2006年に登った「日本二百名山」(その3)     瀬川 滋

 
 

 日本で最も豪雪地帯を走るといわれている飯山線沿いに、津南という駅がある。その 新潟県津南町 から南に中津川沿いに山中に分け入って 長野県栄村 に至るまでを、秋山郷と言う。平家の落人伝説もあり「平家の谷」とも呼ぶそうで、秘境中の秘境である。山に囲まれた温泉の宝庫で、上越線沿いの賑わいとは一味も二味も違った良さがあるという。この秋山郷の最奥に二百名山が2つある。かねて登ってみたいと思っていたが、何しろ交通の便が悪くなかなか機会が無かったが、この度思い切って入ってきた。  

 登山前日、十日町の宝峠に有数の棚田があるというので寄ってみた。十日町の市内からかなりはずれだったが、一番高い所から眺めると、思い思いの幾何学模様の畦がずっと下まで段状に広がった見事な田んぼが眺められた。秋の収穫を控え少し色づいてきたかなと思われる稲穂をたっぷり蓄えていて、今年は天候が不順だったとはいえ、夏に結構照ったのでこの分だったら豊作間違い無かろうと思った。それにしても、これだけの段々に耕作する農家の人の労力の大変さに恐れ入ると同時に、日本農業の生産性の低さの源を改めて感じ入った次第でもある。  

 津南から国道405号線に沿って南下する。舗装はしてあるものの国道とは名ばかり、クネクネ曲がり、時には一方通行の道を中津川に沿って上っていく。中津川といえば、先日登った白砂山の麓の野反湖が源、あそこから流れてきているのかと思うと感無量。川を渡る橋の下は、すごい峡谷になっていて絵になる。山間を走ったかと思うと小さな集落、そしてまた山道、この繰り返し。所々に温泉の看板。そして、今やどこに行っても目にするコンビニも全く見られない。これが秋山郷。未だ紅葉のシーズンには早いが、もう1.5ヶ月も先なら見事な錦繍が広がっているのだろう。  

 新潟県から長野県に入った辺りの道路標識には、前方野反湖、奥志賀高原方面とある。聞けば、野反湖には不通で行けないが、奥志賀にはこのまま通じているという。最初、どうしてもここが長野県という感覚が起こらなかったが納得。しかし、この辺りの人は特に用が無い限り奥志賀方面には行かず、町に出るのは殆ど津南・十日町方面で、東京に出るのも越後湯沢経由という。この秋山郷、道路が発達してなかった頃は殆ど都会との交流の無い閉ざされた部落で、もし町に出るとしても越える山が少ない長野方面に出ていたのだろうが、道路の整備が人の流れを新潟側に変えたんだろう。正に、住所は長野だが生活・文化圏は新潟ということだ。十日町から秋山郷の最奥の切明温泉までの約4時間の秘境中の秘境ドライブは味のあるものであった。


 
9/6  鳥甲山長野、 2038m .177   

 鳥甲山は秋山郷の屋敷温泉・和山温泉・切明温泉を抱いて羽を広げた怪鳥のような岩山で、全山ヤセ尾根の急登が連続する難しい山として知られている。両方の翼に登山コースを持つが、ガイドブックにはそのいずれのコースも点線の難賂になっている。しかし、秋山郷の秘境の響き、山麓の温泉群、そして岩山、これらがあいまって是非登りたいと満を持していた。かくして今回は、どうせ登るなら両翼制覇しようと、両登山口間6kmの林道歩きを覚悟して、奥の和山側から登り北側の屋敷に下ることとした。
 夜は、とんでもない豪雨。その雨も明け方上がり、ガスで曇ってはいたが、晴れを期待して登山口5:30発。ブナの急登を登っていくと、中津川に対峙して正面に、苗場山の頂上の尖がり無く一直線に長く緩い傾斜の頂部が見えてくる。6時過ぎには、その苗場山から御来光。一方、行く手には、丁度怪鳥の翼の頂部に当たる所にすごい岩峰。やがて露岩の急登となり、稜線に梯子や鎖がしてある。両手両足を三点確保で、慎重にこれを越える。本当に身が引き締まる。

