ビデオ整理始末記 〜その4(最終回)〜 高嶋 宏尚
ビデオ・テープ内容をDVDレコーダーのハード・ディスクに落とし込み、コマーシャル削除、チャプター分けなどの編集作業をして、生のDVDに書込む。その後、DVDタイトル内容をエクセル・ファイルの管理簿に記録する。ここまではご報告済である。今回は、DVDそのものと格納ケースへの内容の表示方式と、昨年の1月から展開してきた“ビデオ・テープDVD化作戦”中のエピソードなどについてご報告したい。
1 DVD格納ケース
映画が記録された200本余りのビデオ・テープを一日も早く無くすことに全精力を注ぎ込んできた結果、10ヶ月程でDVDにコンバートする事が出来たのではあるが、今度は約500枚のDVDが積みあがってしまった。これらには、ポストイットに鉛筆書きされた内容のメモが貼り付けられているだけである。メモに従い、DVDと格納ケースに映画の内容を表示しなければならない。
台湾製の廉価なDVDのスピンドルを多用しているが、これには無論のこと格納ケースが付いてなく、ケースは別に誂える必要がある。秋葉原の電器店やオフィス用品の量販店などに、実に様々なタイプのケースが売られているが、ケースの幅は10mm、5mmの2種類、これに格納出来るDVDの枚数が1枚か2枚、と大別出来る。5mmのケースに2枚のDVDが収められるものが最もスペース効率がいいのだが、構造的にやはり若干無理がありDVDの出し入れなどの操作がしづらいものが多いように思うし、タイトル表示などのためのケースラベルを入れることが出来ない等の欠点がある。従って、5mm幅2枚格納のケースは、例えば黒澤明監督など特定の監督、俳優の作品だけをまとめて収納するような場合に例外的に使用することとした。通常は、スペース効率、操作性、ケースの背中(タイトルなどを表示するため)の広さ、ケースラベルの格納可否、などを勘案し、5mmのケースに1枚格納するものを選択することとした。廉価で割と丈夫であり、ケースのカラーも豊富なエレコム社のものを使うことが多い。
2 DVDと格納ケースへの内容表示
DVD内容の記録と表示である。時間等の余裕があれば、DVDにPCで編集した画像や修飾文字などでタイトル他の情報を書き込み、ケースラベルもセンスよく作成するのが理想である。プリンタブルのDVDは簡単に手に入るのだし、PCのプリンターには直接にDVDに印字出来るものもあると聞く。ケースラベルも文房具店でいくらでも入手出来るし、編集用のソフトも様々なものが売られているようである。しかし、ケースも含めた内容表示に凝りだすと、際限なく時間を要することになる。おそらく、編集整理の作業手間が数倍に膨れ上がるであろう。これを恐れた。「出来るだけコストをかけずにビデオ・テープのタイトルをDVDにコンバートする」のが、“DVD化作戦”の重要なポリシーの一つである。統一性があり、見た目に美しく、詳細な説明のあるラベルも付いているオリジナルのDVDを作り揃えることは魅力的な所業であり、究極の到達点ということになろうが、この理想は捨てることにしたのである。
DVDに、何が記録されているかが分かるだけの情報を手書きすることとした。映画なら、タイトル名、製作年、製作国、監督、主演者、総時間とチャプター毎のタイミング、これだけである。これで他のDVDとの識別は可能であり、チャプター毎のタイミングはDVDそのものに書かれているので、再生時には外側では見られないとの欠点はあるにせよ、一応最低限の情報は確保したことになる。プリンタブルのDVDなら水性のペンで書き込み可であるが、プリンタブルでないものには油性のペンでないと書き込めない。黒、赤、青、紫、緑のサインペンを水性、油性それぞれ用意した。タイトル名は太い紫、監督名は中字の黒、男優、女優は細字の青と赤という具合に、色とペンの太さを使い分けることとしている。
ケースへの表示も最低限にとどめることにした。本棚などに並べた時の探し易さだけを考慮し、ケースの背中に簡単なタイトルのみを表示することとした。随分以前に買ったものだが、ビデオ・テープのラベル作りに数回使っただけのキングジムのテプラPROがあったので、これの4mm幅のテープに、例えば、
黒澤明/七人の侍/蜘蛛巣城
ドヌーヴ/シェルブールの雨傘/反撥
