シニアライフを楽しむキーワードは「直感、即行動」 辻 淳二
63歳ともなると、学校や職場で同期だった人たちから「ビジネスの世界から退いた」旨のメールやはがきを頂くことが多くなる。古風な表現を使えば、「これからは隠居生活」ということだ。そして私は、この点に関して言えば、還暦して程なくから「半隠居」(何となく、この言い方が気に入っている)、つまり「働くのは週三日程度にして、浮かせた時間は自由に使う」ことに切り替え、多くの同僚たちより早めに(その分、“ビジネス生活”の方を少し遅くまで〜ひと先ず67歳までは〜続ける積りではいるが)“隠居生活”に入っている人間ということになる。
さて、“隠居”というとうら寂しい感じを持つ人が多いかも知れないが、私はそうは思っていない。私がお手本としてイメージしているのは、藤沢周平作『三屋清左衛門残日録』に描かれている主人公である。時代背景は違えど、この小説に描かれていることごとを私の事情や持ち味に合せてデフォルメして、「彼に負けない程度にメリハリを付けて生きていきたい」と思っている。そしてここまでは、上記の切り替えが“当たりのコンセプトメイク”になって、「“ビジネス生活”と“隠居生活”が両方あって、それが程よいバランスになっていて楽しい」という手応えになっている。それも、“隠居生活”の方の充実が当初の想定以上にうまくいって、全体の満足感を高めているという感じになっている。
そして、この良い流れをもたらしてくれた行動原理が表記の「直感、即行動」。ということで、本稿では、これに関わる自分の体験/実感を開示し、読者の皆さんとの交流を呼び掛けることとしたい。
還暦後に身に付いた「直感、即行動」の生き方
いま思えば、私が上記のコンセプトメイクに行き着くに当たっては、いくつかの幸運な条件があった。その一は、50歳代の後半にきてフト(それも、やや不調だった時に)「自分を、もう一人の自分が観察する」ような感じになったことがあって、そこで「なあんだ。俺は、理系でも文系でもどちらでもよかったバランスの人間なんだ」と気づかされていたこと。これが、「ここまでは、家族も養わないといけなかったし、過ごした情報の世界は変化が早くて面白かったし、主に理系に偏った頭や時間の使い方で来たのは良しとしよう。だけど待てよ。この先もこの偏りを続けることは、“真に自分らしく生きる”(今年初めに当研究会にお招きした川田晃先生の表現を借りれば、“Live
True Self”)ことにならないのではないか」との問いを私に投げかけることになった。その二は、私が還暦を迎えた99年3月の2ケ月後の5月に初孫が生まれたこと。還暦と言えば、読んで字の如く年齢のリセット、つまりゼロ歳への回帰という意味を持つが、これを、正真正銘のゼロ歳児が直後に誕生することで(多分、他の人たちよりは)鮮明に私に教えてくれることになったのだ。「なあんだ。この児と俺とは同時スタートなんだ」と気付いた時の“目から鱗”的な感動は、決して小さなものではなかった。この2つが相まって、「還暦を過ぎた今が、半隠居に切り替えるベストチャンス」との判断が揺るぎのないものとなり、直ちに勤務先のS社長に相談し、常勤の役員を退く了解を取り付ける行動に繋がった。
その次は、浮かした時間を振り向ける「文系的なテーマの探索」への取り組みだった。結果的にこれは、その年の内に4つのテーマを見つけることになるのだが、その内の2つは「これが自分のテーマとして目の前に来るなんて、煙さえも予知できていなかった」ものだった。その2つとは、本ホームページ(HP)への投稿で何回か書いている「良寛の研究」と「小堀遠州の研究」だった。これらのテーマへの出会いについて簡潔に記すと(詳しくは別稿=下記を参照)、「良寛」については、仕事で知り合い敬愛する人生の先輩Hさんが古希を記念して出された著書から得た感動の記憶と、亡兄の形見にとその書斎から持ち帰った水上勉著『良寛』とが繋がって、関連書を手繰り始めて行き着いた。また、「小堀遠州」は、この年にたまたま訪ねた父方の実家の庭から、もう20年近く前に家族旅行のついでに訪ねてイメージを記憶していた遠州作の庭園へと連想が繋がったことで行き着いた。いずれも、行き着いてみると、自分と少なからぬ因縁があり、かつ文系の世界を楽しむにちょうどいいテーマで、ずっと継続的に追いかけている。
大切なのは「自分の直感を信じられる」こと
そして、ここで見落とすことができないのが、テーマを掴む流れができる入り口で、他愛ない「直感」が起点になっていることである。「良寛」では、新潟駅前で約2時間のフリーな時間ができた時に「確か、会津八一さんは新潟の人。近くにこの人の記念館があるのでは?」とヒラメイたこと(これを触発したのがHさんの著書)で、あると分かった直後にはもう駅前のタクシーに飛び乗っていた。「小堀遠州」では、実家の庭を見た時に持ち主の従兄が「この庭は、かなり前にこの地域で名を知られたローカル庭師が造ったと聞いている」と言われたのに、即「その庭師のことを調べて、分かったら教えて下さい」と反応したこと。それまで庭に特段の関心を持っていなかった私にどう直感が働いたのかは自分でも分からないが、結局この依頼がキッカケで、半年も経たない内にこの庭師と時代的には2世紀半くらい先人の遠州との間に繋がりがあることを見つけるという“研究成果?”に至ったことは別稿(下記)に書いた通りである。
