ビデオ整理始末記 〜その1〜      高嶋 宏尚
                    
 
1 ATGの思い出

   昭和37年4月に、片道2時間半ほどの通学時間を要する秋田市の高等学校に入学した。入学当初は知った学生など一人も居ない状況だったが、学校の様子に慣れてきた頃、ある同級生から「映画鑑賞協会に入らないか」との誘いを受けた。1ヶ月250円の会費を払うと会員になり、ほぼ毎週2本の新しい映画を鑑賞出来るとのこと。「産業会館の大ホールで毎日上映されている」とのことだった。毎月母親から貰う小遣い500円の半分になるのだが、クラブ活動もせず、ひたすら自宅と学校の往復を繰り返しているだけだったから、誘いに応じて「映画鑑賞協会」の会員となることにした。以来、卒業するまで足繁く産業会館に通った。

 今日ではもう存在していないのではと思うが、アート・シアター・ギルド(ATG)の組織が、いわゆる商業館にかからない映画を自主上映していたのである。監督、俳優、製作国をはじめ、映画に関することは何にも知らなかったのだが、カンヌやベルリンの映画祭の参加作品や、ジャン=リュック・ゴダール、フランソワ・トリュフォー、ルネ・クレマン、イングマール・ベルイマンなど、ヌーベル・ヴァーグの監督たちが作った映画を毎週のように見た。中村錦之助の「紅孔雀」や嵐寛寿郎の「鞍馬天狗」くらいしか見たことのない自分にとっては、ヌーベル・ヴァーグを中心とした洋画は難解であったが、「こんな世界があるんだ」と新鮮な驚きを覚えていたのも事実である。
 ゴダールの「女と男のいる舗道」では、アンナ・カリ−ナが演ずる娼婦ナナになんともいえない愛らしさと哀れさを感じたし、警察での取調べのシーンでは、モノクロの画面にタイプライターの音だけが響き、人間性を無視されている様子を鮮やかに表現しているように見えた。ミッシェル・ルグランの作った主題曲のベース・ギターの響きにしびれ、すぐさまレコード屋に駆けつけEP盤を買い込んだりもしたものだ。ベルイマンの「処女の泉」や「第七の封印」では、「神と人間」がテーマらしいがなんだか訳が判らないと思いつつ、マックス・フォン・シドー演ずる主人公が、死神に追い詰められていく様子に出口のない苛立ちを感じ、「沈黙」でのグンネル・リンドブロムのベッドシーンには、「前評判ほどではないではないか」と失望した。ジェラ−ル・フィリップが主演した「勝負師」のラストシーンでは男の寂しい背中を感じ、「死刑台のエレベーター」では、モーリス・ロネのエレベーターからの脱出シーンに手に汗を握り、という風にして、相当数の映画を見たことになるのだが、忘れてしまっていることも多い。

 トリュフォー他のオムニバス「二十歳の恋」(若者の恋愛をテーマにした短編映画で、日本のものもあった記憶があるが、日本人の監督は誰だったのか)や、「第三の男」、「誰がために鐘は鳴る」、「尼僧ヨアンナ」、ヴィットリオ・デ・シーカの「ロベレ将軍」、アラン・ドロンとクラウディア・カルディナーレの「若者のすべて」、ジャック・レモンとリー・レミックの「酒とバラの日々」などを見たのもここでのことだったと記憶している。ロベール・オッセン(だった筈だが)とソフィア・ローレンがナポレオン戦争時代の軍人夫婦を演じた映画は、ソフィア・ローレンの迫力ある女房役と、その尻に敷かれるロベール・オッセンの演技がとても巧みで、ユーモラスで面白かった記憶があるが、残念なことにタイトルをすっかり忘れてしまっている。何とか探し出してもう一度見たいものだと思うし、他にもいくつかそのような映画がある。

 いささか前置きが長くなってしまったが、わずかの期間ではあったがこの時期に見た映画は懐かしく、20年ほど前にビデオ・デッキを買ってから、この時に覚えた監督や俳優の映画が衛星放送などで放映されると、思い出したように録画してきていたのである。

2 あふれるビデオテープ

 懐かしい映画のほか、ウィーン・フィルのニューイヤー・コンサート、N響の「第九」、来日した演奏家のコンサート、競馬の実況、F1の決勝戦、メジャー・リーグでの日本人選手の活躍の様、全英オープンやマスターズなどのゴルフ中継、紅白歌合戦などなど、時々ポツリポツリと思い出したように録画して来ただけではあるが、さすがに20年にも及ぶとたまったビデオテープの量も相当なものになってしまう。かくして、ビデオテープのラックは無論のこと、本棚の隅、納戸の奥、オーディオ・スピーカの下、物入れの陰、家を建てた時に未だ頑是無かった子供たちを言いくるめて子供部屋のベッドの下に仕舞いこんだもの、はては、自室の床に積み上げたものまで。大袈裟に言えば、我が家がビデオテープに侵略されてしまいかねない状況となってしまったのである。