のような具合に表示するのである。DVDには4時間分の記録が出来るようにしているので、概ね2つのタイトルが表示される。テプラPROには、テープの長さを一定にする機能もついており、これを使えばケース背中の表示も長さが揃い、少しは見栄えがいいことになる。テープにも様々なカラーが用意されている。白地のものはアメリカ映画に使い、イギリス映画は赤地、フランス映画には青地のものを充て、イタリアなどイギリス、フランス以外のヨーロッパ映画には緑地を使うこととした。なお、ジャン・ギャバンやジャン=リュック・ゴダールの作品など、特に識別し易くしたいDVDについては、黄、赤、青などの色をイメージに合わせ(と言っても小生の勝手なものであるのだが)選択して使うこととした。こうやっておいて棚に並べれば探すときに便利であろうと考えたのであるが、極く一部のケースにテプラを貼付しただけなので、その実効性については未だ十分にはご報告出来ないのである。
3 大村さんからの電話のこと
かくのごとくやろうとした丁度その頃に、大村さんから電話を頂戴した。「DVDのラベリングをどうしていますか」とのお尋ねであった。大村さんは、クラシック音楽の映像をPCに取り込み、タイトルなどの編集をしたものをDVDに書き込む(あるいはプリントしたラベルを貼り付ける)ことを試みておられるが、技術的な問題などで相当に難儀をされているようであった。まさしく理想的な到達点を目指しておられるのであり、大先輩の意気込みと努力の前には深く頭を垂れざるを得ない。小生がやろうとしていた「スピード優先、省エネ手抜き方式」では何ら大村さんのお役に立つことは出来ず、がっかりされたのではないかと思うのだが、「H社のプリンターで貼付用のラベルをプリントすると、紙が巻き込まれるトラブルが多い」ことを教えていただいた。偶然ではあるが拙宅のプリンターもH社製である。大村さんのお陰で小生は同じ轍を踏まなくて済むのである。
大村さんも大変なご苦労をなさっているように、DVDへの記録・整理の作業の中で一番手間ひまがかかり大変なのは、DVDへ映画などのタイトルを記録することではなくて、その後の、DVDへの表示、ケースのラベリング、それに台帳など、管理のための仕掛けをするところである。ここのところは凝りだすとキリがない世界であり、統一性があり、見栄え良く、速やかな検索が可能で、タイトルに関する様々な情報(映画であれば、映画祭での受賞記録とか、出演者の詳細情報であるとか、チャプター分けの場面情報などなど)が豊富に記録されているほど楽しみ多く、満足のいくものになるのだが、凝ったものを指向するほど整理と管理の作業負荷が幾何級数的に増大する性質のものである。小生の指向は、“金がない、暇がない、知恵もない”の三無の事情があるにせよ、大村さんとは正反対である。統一性、美観、豊かさ、検索効率などの品質には一切目を瞑り、ただひたすら、時間とエネルギーをかけずにDVDのタイトルを増やすことのみに邁進してきたのである。
4 京大型カードなどの思い出
30年余り前のことになる。今日のEXCELのような便利なツールの無い時代、日々蓄積されていくLPレコードとFMから録音したオープン・リールのテープの管理を、京大型カード(もうお忘れになってしまった方も多いかもしれないが)で試みたことがある。LPレコードやテープの記録媒体毎に、カードを作成した。カードにはシリアル・ナンバーを付与し、これが基本台帳のようになる。曲目、演奏家、楽章ごとの演奏時間は当然のことだが、演奏が行われた日付、場所、場合によっては録音技師名なども詳細にカードに記し、テープでは、楽章の切れ目ごとにテープ・デッキのカウンター数字までも記録したのである。更に、検索のキーとなることの多い曲名、作曲者、指揮者・演奏家(ソリストやオーケストラ)毎に別体系の管理カードも併せ作った。例えば、フルトヴェングラー、ベルリン・フィルの「運命」を聴こうと思ったら、曲名か指揮者・演奏家のカードをくくれば、「運命」が入っているレコードかテープのシリアル・ナンバーを知ることが出来、そのシリアル・ナンバーのカードを検索すれば「運命」に「未完成」がカップリングされていることが分かり、テープならカウンターを何処まで早送りする必要があるかが判明する、という仕掛けである。