 1500m地点まで登ると、木々は低くなる。空は晴れているが、頂上部は雲、低地はガスで、近くの展望はもう一つ。似たようなピークをいくつかこなすが、翼の外側には木があり、先程のような緊張は無い。  

 やがて白ーの頭。トウヒ、ダケカンバで囲まれた小平地。北方深い谷を挟んで翼の反対側、屋敷道の尾根には、不気味な程赤い岩稜で出来た赤ーがまるで牙をむいたかのようにそびえている。これを越える尾根道は、木と根曲がり松がびっちり。薮コキを考えるとゾッとするが、きっちり刈り込んでくれている。やがて、カミソリの刃の岩稜。両足足下はぐーんと深い谷。バランスを崩すと右左どちらかに転げ落ちそうになる所を慎重に進むが、そこ以外は難無く通過。

 やがて草付きの急登を越えると、怪鳥の首に当たる所が屋敷道との分岐。下の方のガスも開いてきて、下の和山温泉や遠くは津南の町も眺められる。また開けた小さな斜面にはアザミの群落が秋の到来を告げている。  

 やがて9:25頂上。昨夜の雨で道が相当荒れているのではないかと心配したが、岩道なので雨の影響は殆ど無く、またガイドブックで書かれていた程の難賂でも無く、あっという間に着いたって感じ。頂上は、シラビソに囲まれ展望は乏しいが、今まで翼に隠れて見えなかった裏の西側が見通せる。西南に大きな山と斜面がベルト状に草地になっているのが見える。最初は境界の防火帯かなとも思ったが、よく見るとどう見てもスキー場。方向と形からして、山は二百名山・岩菅山、スキー場は志賀高原の一之瀬ゲレンデかと思われる。そして、真西に見える山が斑尾山。いずれにしても、頂上に立ってここが長野県であることを実感できた。  

 下山は、分岐から反対側の屋敷道に入る。こちらの道は草付きで歩き易い。途中赤ーを通過するが、崖の反対側には木がありどうってことは無い。ただ「のぞき」と言ってその段崖を覗ける所があるが、ただ急峻な崖というだけで無く、岩肌が赤茶色なのでとても不気味。木の端くれにつかまらないと、とてもまともには覗けない。そこを過ぎると、どうってこと無い道をダラダラ下るのみ。ところが、1時間強歩いて地図に下降点とある所を過ぎると、一直線の下り。それも半端な下りでは無い。とても急なのと、沢のガレをそのまま登山道にしていて岩がゴロゴロ。歩き難いったらありゃしない。屋敷の登山口に着いたのが14:50。  

 
 ここからがつらい林道歩き。6km歩く間には車の1台や2台通るのではないか、もし通ったらヒッチしようと思うのだが、あいにく全く通らない。その代わりに、頭をもたげた小さい蛇がこちらを向いている。石を投げると、それに向って口を開けて飛んでくる。山上でも蛇を見かけたが、靴音だけで草むらに逃げていった。これは、どうもマムシの子らしい。林道で見通しがきいたから避けられたものの、もし山道だったらと思うとゾッとする。

 和山の登山口から、車で切明温泉に下る。ここで入浴。内湯で汗を流した後、露天風呂に。下に見える川原では掘れば温泉が出るということで、スコップ片手に穴を掘っている若者がワイワイ騒いでいる。これが秋山郷最奥の野趣満点の風情というものだ。


 
9/7  佐武流山(長野・新潟、2192m .178   

 佐武流山は、苗場山と白砂山に挟まれた谷川岳を含めた上越国境山綾の最高峰である。以前は、苗場山から縦走するか白砂山から縦走するしかルートが無く、それも登山道が無かったので、積雪期にしか入れなかった。それが、白砂山からは今でも強度の薮コキを強いられるが、近年になって苗場からの縦走路と切明温泉からの登山道も整備され、日帰り登山も可能になった。日帰りとは言っても、秋山郷最奥からの登らねばならず、それもかなり長い行程なので、訪れる人は今でも少ない寂峰であると言えよう。この山の名前のサブはサビに通じ、その昔、麓の佐武流沢に製鉄所があったことから付けられたというが、「こんな山奥で本当?」ってとても興味があった。  

