新潟県最高峰・小蓮華岳登頂 瀬川 滋
〜各県最高峰制覇にあと一つ〜
日本百名山を完登したのが1997年。その後は、各県最高峰完登を目指してきました。2000年6月に佐賀県の最高峰である経ケ岳に登って各県最高峰制覇にあと二つ、新潟県の小蓮華山と長崎県の普賢岳・平成新山になっていました。問題は平成新山。あの普賢岳爆発でにょきっと新しく生まれた山。勿論登山禁止ですし、ルートもありません。登山禁止を破り、ルートを開拓して登りたいとは思っても、未だマグマが高い所にあるらしく地熱が高いといいます。そんなことで気がすすみません。となれば、「小蓮華はいつでも行ける、焦ることは無い」とその後も色んな山に登りましたが、あまり意識もしていませんでした。ところが今年5月に雨飾に雪山登山した帰りの車中、白馬の駅付近で今まで何回通っても見ることが出来なかった(苗)代馬形の雪溶け跡(白馬の語源)を丁度小蓮華岳と白馬乗鞍岳の間に見ました。これがきっかけで、急に小蓮華登山を意識するようになり、登山のチャンスを伺うようになっていました。
偶々8月30日の金曜日に東京出張の機会が出来たので、同じ各県最高峰制覇にチャレンジしている友人を誘うと、その日は蓄尿の検査のための安静日だが医者に言って検査日をずらして貰うのでOKということで、話は即まとまりました。「金曜日遅く彼の車で東京を発ち、その日は白馬栂池で車中泊。土曜一番のゴンドラで中腹の自然園まで登り、白馬乗鞍・白馬大池経由小蓮華に登った後、白馬大池の山小屋に戻って宿泊。翌日曜に下山」という計画です。荷物は事前に彼の家に送っておくということで、万事順調に準備は進みました。
その金曜日、1日中会社の若い者と外回りし、それが終るや否や、郊外の彼との待ち合せ場所に。比較的順調に彼の車の人となりました。金曜日夕方の中央道のこと。とにもかくにも談合坂を越えないとと休むこと無く車を飛ばすと、渋滞も無く甲府盆地に入れました。時間をみると、思ったより早い時間。富士見に山のクラブの友人の別荘がある。彼は今日は別荘にいるかな、電話してみようということになり、電話をすると夫婦で別荘にいるとのこと。「そんなことならすぐ来い。早朝別荘を出れば栂池一番のゴンドラに間に合う。最近買ったダッチオーブンに凝っている。今日はそれでカレーを作ったが肉がとてもうまい。余分があるので夕食もここで取れ」との御宣託。こういう有り難い話にはすぐ乗るということで、途中アルコールを仕入れ車は一路原村へ。
何の前ぶれも無く突然訪れたというのに、大歓迎を受けました。まず、ダッチオーブンの効能をしこたま聞くことになります。ローストチキン、ローストビーフ、焼きりんごなど何でもいける。特に、朝市で買ってきたた小ぶりのジャガイモとたまねぎを丸ごと煮るだけのものは最高。中身はクリーム状になりバターと一緒にパンに塗って食べると格別(新発見!)とのことでした。そりゃあものすごく分厚い鉄鍋を炭火で煮炊きする、特に蓋が大変重く一種の圧力釜の働きをするのだから、まずい訳がありません。この夜すすめられたカレーのうまかったこと。酒の肴代わりに、飯なしで余分に2杯も食べてしまいました。
友人夫妻は「土曜日高山に行く予定だったが、早く出て早く帰ってくる。従って、お前達も早足で歩いて山小屋に泊らないで少々遅くなっても良いから山荘に戻って来い」との又々の御宣託。この種の話にはすぐ乗るのが我々。じゃあそうすうるかと簡単に方針変更して眠りに付きました。
土曜日。早起きしたら今日も晴れ。それっとばかりに2人は一足先に飛び出し、一路栂池へ。車窓から先月登山した常念岳、燕岳を横に見、鹿島槍の双峰を後にすると白馬三山が。5月に見たあの代馬形は見る影も無く、雪渓の代わりに白い砂のガレで構成される山群がそびえ立っていました。雪渓はほんのおつきあい程度は残っています。その連なりの一番北側に、今日の目的地の小蓮華と白馬乗鞍が見えました。
栂池で駐車場に車を預け、動き始めたばかりのゴンドラに乗り込みました。この栂池には、1980年代には毎年スキーに来ていました。そのスキー場と栂池の町。ゲレンデは広くなり、リフトは良くなり、ホテル(昔は旅館・民宿、今はペンション・ロッジ)はカラフルに。そして街中に密集していたのが、道路に沿って広がっていました。スキー客は当時は列車で来るのが殆どだったのが、今は車社会。上から見ると昔の面影は全く無く、その変遷を如実に垣間見れました。正に25年の歴史を感じた次第です。ゴンドラを乗り継ぎ、自然園に降り立つと、ヤナギランの赤紫の大きな花がお迎え。幸先き良いスタートです。
