山(1200m): 広葉樹の茂みが見事、野鳥の声豊かな信仰の山

・ 山形の鳥海山(2236m): 2度目で2回共雨、今回は暴風雨、象潟での生牡蠣が抜群

・ 長野の八方山・入笠山(1955m)・守屋山: 近所の人を連れた楽ちんコース

・ 北アの薬師岳(2926m): 頂上で久々にブロッケン (西洋では山の妖怪) 現象に出会う

・ 八ツの赤(2899m)・横・硫黄岳: 神戸早朝発で夜には赤岳頂上、朝夕の対比愉快

・ 山形の大朝日岳(1870m): 満天の星空と御来光の頂上、尾根のブナの巨木、自然を満喫

 そして10月15日西吾妻登山。今年はこの日を目指して登山したといって良い。というのは我が「バングル(頂上での万歳とグルメから)山岳会」で3人目の日本百名山完登の快挙がこの日達成されるから。

 我がクラブでは私ともう一人が3年前の平成9年10月11日に蓼科山で達成していたが、クラブの会長がこの日達成と相成った次第である。昨年暮の忘年会では来年やるんだと張り切っていたのが、今年になって1年延ばしても良いなんて軟弱発言も出る中、仲間の一人が首に縄を付けて引っ張って行き目出度く満願となった次第。

 私も彼の95山目・鳥海、97山目・薬師、99山目・大朝日とお付き合い登山。関西から東北の山は遠く、夏休み等まとめてでないとなかなか登れないが、吾妻も合わせて3山それも飛び飛びに良くぞ行ったものだ。

 ということで前14日に普段は低い山しか同行しない家内と一緒に麓の白布温泉に入る。翌日同行登山するクラブメンバーとその奥さん、そして普段は登らないけれど記念の登山に一緒に祝福しようと遠くは松山からもかけつけてくれた我が大学の同級生家族もいる。仲間の一人は3才の僕ちゃんを連れてきている。総勢25名。夕餉は前夜祭の趣。深夜まで続く。

 15日は晴天。前回登った時は温泉から歩いて往復したが、今回は文明の利器を利用して北望台までロープウエイとリフトを乗り継ぐ。途中の天元台あたりが紅葉の真っ盛り。ななかまどの赤が美しい。そこから湿原地帯の板道、岩場そして以前降った雨が残ったぬかるみ道をゆっくり登って頂上へ。2035m。時に11時15分。頂上は樹木に覆われ見晴らしが効かない。そこで全員で恒例の万歳。私は携帯電話とモバイルでその場でインターネットメールを試みる。携帯電話山麓では電波が届かなくても頂上からは麓の町が見えてれば通ずることが多い。北アでは難しいがここは米沢が見えているので挑戦。電波状態悪かったが何とか成功。バングル山岳会からの臨時ニュースということで全世界にお祝いメッセージを発信した。

 我々2人が達成した時の感慨が瞼に浮かぶ。いいもんだ。仲間で次に続く人は65山達成という。その次は50山。当分達成はなさそう。そういう意味でもこの感慨は大切にしなきゃあ。多分過去登った一つ一つの山を想起してあの山はどうだった、この山はどうだったと走灯馬のように思い出しているといると思う。いつもどの山が一番良かったかと人に聞かれるが、各山各山違った良さと思い出があり中々答えられないことが多いものだ。

 とは言っても下山後の祝賀会が待っており時間に余裕が無く、カメラに追われそんな感慨に浸っている時間があったか?本人に聞くしか無い。取るものも取り敢えず下山。大勢なので案外時間を食う。祝賀会は福島県・岳温泉の老舗旅館で。車を飛ばす。祝賀会のみ参加した人を入れて総勢40名。我が会発行の認定書授与から始まって祝辞・答辞、祝電披露そして記念品授与と続く。偉業の裏にはそれを支える後顧の守りありということで途中から奥さんがヒロイン。記念すべき百山目を西吾妻としたのは我が妻への感謝からだは夫を惚れ直すといった感じ。後は酒・酒・酒のしっちゃかめっちゃか。仲間の奥さんがプロのアナウンサーなのでその司会の軽妙なリードの下でスピーチと余興。宴は大変盛り上がった。

 私は百名山の後、各県最高峰踏破挑戦している。後2山(県)。彼はこれから日本二百名山(あと百山)に挑戦するという。壮大な計画だ。それにしても我がクラブ。実は平均年令58才位というのに全員の登った百名山を足し合わせると優に400山位になろうか。大したもんだ。これから皆が色んな夢を持ってそれぞれの山に登り、時には一緒に登り、時には個々に登った山の感慨を語り合う。これも又楽しんだ。「バングル山岳会」万歳。

ライフワーク 目次へ