2004年に登った「日本二百名山」(その2)     瀬川 滋

 
 

1 4/30   三瓶山(島根、1126m) .49

 今年のゴールデンウィーク後半は、我々山仲間の基地である八ヶ岳の麓の諏訪大社の7年に一度の御柱祭に集合するので、前半に百名山を挑戦している者のサポートで大山に登ろうということになった。皆が西日本に来るということで、前後の宿舎の手配と大まかなスケジュール作りを受け持つ。登山前日は湯原の大露天風呂から岡山の山仲間の山荘泊、当日は大山に挑戦し、夜は関西のある集まりで知り合っている神戸の女子大の元学長に頼んだ同大の大山セミナーハウス泊、翌日は皆は信州に行き、私は二百名山の三瓶山にと計画。結局東京、長野から2組4人が別々に日本海沿いに、1人は新幹線で姫路まで来て私の車で、また1人は広島から車で、そして前日東京で用のあるもう1人は1日遅れて飛行機でと総勢8人ということになった。  

 29日、それまで悪かった天気もすっかり良くなり、姫路駅で1人拾って待ち合わせ場所の中国道湯原ICへ。何と広島からのはツーリング姿も勇ましくもバイクで来ている。総勢7人はまず目の前に大きなダムがあるその川の河原を掘って作った大露天風呂に。西の横綱と言われているだけにでかい。覆いも何も無く、回りは新緑の山々と麓の温泉旅館のみ。正に癒し系だ。酒・食料を買い込んで津黒高原にある山荘に。真正面に蒜山が顔を見せており、すぐ横で水車が回っている電気も無い山小屋。前に来た時は雪に覆われていたのが全く融けておりイメージが全く違う。

 あまりに天気が良いので、外のベランダで大すき焼きパーティ。肉の匂いにつられて1匹の狸が。これが全く擦れて無くて、肉をやると結構近くまで寄ってきて興を添えてくれた。話の中で、全員で大山登頂ということだったのが百名山完登組の3人は既に大山は済んでいるので蒜山に、残りが大山にということに変更になった。やがて寒くなってきて小屋の中に。昔懐かしいダルマストーブに薪をくべると十分暖かい。そして三々五々シュラフに潜り込んでバッタン。  

 30日早朝に起き出して、早飯を食べて、車を連ねて全員大山に向う。連なる頂上稜線の下の沢に雪を抱いた大山連峰が朝日に反射してまぶしい。特に今年雪山をやった一番東の烏ヶ山の険しさが際立っている。昨夜飛行機で入り米子で泊って朝1番のバスでやって来た1人を大山寺で出迎える。大山組はここから登るのだが、我々三瓶組3人は大山を下って米子に出、まるで高速と間違う程立派な国道を西下。松江からは部分開通している陰陽を結ぶ高速道に。宍道湖をやり過ごしてから山中に入る。終点の三刀屋ICからは一般国道を走る。途中、全く車の走っていない立派な舗装道が併走する。どうも国土交通省管轄の国道に農林省管轄の高規格農道が平行しているらしい。その区間国道を使えばいいものを。日本の縦割り行政と予算の無駄使いを目の辺りに見た。話には聞いていたがひどい。三瓶は西の原から直接ピークの男三瓶に登るコースと東の原から女三瓶経由ピーク縦走コースがあるが、我々は頂上を縦走出来てかつ上りにリフトも使える西の原に向う。  

 着いたのが大山寺から2時間の10:45。練習にはもってこいのスキーゲレンデは新緑にまばゆいが、沢山の烏が飛び交っている。鳥インフルエンザは大丈夫かなと冗談言いながら上がる。リフトを降りてから、TV中継アンテナがそびえる女三瓶を横に見て、一路頂上を目指す。眼下には大きな湖が。尾根に出て初めて、この山が巨大なカルデラ火山の跡で、尾根がカルデラの淵、湖が火口湖であることがはっきり見て取れる。もし爆発・陥没していなければ西日本有数の高山であったろう。途中兎山まではだらだらした登りだが、狭い尾根筋を偶々近隣の中学校の遠足でかなりの生徒が歩いており、これを抜かしながら歩くのに難渋。そこを過ぎると砂状の火山灰が見られ、この山が火山であったことが一目。やがて両側が切れ落ちた稜線となり、右手の山裾はブナ等の新緑の木々が美しく、左手は深く切り落ちた沢筋が湖に続く。

 最後の岩と木の根が交錯する道を直登すると、緩やかな草原が広がる所に出て、暫く歩くと丁度12:00に頂上。花の咲く頃はさぞかしきれいだろうと思われる、緑がキラキラする大草原。そして、360°の展望。中国地方の山々が、高さは低いがうねうねと連なる。東には、三角形の大山が小さく、北は、日御崎の向こうに日本海が広がる。残念ながら、隠岐の島までは見えない。恒例の万歳をして昼食。

 戻りは来た道を引き返す。生徒がいないのでゆっくり歩ける。岩場に咲くすみれの群生が美しい。途中立ち止まって振り返ると、カルデラ湖の周りを男三瓶、子三瓶、孫三瓶と各々ピークを連ねている。中でも赤茶けた子三瓶が、兜の形の偉容を誇って特に美しい。女三瓶にも寄って、スキー場をリフトに沿って直っすぐ走り下り、13:45には車に辿り着く。  

 往路をそのまま引き返す。とにかく今日は、殆ど車の往復。米子からさらに東に通り過ぎた辺りから南下。大山頂上から見て東北側にある、今夜の宿泊場所であるセミナーハウスに向う。山の中に突如現れると言った感じの立派なハウスに着いたのが17:00。頂上を極めた大山組はもう寛いでいる。賄い付きなので食事は作らなくて良く、それまでの間周りをドライブするが奥には大きな牧場が。牛がやけに人懐っこいのが印象的。やがて夕食。まず持ち込んだアルコールで百名山・二百名山の登頂を祝して乾杯。ところがどうしたことか、一番の大酒飲みが一番早くダウンしてしまったので、皆早目に床に着いた。翌朝食後、ハウスの庭の砂利がやけに厚くて、広島から来たバイクがスタートさせる時に転倒。今回の山行のハプニングはこれだけという冗談で解散。私は、渋滞を避けてゆっくり、宮本武蔵の生地等を回りながら神戸に帰った。関東組6人は、ゴールデンウィークのラッシュをものともせず、諏訪を目指して高速を東上。後で聞くと、余り混むこと無く辿り着くことが出来、翌日は7年に1度の御柱祭りを興奮して楽しんだという。


  ライフワーク 目次へ