 「これではいかん」と整理することを決意したのが、昨年(14年)の暮れのことである。家中を捜索し、埃だらけになっていたものやら、ビニールの袋にいれたもの、ダンボール箱に仕舞いこんだものなど、一切を積み上げた。畳2畳ほどのスペースに小山が出来た。数えもしなかったが4〜500本もあったのではないか、と思う。とにかく、スペースを効率化し、ビデオテープによる侵略を食い止めることが最優先である。心を鬼にする必要があったのである。

 まず、何が録画されているのかの記録がない(大村さんが会報に寄稿されたような緻密な記録ではなく、内容のメモすら残されていないテープが沢山あった)ものは、目を瞑って捨てることにした。もしかしたら貴重な映像が、と思わないこともなかったが、これまで一度も再生したことのないビデオテープは、そもそも無かったのと一緒だと思うこととしたのである。
 ついで、中島悟やアイルトン・セナが活躍していた時代のF1の決勝戦や、ゴルフ・トーナメント、スキーのジャンプ競技、野球のメジャー・リーグの中継などのテープを、後ろ髪引かれる思いで処分した。その時には感激し、また何時か見ようと考えて録画したのに、その後一度も再生しなかったスポーツ実況の如何に多かったことか。随分、この類のテープも処分した。

 残ったテープは、内容を保有したいというものである。スペース効率と、品質の維持を勘案し、DVDにコピーしたうえで、テープは捨てることとした。映画だけで200本近いビデオテープがあったし、ニューイヤー・コンサートや「第九」などの音楽関係のテープも100本近くあった。ハイファイのビデオデッキを手に入れてからは、ほとんど3倍モードで記録してきている。映像の品質を考えれば標準モードが望ましいだろうが、3倍モードであっても、厳しい注文をつけなければ小生の鑑賞には堪え得た。もっとも、ソースによっては3倍モードでは見るに耐えないものもあるけれども・・。
 3倍モードならT-120のテープに6時間の記録が可能である。全てのテープにフルフル録画されている訳ではないが、1本の映画はおよそ2時間程であるから、200本のテープには、約600タイトル、1200時間分の映画が記録されていることになる。これをDVDにコピーし整理するのには、いささか気の遠くなるような作業が待っている訳だが、やらざるを得ない。腹を括って「ビデオテープDVD化作戦」を展開することとしたのである。

3 Pioneer DVR77H

 作戦の最初は、DVDレコーダーの手配である。DVDやレコーダーに関する知識は全くなかったが、友人から「買うなら高い奴じゃないと駄目だぞ」とのアドバイスを受けた。早速大型電気店に出向き、「高い奴でいいから、ビデオテープからDVDにダビングできるデッキを売ってくれ」と申し込んだ。1台のデッキでテープからDVDにコピー出来る機種はない、とのことで、『Pioneer DVR77H』を勧められた。80GBのハードディスクを持った人気機種とのことであったし、在庫がなく納品に1ヶ月ほどを要するとのことでもあった。現在の技術なら、直接にダビング出来るデッキが作れない訳は無かろうと思ったし、直ぐに入手出来ないのも残念とは思ったが、勧めに従ったのである。約1ヵ月後、今年の1月になって『Pioneer DVR77H』が我が家に届いたのである。
 
4 洋画600タイトル余、邦画タイトル余150

 以後、ウィーク・デーは深夜帰宅してから、休日は朝から晩まで、連日『Pioneer DVR77H』を操作し、テープからDVDへのコピー作業を続けてきた。この間、所有していたテープからのコピーだけではなく、ケーブル・テレビの映画専門チャンネルからの録画も随分したし、レンタルのビデオからのダビングもした。当初は終わりなき戦いにも見えたものだったが、10ヶ月余りの作業の結果、自分が録画・所有していた映画のDVD化はほぼ終了したのである。1枚のディスクに、LPモードでは4時間分の記録が可能である(標準モードの2倍)。15.11.30現在、DVDに録画したタイトル数は、洋画678、邦画158となった。DVDの枚数は491となっている。

 ものの如何を問わず、整理することは苦手であるが、Excelで最低限の情報だけを記録することとした。映画の題名、製作国、製作年、監督、主たる俳優名、時間と、これだけを記録することとしたのである。これの内容が別添のファイル(ここ=映画ライブラリー一覧表をクリック)である。10ヶ月の作業の記録でもあるが、改めて見返してみると、なんら一貫性や思想性が感じられない。思いつきでDVD化するタイトルを選択してきた証のようで、公表するのも恥ずかしいようなものなのだが・・・。

 映画について言えば、なんとかDVDにダビングはしたものの、DVDそのものにタイトル名、監督などのデータを表示することはほとんど出来ていない。テープは相当数を処分したものの、今度はDVDがあふれるようになって来てもいる。いつでも必要なDVDを直ぐに取り出せるようにするためには、格納場所や方法に工夫が要りそうである。その前に、まだまだダビングしたいタイトルもある。さらには、映画以上にDVD化に苦労しそうな、音楽関係のビデオテープがわんさかと控えている。
まだまだ、小生の
DVD化作戦」は続くのである。

 次回は、この10ヶ月間の整理作業の実際や失敗談などをご報告したいと思う。
                            (2003.11.30)


  ライフワーク 目次へ