新潟豪雨下、上越国境の百名山2山を登頂 瀬川 滋
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7月の3連休は山のかきいれ時、我が山仲間の予定表を見ると、越後駒ヶ岳・巻機山・苗場山の上越3山行きとなっていた。来年百名山完登を目指している仲間がこの3山が未登なのでこの休みに一挙にということで、未登の者は同行し、既登の者は近くの二百名山をという計画であった。計画には要休暇と書かれていたので、連休の混雑を避けて平日に登るものと思っていた。そうなると現役組の私は参加不可なので、それではと、昨年計画したのに台風が上陸して登り損ねた東北の二百名山である以東岳とニ王子岳にでも挑戦しようかと思っていた。
ところが、仲間から突然、「3山をこの3連休に登るから、希望者はこの指止まれ」というメールが入った。それじゃあと急遽計画を変更し、その辺りの二百名山である鳥甲山、八海山、守門岳、仙ノ倉山等のどこかをやろうということで、参加のメールを入れた。それが、参加予定者がどんどん減り5人に、更には、当人と百名山既達の1人と計3人ということになってしまった。こりゃあ大変、2人が二百名山に回れば彼が単独行になってしまう。「どちらかがサポートしなければ」との思案が続いた。
元々の計画は、17日越後駒ヶ岳、18日巻機山、19日は苗場山ということだった。その越後駒ヶ岳の隣の二百名山である中ノ岳は、ガイドブックによれば麓から山小屋泊りのコースとあるが、地図を良く見ると越後駒からも縦走も可能とあるので、私だけ1日目越後駒から下山せずに縦走して中ノ岳避難小屋に泊り、2日目2人と合流するということを密かに考え、小屋泊りの支度をして参加した。
今年の梅雨は、どうも空梅雨模様。降雨日数が極端に少ない。ただ、台風2つが上陸し全国各地に慈雨をもたらしたので、各地のダムの貯水量はとりあえずはまずまずという。それに大変暑い。早く上陸した台風が南の太平洋高気圧の暑さを持ち込んだのが原因という。そんなことで、今年の梅雨明けは早いものと思っていた。事実7月に入って全国各地の梅雨が順次明けていき、酷暑の夏に入っていった。
しかし、ただ一ヶ所、梅雨前線が停滞し、いつまでたっても梅雨が明けないのが新潟。連日大雨が降り、堤防が決壊し、死者まで出る有様。特に中越、下越がひどい。まあ台風の過ぎた後は良く荒れるので一過性のもの、我々が山に入る時には梅雨も明けていようとおっとり構えていたが、これがなかなか明けず、被害はひどくなるばかり。と言っている内に、その日が来てしまった。
7/17 苗場山 (2145m)
前夜雨はひどく、天気予報は相変らず新潟全県のみ大雨警報。警報を押しての登山はなし、車で雨のない日光・戦場ヶ原にでも行って日光キスゲでも楽しもうかということになっていた。そもそも、私は関西人だから納豆は食べない。豆腐は大好きなので大豆類がきらいという訳ではない。あの臭いとネバネバした感触がダメなのである。フナ寿司やクサヤ等、臭い系は特にダメである。ある山行で、前日が大雨、仲間がもし私が納豆を食べたら翌日雨が上がるかもしれんと言って無理強いされたことがある。これが当って、見事翌日雨が上がり山に登れた。以後、我々の仲間内では、雨が降ったら翌朝の晴れを念じて私が納豆を食べれば良いとのジンクスが出来た。ということで、昨夜も納豆数粒いやいやながら晴れを念じて食べておいた。
朝起きると天気予報は相変らず大雨警報だが、雨は上がっている。どうしようかと迷っている内に、どんどん明るくなっていく。とにかく雨の強い海岸沿いは避けて、3山の一番南にある苗場をやろうとなり、それも、天気予報からしてどこが降っているか分からないのでとりあえず登山口の和田小屋まで行ってみて判断しようということになり、あわてて出発。これで、中ノ岳の企みはあえなくチョン。和田小屋は、2年前まで毎年仲間の親戚の家がこの近くの田代スキー場の麓の二居にあり、温泉付きのその家にお世話になりスキー合宿していて、田代スキー場から神楽スキー場まで遠征してくるとこの小屋に出くわしていたので、お馴染み。それより、今から31年前にこの山に登ったが、その時は未だスキー場もなく、麓の部落から1時間かけて登ってきてこの小屋の前を通っているが、今のような立派なものではなく、時の移ろいをしみじみ感じた次第。小屋まで車で入れるのだから助かる。
到着すると、少し晴れ間ものぞいてきた。これはいける。即決行と決定し、8:00出発。眼前には、前山になっている神楽ヶ峰のかっこよい三角形がそびえている。スキー場のゲレンデから林の中に入る。けっこうブナがある。道は夜来の雨で最悪、小川の中を歩くって感じ。林の中を登っていくと、下の芝、中の芝、上の芝と湿原崩れの芝の原がオアシスのようにあり視界が開ける。見下ろすと田代スキー場のゴンドラの駅、点々と神楽のスキー場にまで繋がるリフト、そして冬見ると結氷していて小さく見えていた田代湖が、紺壁の水をたたえて大きく広がっている。その向こうには、上越の山に抱かれた我がスキーデビューの地の苗場スキー場も小さく見下せる。対面には、頂上がたおやかな平漂山と、その奥に二百名山の仙ノ倉山が見通せる。
