私の1990年代

玉置 彰宏(阪南大学経営情報学部)

 

 私は1940年(昭和15年)の2月に生まれた。だから1990年代の10年間は、私の50代とほとんど重なっている。

 ちょうど10年前の、まもなく満50歳の誕生日を迎えようとしていた頃、50代にやりたいことを5つ選んで、10年がかりでやってみようと思い立った。その結果選んだのが、次の5項目だった。

  1.もう一度プロとして仕事できるレベルまでプログラミング能力を高める

  2.会社勤めを辞めて、自営のコンサルタントになる

  3.関西にもう一軒家を持つ

  4.フルマラソンを一回以上フィニッシュする

  5.単著で一冊本を書く

 1つ目は、1992年頃 C 言語で、阪南大学に移ってから COBOL と VB で、これを達成したことにした。この後さらに、Java に挑戦してみたい。2つ目は、ごく早い中に目標をコンサルタントから大学の教員に変えた。そして1995年(平成7年)4月から阪南大学の教員になって、これも達成した。3つ目は、阪南大学の教員になった時に奈良県橿原市にアパートを借りたので、これも併せて達成したことにした。 4つ目は、1996年(平成8年)12月の第24回ホノルルマラソンに参加、完走したことで達成した(写真)。その後さらに、1997年(平成9年)と1998年(平成10年)7月にオーストラリアのゴールドコーストマラソン、1999年(平成11年)12月に再びホノルルマラソンに参加して、いずれもフィニッシュすることができた。海外のマラソンに参加してフィニッシュすることは、私の健康と経済の両面でその一年間大きな問題がなかったことを意味しており、その両面から、4回のフィニッシュはたいへんにうれしい。最後の5つ目は、1994年(平成6年)4月に日経BP社から「よくわかるコンピュータ・キーワード解説」を出版したことで、目標を達成した。

結果から言えば、1996年末までに5つの目標全てを達成することができた。

 ここでさらに図に乗って、50代の追加の3つの目標を立てた。それは以下の通りである。

  1.博士号を取る

  2.単著でもう一冊本を書く

  3.六甲全山縦走を完遂する

 それ以来3年が経過したが、今回は全てが達成できていない。大学院の博士後期課程に今も在学中であり、来春で丸3年が経過するが、残念ながら“修了”にはほど遠い。単著の本も挫折している。山歩きはこれまで以上によく出かけているが、最近は歩行中に集中力が切れて、下り坂でよく捻挫をする。六甲全山縦走は私の脚力では連続した16時間が必要と思われ、心肺能力、脚力、スタミナがいずれも問題ないとしても、多分集中力が持たない。集中力を切らして山道を歩くと、命に関わるような事故が発生する可能性がある。これは既に、ギブアップした。

 さて、まもなく私は、満60歳の誕生日を迎える。そろそろ次の10年の目標を決めたい。ただこれまでのように“達成しようと頑張る”ことはやめて、“できれば実現したい”程度にレベルダウンをしたい。50代は5項目だったが、60代は4項目か、とも思っている。5項目や6項目では、いささか負担が大きい。

 私は長い間、民間企業でビジネスアプリケーション作りをしてきた。日本でのこの分野の状況の改善を、これからの私のライフワークにしたいと考えている。だからここからも、具体的に目標になるものをあげたい。と言うようなことを思い悩んでいて、まだ結論が出ていない。今のところ、次のような項目を入れてみたいと考えている。

 1つ目は、やはり博士号への挑戦である。2つ目は、今年(1999年)4月に東海自然歩道を箕面(大阪府)から東に向かって歩き始めた。この足跡が年末までに京都府、滋賀県、再度京都府を経て、奈良県(柳生)までつながった。これを10年間で、東京の高尾山までつないでみたい。

 後の2つ位が、まだ未定である。合計10回のフルマラソンのフィニッシュ、500冊の一般の本と500編のソフトウェア工学分野の論文の読破、改めて自営のコンサルタントオフィスの開設、単著共著併せて3冊以上本を書く、などが今のところ候補だが、もう一つ面白みがない。20代の女性にもう一度恋をしてみたいと思うが、これが実現すると多くの人に迷惑を掛けそうだ。茶道や書道で免許を取る、などと言うのは格好が良いと思うが、もう一つ興味を持てない。日本中のお寺を回って、鐘楼の写真をディジタルカメラで撮ってホームページに掲載する、なんて言うのが適当にばかばかしくて良いかもしれないが、目標の数値をどのあたりに決めるのが良いのか分からない。

 後2ヶ月ほどをかけて、これからの10年間、存分に楽しめるものをぜひ探し当ててみたい。

以上

ライフワーク 目次へ