私にとっての1999年
「日々にメリハリをつける」所でも、この行動原理は有用
ここまで書いたことだけでも、私の“隠居生活”に関しては、それへの踏み込みにも、テーマ探しにも、「直感、即行動」の行動原理がいい流れを創り出していることがお分かり頂けるだろう。しかも、この原理は、こういう大きな節目の所だけで役立つものではなく、「一日一日の生活にメリハリをつける所でも有用」なのである。実は、(気付くのが、ちょっと遅きに失した感があるとはいえ)私がこの行動原理に行き着いたことを心底から喜んでいるのは、その普遍性・日常性を実感していることもあってなのである。
具体例を挙げると、私にとっては、本HPの編集ワークもこの「直感、即行動」を身につける格好の場となっている。その一は、月末ギリギリになっても表紙の写真が決まっていない時の行動。因みに前8月号の「不忍池の大蓮」の時は、発行直前の29日になっても表紙の候補が何もない状態で、「とにかく、この昼休みに食事に出るついでに、せめて滑り止めの写真は撮っておかないと」との意識があって、ディジカメを手に取った瞬間に、パッと浮かんだのが「不忍池へ」だった。「ちょうど、大蓮が咲いている時期」との認識は全くなかった。その前の号の「井の頭公園のカイツブリ」も、この時は滑り止めはあったのだが、「老父を散歩に誘った時に、出掛けにディジカメを手にした」ことによる“月末30日ギリギリの収穫”だった。その二は、「路上観察・写真館」欄に載せる写真を多めに貰った時の選択と大きさやレイアウトについての判断。取り敢えず全部を見て、何個で行く、どういうコンセプトで選ぶ、どう並べるといったことをその場の直感を頼って即断してさっと編集作業していく。どうしても月末日の夜なべ仕事になる故の“生活の知恵”なのだが、その一と合せて「直感、即行動」の手頃な訓練の場になって、随分と身に付いたと感じている。最近は、月末にまだ次号の表紙の写真がなくても、「どんな直感が来ていかなる被写体に行き着くか、楽しみ」と、ゆったりと構えられるようになった。
もっと至近な例を挙げよう。8月も下旬になって、当研究会メンバーでもあって大学の同期の山田俊治さんとメールで会話している中で、「残暑払いの飲み会を」という話になった。そこで、私が「2人に共通の繋がりがあるもう2人の友人を誘おうか」といい、山田さんが即2人に連絡を取ったらうまく都合が合って、月末に4人で飲むことになった。しかも、その内の一人は、海外技術協力の仕事をしていて日本に居ることが少なく「今度の同期会は、彼が出られる時にしよう」と話している位で、すっかり間遠になってしまっていた人。この会が楽しかったことはいうまでもなく、これは「山田さんと私の連携による“直感、即行動”」が
“その10日前には思いもしなかった一日”
をもたらしてくれることになったのだった(このように、直感と行動を複数の人が役割分担して、得られる感動を共有する形であってもいい)。
このように、「直感、即行動」は、“一年365日の中で、ちょっとしたワクワク感があった日の数を努めて多くする”ことに役立つ、日常的なキーワードなのである。
これは、誰もがものにできる「キーワード」
そして、最後に書きたいことは、表記のキーワードは人間誰でも身に付けて、実行することが可能なものだということである。要するに、「自分の直感を信じること」と「その直感が働いたら、それを検証する/追い掛ける行動の第一歩をとにかく踏み出すこと」、この2つを合せて実行できるようになれば、誰でも必ずやリターンが得られる筈。私の場合は、半隠居するまではいろんな柵に捉われて「瞬間に直感が働いても、時間が割けなくて、それっきりで終わっていた」のが、「時間のゆとりが増えて、即行動の動きが良くなり、いいリズムに入れている」というように見える。特に冴えている時は、“欲しいものが勝手に近づいて来てくれる”ように感じ、「俺の直感も、捨てたものではないな」とワクワクすることさえある。
最近、友人に定年が近い人が多くなって、飲み会などで親しく話す機会に、「組織人で理想的にここまで来た」と見えている人にも「この先の生き方が見えない」との不安感が垣間見えて、ハッとさせられることがある。そういう時に本稿のような話をしても、「自分にはできないのでは?」という反応をされる方の方が多い。組織の枠組みや規制に自分を合せることをやって来られた期間が長いのだから、その感覚は理解できなくはない。ただ、その縛りは一刻も早く脱した方がいい。縛りを緩めてその人本来の野生に帰れば「直感」は戻る(磨きが掛かる)し、時間はあるのだから「即行動」できるし、その成功体験を重ねればメキメキ自信が付く。こうして、「ご隠居の目が輝いている世の中を創る」ことも、日本の再興に不可欠なのではないか。[2002.8.31]