そのゴンドラ。席に座るや外から若い女の子が「はーい。こっち向いて。にこっと笑って・・・」と言ってパシャッ。帰りに記念写真を売るビジネス。前後を見ると登山客は少なく、高山植物見学の団体客ばかり。下山時に薦められた彼らは、多分折角来たんだから記念にと買って行くのだろう。どの位のヒット率で損益分岐点になるのかは知らないが、かなりの人が買うと思われ、なかなかうまいビジネスモデルを考えたもんだと感心しました。
ビジネスモデルに関してもう一つ。昔は、山も電車、バスを乗り継いでいくというのが普通でした。でも最近は、車を使うことが非常に多いのです。その訳はバスの便。登山口は人里よりかなり奥にあり、余程の地でないと乗客は少なく、バスの便はどんどん減っており、山行計画がそれに左右されてしまいます。また林道が奥地まで開発され、歩かねばならないバスの終点から林道の終点までの距離がどんどん延びています。山をやる者にとって山道を歩くのは苦になりませんが、あの林道歩きは苦手です。特に下山時、山道を思いきり歩いた後の林道歩き。歩いている横をすーいすーい車が走るとがっかりするものです。そんなことでどうしても車を使う人が増えているのです。
しかし車利用登山にも欠点があります。それは登った地点に下りなければならないということです。ところが山屋は同じ道を往復するのを嫌い、出来れば違う道を通りたいと思うものなのです。環状になったコースの場合別々の道を通って同じポイントに戻って来れますが、実際にはこんなコースは殆どありません。今回の栂池からの登山の場合、白馬岳に登って蓮華温泉に下るとか、大雪渓を下るとか、あるいは強行して黒部に下るとかを望むものなのです。ところが、ゴンドラの駅の貼り紙にその希望に応える回答が載っていたのです。それは下山地まで車を代行して回送するサービスです。正に、あの代行サービスです。代行サービスといえば夜飲んで帰る時に頼むものと思っていたら、山にもあったんです。未だ全国的に広がってるとは思えませんが、山屋の願望を満たす成る程なあと思うビジネスモデルに頭が下がった次第です。
それはさておき、そこから山道に入り1時間程歩くと天狗原。雨が少ないので乾いた所が多いとはいえ、地糖が広がり、登山者用には踏み板が敷かれています。夏であれば高山植物が咲き乱れていたであろうが、心無しか草々が黄色っぽい。そこからは急登。この時期でも未だ残っている雪渓を越えて約40分で白馬乗鞍岳。頂上は、石が多くだだっ広い。すぐそこに、白馬大池の美しい緑と赤く塗ったばかりの大池小屋が見下ろせる。この赤、自然破壊とも言えるし、スイスアルプス風の景観を醸し出してくれているとも言えます。何とも複雑な感じでした。東側に目をやれば、妙高・黒姫連山を中心に、雨飾、高妻、火打、戸隠から八ツ、南アまで全て見渡せ、西方に目をやれば白馬岳と今日の目標の小蓮華岳がうまく重なって見えるという絶好のポイントと言えます。
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20分程ゴロゴロ岩の道を下ると、その白馬大池。海抜2379mにある本邦高山湖中2位の湖。心無しか、水が少なく感じました。池の畔からは小蓮華に隠れて白馬は見えませんが、その小蓮華はだらだらした上りの突端におとなしく見え、池にその小蓮華の影がばっちり写ることを期待していましたが、風が少しあって小波が立っており、影らしきものは写ってはいるもののもう一つはっきりしない影でした。 |
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翌日曜日、朝早く起き出し、庭の木と木の間に吊るしてある藤椅子に座ってダッチオーブンの検分。横には自在鉤と鉄瓶がかかっています。何とも絵になる光景です。でもそんな感情に浸っている間も無く、薪割りの開始。冬の間の暖炉の薪を作る作業。けっこうコツがいります。もう何回もやっているが、なかなか難しいものです。薪割りをそこそこやって、帰宅の途につきました。
これで各県最高峰制覇もあと1つ、平成新山を残すのみ。今回同行した彼は日本百名山を蓼科岳で一緒に完登した仲間で、彼も各県最高峰完登を目指しています。彼はあとつ2つ、即ち熊本県の国見岳と平成新山が残っています。国見は東京から出かけるのも大変ですが、登山口が南九州スーパー林道というかなりハードな林道の中にあり、この登山口に入るのがまた大変。彼の国見岳登頂を待って、今度も一緒に完登したいと思います。ただ平成新山、2人だけで登るのは未だ不安。誰かナビゲーターが現れるのを待つというのが実情です。誰かいませんかねえ。