この管理方法で、レコードを買い求めたり、テープに録音する毎にきちんとカードを作成しておけば、なかなか便利なものには違いなかったのだが、いかんせんカード作成の手間が膨大であった。交響曲1つだけのレコードなどなら負担は大きくないのだが、十数曲もの歌曲が収められ、しかも歌い手が何人かいるレコードなどでは、自分が決めたこととは言え、見ただけで目眩がするような気がしたものだ。何百枚のカードを作成したかは記憶に無いが、音楽を楽しむことより、管理のための作業ばかりにエネルギーを費やしていたような気がする。いつしかカード作成を怠るようになり、そうなるとカード体系の有効性も薄れていくことになる訳で、数年後のある日、多少の心の痛みと伴に「えいやっ」とカードの一切を捨ててしまった。
その後、ワープロが普及し出した時期に、ワープロ・ソフトを使って「あいうえお」順の曲名リストを作成したこともあった。これはクラシックではなく、懐かしいポップスの曲目を管理するためのものである。目的は、同じ曲の演奏をダブって買い込むことのないようにすることであった。曲名と演奏者、それにLPかCDの番号だけを記録するものである。最初は元気良く始めるのだが、またしても管理のための手間にうんざりするようになってきた。1枚のLPやCDには20曲余も入っている。これを五十音順にソートしながら記録しようとしたのである。ソートは人間が頭でやり、ワープロのコピーや移動機能を繰り返しながらしかるべき位置に必要な曲名などを書き込む方式だったのだ。いつしかこれも、「えい、面倒くさい」と止めてしまった。
オープン・リールやカセットのテープのパッケージやラベルも、オリジナルなものを見栄え良く作ろうとしていろいろ試みたが、成功した例は殆ど無い。雑誌から演奏家や風景の写真を切り抜いてパッケージに貼り付け、テンプレートや、文字ラベル(という名だったか、上から擦ると下に文字が転写されるもの)を使ってタイトルを書くなどのことをしてみたが、少なくとも見苦しくない程度に仕上げようとするだけで長時間を要し、粘り強さと根気も必要だった。しかしながら、苦労の挙句出来上がったものは、大概幼児の工作程度のものだったのである。もともと美的センスに欠けるところがあり、手先も不器用なのだから当然の帰結ではあるのだが、これも「えーい、やめちゃえ」となってしまう訳である。
こういった経験がトラウマのようになっているから、管理・整理のための手間は最低限にしないとまた破綻することになる、と思っている。“ビデオ・テープDVD化作戦”の中での数々の「手抜き方式
」の背景には、かくのごとく深い悲しみと苦さに彩られた数多の挫折経験が厳然として存在しているのである。ただ、昨今のPCの普及と様々なソフトの充実は、様子を一変させており、手軽に高度な管理などが可能となっていることも十二分に承知してはいるつもりである。それでもなお、また挫折することを恐れるから利用目的に即した必要最低限のこと以外は一切やらない、と誓っている。より高度で充実した管理やパッケージングなどは、もう少し時間に余裕が出来た時の楽しみに残しておくつもりである。
5 もはや病気?
山積みになったビデオ・テープを一刻も早く消滅させる為に展開してきた“DVD化作戦”であるが、約10ヶ月を経過して、所有していた映画のタイトルは全てDVDにコンバート出来た。ただ、この間ビデオテープのコンバートのみを行ってきたかというと、そうではない。BSとケーブル・テレビの映画専門チャンネルからの録画も随分行ってきたのである。懐かしい50〜70年代の映画で気に入ったものを録画しておき、リタイア後の楽しみにしようなどと考えていたのだったが、例えばNHK
BSの“アカデミー賞特集”(70編の映画が集中的に放映された)などがあると、「最近のものも面白そうなのがたくさんあるから録画しておこう」となるし、映画専門チャンネルの“007特集”など大喜びで全て録画してしまうのである。最近では、手段である筈のDVD化そのものが目的となってしまい、録画すること、タイトルの収集が楽しくなってしまったきらいがある。従って、テレビの番組雑誌とケーブル・テレビ(J-COM)の番組表はいまや欠くべからざるものである。どちらも月末近くに手に入るのだが、早速マーカー片手に1ヶ月分の録画すべき番組をチェックするのである。これが楽しく、「道楽」という言葉が思われる程であるがしばらくは止みそうにもない。
