「4人目の百名山」万歳!     瀬川 滋

 
 

 9/18    筑波山(876m、茨城、日本百名山)  

  我々の山のグループは登った山の頂上で「バンザイ」、山行中のどこかで「グルメ」をやるので「バングル山岳会」と称している。メンバーは約10人、この内3人は日本百名山を完登している。この度4人目が誕生し、普通の山行では味わえないバンザイと、祝賀パーティという究極のグルメが行われた。  

 栄えある百座目の山は、皆で登ってお祝い出来るところが良いことと東京から近くて比較的簡単に登れることから筑波山が、日にちは、皆が参加し易い9月の三連休真ん中、それも当人の65才の誕生日である9月18日が早くから選ばれていた。  

 当の本人、近年は年に6−7山のペースで制覇し、昨年暮の時点で87座であった。これでは例年のペースだとあと2年かかることになり、今年は無理かなって案じていた。特に単独行が苦手で、これまでも鹿児島出張途中に登った開門たった1座だという。しかし年初、本人は一念発起し、達成のためにはかなり単独をやるんだと覚悟していた。今年5月には皆でヒマラヤに行ったから、消化が始まったのは夏山シーズンに入った6月から。  

 6月に屋久島・宮之浦を含む九州の4座、7月に中ア・空木等2座、8月には南アの聖等4座、そして9月に入って北アの立山等2座と、難しい山を驚異的ペースで制覇していって、何とかリーチまで辿り着いたものである。当人の絶対やるんだという意思に、改めて敬意を称する次第である。しかも、年初の宣言と違って全く単独行無し。な・な・何と普段は高い山をやらない奥さんをも巻き込み、7座も同行させたというから大したもの。脱帽。  

 当日、早朝7時に総勢老若男女35名が丸の内に集合。我々山仲間の家族以外に、普段見慣れない面々もいる。全員バスに乗り込み、一路筑波神社へ。天気は快晴。何処にいても必ず山が見える関西と違って山の全く見渡せない関東平野とあって、茨城県に入った辺りから、やっと標高1000mにも満たない双耳峰の筑波山がくっきりと見えて来る。やがて、バスは神社に到着。連休の中日とあって、とても混んでいる。さあこれから登山だと気を引き締めると、何んと幼児もいるので今日はケーブルカーで登るという。

 私は13年振りだが、ケーブルはその時に登った鬱蒼とした樹林の道に沿って登っていく。やがて、男体山と女体山の鞍部にあって土産物屋が並び大賑わいの頂上駅に着く。ここから歩き。私は、登頂達成後の乾杯用の缶ビールやお茶約40本入ったリュックの担ぎ係。**:**スタート、まず男体山へ。頂上で展望を楽しむ間も無く引き返す。一般に男女揃った山の場合には男体山の方が高いのが通例だが、ここは女体山の方が高い。   

 駅から、その女体山に向かう。セキレイ石やガマ石といった奇石が目を楽しませてくれる。やがて**:**頂上。恒例により全員で万歳。「4人目の百名山男誕生」の瞬間とあって、今日の万歳は普段と違って力が入る。本人は全員から祝福されてクシャクシャ。奥さんが書いたという記念の幕を掲げて全員で万歳の記念撮影。頂上はかなり狭いので、少し広い所に場所を移して乾杯。荷物は結構重かったが、担ぎ甲斐もあろうというもの。  

 下り位は歩きと思いきや、都内で開かれる祝賀会に間に合わないからと今度はロープウェイに乗るという。何のことは無い、これでは山に登ったとは言えないではないか。識者から、百名山から筑波とか美ヶ原等のように俗化の激しい山を外して、選者深田久弥が惜しくも選に洩らしたと言っている山と入れ替えようかとの声が出ているのも肯ける。だが、今日は目出たい日、堅いことは言うまい。  

 筑波から再びバスに乗って、都内に向かう。高速までの一般道。未だ時間が早いので神社に向かう方向は大渋滞だが、こんな時間に帰る人もいないのだろう、逆方向は非常に空いていてスムーズ。バスは元来た道を引き返し、やがて祝宴の会場になっている天王洲アイルのヨットクラブに滑りこむ。  

 私の家内は、元々は山と祝賀会の両方共参加する予定だったのだが、急に所用が出来、祝賀会のみの参加に変更し、神戸から日帰りというこになっていた。朝神戸を発って、東京駅で東京に嫁いでいる古くからの友人と合い、その足でモノレールに乗って来るという段取りだったが、何しろ神戸生まれの神戸育ち、東京の土地勘には全く疎く、ちゃんと来れるかどうか心配していた。だが、案ずるより産むが易し、友人に送って貰って時間前には会場に到着。ヤレヤレ。  

 その祝賀会、参加者は本人が現役ということで勤務先のメンバーにも声をかけたこともあって山には登らなくて祝宴のみの人も多く、総勢百名弱の大パーティー。式次第は会長挨拶・認定証授与から始まって、乾杯、来賓挨拶、祝電披露からケーキに入刀まであり、その上に、演壇横のスクリーンには本人の過去の登頂の履歴をスライドショウで流す凝りよう。まるで、今風の結婚披露宴さながら。そう言えばいつも冗談を良く飛ばしている本人、今日に限って新郎のように緊張気味に見えたのは気のせいだろうか?  

 会のメンバーには既に85座前後制覇している者が3人おり、多分来年にはまた祝宴を開かないといけない。我々2人同時にやった時は八ヶ岳で、3人目の時は西吾妻だったので、参加者は会のメンバー夫婦が中心と限られたが、ここまで派手にやると次が大変だとヒソヒソ。尤も、感激という面では宴が余りに大きすぎると薄れてしまうという声もある。まあ、次の二人の場合は百番目の山をどこにするかで決まるということか・・・。  

 宴終了後、会のメンバー夫婦が残って二次会。そこでは、いつも顔を合わせている者ばかり。普段の打ち溶けた会話で、緊張も何もあったものでは無い。何かホッとした感じ。やがてお開きとなり、翌日自宅で用がある我々夫婦は、遅い新幹線に飛び乗った。今回の山行、大変おめでたいものではあったが、山としては全くつまらないものであった。
 
 
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