 昨年この山の登山口に通じる林道が崩れ、今は、山越えで一旦別の林道に出てから入る別のコースが開発されている。その新しい登山口を出発したのが5:20。1時間強の山越えの林道歩きをすると、檜俣川に下る降下の標識。

 そこから急坂を下ると沢。ここには橋がかかっていない。見れば、先人が登山靴を沢用の足袋に履き変え、張ってあるロープを頼りに渡渉をしている。HPによれば登山靴の甲位浸かれば渡れるとあったが、一昨日の豪雨で水嵩が増えたのであろう。足袋を持ってこなかったので、最悪裸足で渡るかと覚悟を決める。しかし、水温は予想以上に冷たくて、渡り切れるかなと思案。思いあぐねて見渡すと、案の定少し上流が淵になっており、石は大きいもののかなり狭くなっているので何とか飛び越えられそう。若干不安はあったが、挑戦すると何とか成功。足袋を登山靴に履き直している先人もびっくり表情。
 沢から本格的登山道。展望の無い中をただひたすら登る。物見平という所まで登ると、すぐ目の前が苗場の南端。西側から見ても一直線だが、この南側からも直線。頂部が四角で、平な特異な山ということが良く理解出来る。そして、その西奥に昨日登った鳥甲の怪鳥が羽を広げている。赤ーの赤い岩が不気味。この辺り、とにかく笹が多い。刈り込んであって道がはっきりしているからいいものの、これを薮コキすると思うとゾッとする。  
 やがてワルサ峰、ここだけどうした訳か、檜で無くて「あすなろの木」が数本生えていて、その枝の白い色具合が何とも言えない。高度が高くなっているので、苗場の広い平らな頂上部全体が俯瞰出来る。こんな高い所によくぞ台地が出来たものだ。そして正面には、佐武流の頂上がガスの間に隠れている。

 急だった道はやや緩やかになるが、根曲がり竹の茎が行く手をはばむ。やがて、苗場山から続く国境稜線と合流する西赤沢源頭。ここから北側を見下ろすと、本当に静かな深山の源頭の趣。こんな山奥の沢に製鉄所があったなんて、とても考えられない。  

 やがてダラダラ道。もう着くかもう着くかの小さなアップダウンの繰り返しで頂上。10:40。始めに林道歩きがあった分、疲れがきつい。そのためか、いつもそんなにお茶を飲まないのに、今日は飲んだ。ガスであまり展望はきかない。ここで昼食。またお茶を飲んでしまって、下の沢まで持つか心配。苗場から続く稜線のこの頂上から先の白砂への道を見ても、薮になっていて踏み跡の気配も無い。暫く休憩し、渡渉地点で追い抜いたグループの到着を待って出発。  

 下りは、元来た道を淡々と引き返す。西側眼前に岩菅山が意外に大きく見え、その横に奥志賀のスキー場も見える。ワルサ峰、物見平を通過し、展望の利かない山道を下り切れば渡渉地点。ボトルのお茶も空っぽになっていたので、思い切り水を飲む。再度淵を飛び越え、林道を歩き返して登山口に15:20着。帰りの時間が迫るので、休む間も無く車を飛ばす。本当はもう1日秋山郷でゆっくりしたかったが、そうもいかない。越後湯沢の駅までひた走り、レンタカーを返却して帰途に着いた。  

 今日の佐武流山といい昨日の鳥甲山といい、ブームになってとても賑わっている日本百名山とは違って、秋山郷という奥深い懐に抱かれた信越国境に静かに佇む山で、久し振りに山らしい山に入った、とても満ち足りた山行であった。秋の紅葉の盛りに訪れたらもっと興が湧いたのだろうが、また来ようたってなかなか来れないのが残念である。


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