日曜日の夜には、2つの番組誌を並べて1週間の録画計画を練り、DVDレコーダーの録画予約をセットしておく。1日に複数のチャンネルからの録画を計画した場合には、チューナーのチャンネル切り替えを要するのだが、これについては翌日の切り替え計画(切り替え時刻、該当チャンネル)を、メモ用紙に赤字で大書しテレビ画面に貼付してしまう。翌朝出勤前、家人にメモに記されたとおりにチャンネル切り替えを行うよう指示(ではありません、お願い)するのである。当然のごとく、チャンネルの間違い、切り替え時間の遅れ、誤操作によるチューナーの電源断(2時間何も映らず、ただ青いだけの画面が虚しく録画された)などのトラブルもあったものの、多くのタイトルが録画出来たのは、家人の大いなる協力あってのことである。最近では、朝出掛けに何も言わないと、「今日は切り替えないの」と家人から質問が発せられることもある程である。
ウィークデイの帰宅時間は概ね9〜10時である。帰宅して家人が夕食の準備をしている間に、DVDデッキの前に座り込み、ハード・ディスクに記録されているタイトルの編集作業を行う。食事中にDVDへのコンバート処理をさせる為である。勿論、入浴前にもタイトルを編集し、ダビング処理を走らせる。コンバート作業時間の無駄をしない為である。休日前夜は深夜まで編集作業を行い、休日は朝からDVDデッキの前にどかりと座り込む。我がことながら、何かに急き立てられている風情である。かかる様子に家族は、「お父さんはもはや病気なのだ」と評している。かなりの期間、DVDデッキの前の胡座を繰り返した結果、小生の右足の踝と、尻にはタコが出来てしまった。名誉の・・と言えるものではないが、“ビデオ・テープDVD化作戦”の賜物であることは間違いない。家族の評もあながち大袈裟、とばかりは言えないのである。
6 いつまで続くぬかるみぞ
“DVD化作戦”開始当初は、洋画、邦画あわせても所有するのは、多くても1000タイトルほどのものだろうと踏んでいたのだが、既に1000タイトルを超えてしまった。現在800ほどの洋画のタイトルが1000になったところで一区切りにするべきか、と考えてはいるのだが、先のことはその時になってみないと判らない。ヒッチコックと小津安ニ郎監督の映画はほぼと言ってよいほどDVD化したが、ルイ・マル、ゴダール、ベルイマン、トリュフォーなどの監督の作品や、好きだったスティーブ・マックィーンやジョン・ウェインの出演したものは全部集めちゃうか、など、無謀に近いことも思ったりしているのである。
“DVD化作戦”の結果、映画のビデオ・テープは無くなったものの、クラシック音楽を録画したテープは未だ殆ど整理できていない。オリンピック中継などのスポーツ・ドキュメントも相当数あるし、競馬のレースの映像に到っては20年分ほどもあるが、どのテープにいつのものが記録されているかも不明な状態である。これらを真面目に整理しようとしたら、絶望的なほどの時間とエネルギーを必要とするだろう。志半ばにして挫折するかもしれないが、まだまだDVDデッキの前に座り込む生活は終わりそうにもない。
映画ではないが、20年ほど前にNHKで放送された「徹子と気まぐれコンチェルト」のビデオ・テープが出てきた。黒柳徹子さんが司会し、毎回ゲストを招いてクラシック音楽を紹介するといった内容である。これをDVDにコンバートしながら、時間を忘れ何回分かをつい見てしまった。今見ても新鮮で、とても面白く、爽やかな後味が残る番組である。無礼は重々承知の上で言えば、早口でやかましいとだけの印象があった黒柳徹子さんであるが、こんなに上品で美しい人だったのだと今更のように感じたし、ソプラノのメラニ−・ホリデーが出演した時には、若さとしなやかさ、美貌が輝くようにも思えた。映画を編集・整理しながら、「ペーパー・ムーン」や「ロシアより愛をこめて」、ジャン=ルイ・トランティニアンとロミー・シュナイダ−の「離愁」などのように、ついつい見てしまったものも何本もある。ひたすらDVD化を急ぎながらも寄り道も随分してきたが、「これもまた楽しからずや」と思うのである。
この1年余り展開してきた“ビデオ・テープDVD化作戦”の様子を「ライフワーク」欄でご報告させていただいたが、小生の所業がライフワークに値するとは到底思えないものの、引き続き映画、クラシック音楽などのDVD化を進めていくことになりそうである。ある人からは、「もはや集めるのではなく、むしろ処分・整理をしていくべき年代になっている」との厳しい指摘も頂いたが、何の、まだまだやるべきことが多い、と思うのである。
(2004.3.30)
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