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やがて、神楽スキー場の最高地点のリフト降り場を見送ると神楽ヶ峰頂上。頂上から100mの下り。折角登ってきたのに、下ってまた登らねばならないのがもったいないって感じ。下り切った所に昏々と湧き出ている水場。これが実に旨い。水の近くに、どういう訳かペットボトルが沢山置いてある。後で分かったことだが、苗場の頂上の小屋は水が少ないので頂上に登る人はこのボトルに詰めて運んで欲しいということで置いてあるのだ。それならばそれでちゃんとそう書いてあれば運ぶ余力は十分あったんだが、知らぬが仏で運び上げなかった。水場から下の鞍部は大花畑。色んな花が結構咲いていて楽しい。花もそこそこに、頂上を目指す。 |
急に出て来たガスの中、急登を登り切るとパッと湿原が現れる。池塘が一面に広がる。ワタスゲがとても多いが、その下は細い緑の草。この草が遠くから見ると稲の苗のように見えるので、苗場という山名が付いたそうだ。その草の中に木道が延びており、その上を歩く。しかし、昔登った時は尾瀬の池塘のようにもっともっと水が多かったような印象があるが、気のせいかとても乾いた草原に所々池があるって感じで、大分違う。やがて、林に入って小屋が現れ、11:50頂上。
登山してきた人が、先程の水場で汲んできた水の入ったペットボトルを番人に渡している。池塘に戻るが、ガスのため周囲の山はさっぱり見えない。残念だが、大雨警報下何事もなく登ってこれたのを良しとしなきゃあ。前に登った時は、この辺りで洞窟を覗いてヒカリゴケの淡い光を見た記憶があるが、どこにも案内もなく良く分からない。一向にガスが晴れないので諦めて下り始めると、水場の辺りから降り出す。同じ降るなら神楽ヶ峰の頂上まで登ってからの方が暑くなくっていいのにと思いながら、雨衣を被る。一目算に登ってきた道を下って、16:10雨の上がった和田小屋着。小屋から車を飛ばして、宿にしている石打のマンションに戻った。警報下の登山にしては比較的順調だったのは、昨夜の納豆効果ということか?
7/18 巻機山 (1967m)
朝起床すると雨。天気予報も大雨警報。相変らず平野部は列車が不通なので駒は無理。雨中登るとすると苗場しか考えられない。3人の内の百名山完登の1人は早々とGive
Up、マンションで開かれる魚釣り大会に出席するという。もう1人もどうしようかと迷っている。どちらかというと、これも軟弱に魚釣りの方に傾いているよう。そもそも今回上越になったのは、彼の百名山を1日でも早く達成させるため。目標時期を定めてないなら未だしも、そうでないとすると晴れてなくてもやらないと達成出来ないよと諭すと、とりあえず登山口まで行って判断しようということになり、魚釣り組に車で清水の登山口まで送ってもらう。清水とは、あの清水トンネルの名前の由来の地だ。その昔、越後から上州・江戸を結ぶ三国街道の裏道である清水峠越の道の関所のあった所で、車道はここでストップ。国道は、苗場スキー場を迂回するコースを通っている。迎えを16:00と約束して、車は石打に戻る。
我々は、7:20スタート。沢コースと尾根コースがあるが、何しろ洪水警報下、迷うことなく尾根コースを選択。夜来の雨で道はドロドロ。それも、粘土質の泥に水が溜まり、道の状態は最悪。ガスで周りの眺望は効かない。ただひたすら、足元を気遣いながら登る。五合目辺りから見える対面の沢の流れは、滝のように音を立てて落ちているようで、とても激しい。あれが直接身に降ってきたら、ひとたまりもない。水の威力と、改めて暴風雨警報下の登山を実感する。やがて、頂上と思って着いた所が前山に当るニセ巻機山。ここから平坦な尾根となり、池塘が現れて避難小屋。登りのペースが早すぎたのか、このまま頂上に登ってもかなり時間が余る。天気が良ければ頂上でゆっくり昼寝も考えられるが、このガスじゃあ何も見えない上寒い。それなら、小屋でゆっくり時間稼ぎをすればもしかしたらその間にガスが開くかも知れないと、小1時間程休憩。
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しかし期待に反してガスが開かない中、頂上に向って急登。登山道が尾根に辿りついた丁字路に頂上の表示があるが、これは嘘。もし全く見えない程のガスだったら間違ってしまう。 そこから、小さな池塘もある草地の尾根を暫く行った所が頂上。11:50。以前に登ったのは秋の盛り。あの避難小屋辺りからこの頂上尾根まで全て草地が広がり、その草全体が真っ黄色に草紅葉、それは見事なものだった。しかし、今回はガス一色。 暫く待っても一向にガスは明きそうも無いので、諦めて下山。何も見えない中、ゆっくり下山。 |
登山口に着いたのは15:50だが、迎えの車はもう着いている。1時間も前に来て、昼寝をして待ったという。彼は、山から下りてきた人に「大っきいのと小っさいのとの2人連れを見かけなかったか?」と聞き、「いたいた、小屋から出てきて登っていった。しかしあの大っきい人は空身で、雨でも降ったらどうするんかねエ」なんて答えが返ってきたので、間違いないと安心して待っていたという。そう言えば、今回は荷物が少ないのでリュックを1つにまとめて2人分私が背負い、彼の雨衣も私が持っていたのでそんなやり取りになったものと大笑い。そこから石打まで車で取って返し、その夜は同じマンションに泊っている山に登らない山仲間とその友人の2夫婦と一緒の計7人で湯沢の料理屋に繰り出し、大いに気勢を上げた。その時節外れの大賑わいに、さぞかし雪国湯沢の駒子も大変驚いたことであろう。
翌日は朝から大雨。晴れたら二百名山の一つ位はと、八海山に登ろうと前夜に決めていたが、さすがダメ。納豆効果も2日が限度、3日は効かない。未練も無くスパッと諦めて、3人共々石打を引き上げたのであった。