初の雪山シール登山 瀬川 滋
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昨年暮に新しく揃えた山スキーセット一式、1月に但馬の戸倉スキー場に行った時にリフトの終点から前山の頂上までテスト登山して以来、いつ本格的に登山しようかと機会を狙っていた。先月4日の毛無山は、傾斜が急なのと樹木が多いので不可だった。続く16−7日には、以前から東の山仲間と志賀高原・熊の湯でスキーする計画があった。その時も、横手山にでも登って山スキーをと目論んでいたところが、その日に急用が入り参加不可となってしまった。
そんな時に、西の仲間から18日に大山連山の矢筈山に雪山登山の計画があるという連絡。丁度いいと、用事を済ませて夕方、人形峠近くの山小屋に入った。小屋で大宴会の翌朝、車で登山口まで出かけたが、山陰の奥深い山のこと例年なら深雪のはずが頂きは白いものの登山口には雪は無く、おまけにあまり天気が良くなかったので、あきらめて温泉と日本海の魚を堪能して引き返した。そんなことで、最も雪の多い2月には使えないままになっていた。
3/2 入笠山(長野、1995m)
3月には早々に、東の仲間と八方にスキーに行く予定が入っていた。2日に富士見で集合して、3−4日八方に入る計画。長野は山陰と違って標高が高いので、山に登れば必ず雪があるはず。この時が山スキーの最後のチャンスとばかりに、スキーに便乗して、富士見で入笠山に、八方で八方尾根に登ることにした。
2日集合のところを、前日に山スキーセット一式を担いで入り、夜は地元に住んでいる仲間と宴会。翌2日、近くの富士見パノラマスキー場に出掛け、標高1780mまで文明の利器ゴンドラを使って登る。昭和40年代には歩いて登ったのだから楽チン。午前中は、上でスキーを滑降モードにしてゲレンデスキーを堪能。
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そして昼食後、皆はスキーを続けたが、私のみスキーをかついで12:30スタート。小高い山を巻くようにして狭い樹林の下を進むと、15分程で明るく開けた入笠湿原に。湿原といっても今は一面の雪の平原で、人っ子1人いない。ここでスキーと靴を歩行モードにし、スキーにシールを着ける。シールはその昔はアザラシの皮だったのが、今は捕獲禁止でナイロン製品に代っていて、それにマジックテープの糊のようなのが付いていて、スキーに貼り付けるようになっている。 |
平らな湿原を過ぎると、林道への上り。シールの効果抜群でかなり急な勾配でも問題なく真っ直ぐ登れる。林道に沿っての登山道は多少のアップダウンがあるが、緩い下りでもシールが適当にブレーキになって真っ直ぐでも難なく歩ける。暫く歩くと広い平原状の開けた上り斜面、夏には高山植物が咲き乱れるお花畑になる所だ。もう少し進んで尾根道を上れば近道だが、開けた明るさに惹かれこの斜面を登る。全く違和感無く真っ直ぐ登れる。しかし、頂上直前の樹林帯の急登は悪戦苦闘。斜面が急すぎて直登してもシールが利かず、後滑りしてしまう。仕方が無いので、斜面を斜めに歩く。樹林が密なのでスキーが幹や枝に引っかかるし、ターンしようとしてもスキーが踵から離れているので、思うように扱えずターン出来ない。
悪戦苦闘してやっと、真っ平に白銀が広がる頂上に14:00に辿り着く。誰もいないが、360度の展望は抜群。すぐ東側の眼前にその歯をむき出しにした鋸、その奥に荒々しい甲斐駒。その北には富士、北には八ツ、そして西には北から北ア、乗鞍・御岳そして南アと続く。真冬というのに春のように霞がかかっているのが惜しい。ここでシールを外し、靴・スキーをスキーモードに変えて、スキーで下る。最初の樹林の中は思うように滑れないが、上りよりは遥かに楽。お花畑に出ると格好のゲレンデ。開けているのでターンも楽。一気に滑り下りる。林道を歩くように滑ると湿原。ここから少し登りになるが、道は踏まれていてツボ足でも難無く歩けるのでここでスキーを脱ぐ。
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スキーを担ぎ、歩いてゴンドラ駅に到着したのが15:10。この最後の歩きがとてもきつかった。そこで仲間と合流し、この日東京から到着した数人を加えて都合9名で夜の宴会に臨んだ。明日の岩岳スキー合宿に向けた決起会だったのだが、私から本日のスキー登山の結果を披露したのは言うまでも無い。その後は、今回の登山は樹林の中の上り下りがあり、これが相当こたえていたので、宴会途中でバッタンキュウ。それにしても、スキー登山は普通のスノウシュウ登山よりも遥かにしんどいということが良く分った。
3/3
八方池(長野、2120m)
翌日、皆で白馬岩岳スキー場に向う。ゆっくりスタートしたので着いたのは昼前。もう、白馬の山肌に代馬の姿が出来始めている。3月末に来ることが多く、その時に見られるのが例年という感覚に照らすと約1月早い。岩岳スキー場に到着しても、ゲレンデの下の方は黒い地肌が見えており、スキーヤーはそれを避けながら滑っている。今年の暖冬振りがこの辺りからも伺える。宿で荷を降ろして小休止の後、岩岳で滑るのをあきらめて八方ゲレンデに向う。八方尾根は、昭和50年代に関西の職場の仲間と中腹にある黒菱の住友小屋をベースに良くスキーしたが、その後はあまり来なかったので本当に久し振りだ。
ゴンドラは混んでいるということで、当時は無かった国際ゲレンデを上る。長いリフトを2本乗り継ぎで兎平に辿り着き、滑り降りたヒュッテで昼食。最近の八方は昔と違って空いていると聞いていたのに、結構な混みよう。聞けば、今年の暖冬で新潟県のあちこちのゲレンデが軒並み閉鎖していて、スキー客がここか志賀高原に集中するからだという。ここにも暖冬の影響が現れている。
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食後、リフトを乗り継いで黒菱へ。黒菱の小屋は昔は登山・スキーの中継基地として宿泊出来たのに、今ではカフェテラスと名を変えて休憩しか出来なくなっている。さらには、住友の小屋も跡形も無く消えてしまっている。長らくの不況でグループの協賛金が集まらず閉鎖になったのだろうか、この辺りにも時代の変遷を感じつつ、終点の八方山荘までリフトで登る。標高1850m。すぐ眼前に第一ケルンが見え、五竜・鹿島槍が大きく聳えている。ここでシールを履き、仲間と別れて登山開始したのが12:10。 |
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尾根の背は沢山の人が歩いていて、ツボ足でも登れる位踏まれているので、その上をシール登山しても面白く無い。そこで、斜面を斜めに横歩きで登る。エッジが利いて快調。しかし、傾斜が急になってくると、斜滑降で滑り降りるには快適そうだが、登りとなると踵が固定していない分エッジの利きが悪く、うっかりすると斜面を滑落してしまいそう。これはまずいと、真っ直ぐ歩ける尾根の背まで登って歩く。急斜面をやり過ごすと、平らな斜面。楽に第二・第三のケルンを通過。 |
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斜面で視界の利かない急登を登り切ると、眼前にパっと唐松、険しい不帰の剣、そして白馬三山が広がる。ここまで来ると、唐松も高さは感じさせない。すぐ下には、夏なら青々した水を湛えているであろう氷結した八方池が。時に14:25。写真ツアーの団体が三々五々カメラを構えている。全く樹木が無いので格好の撮影地ということか。ここから唐松まで登るには時間が足らないので、Uターンすることとして、シールを外す。 |
下りは快調。ただ、結構くたびれていて、思うようにターン出来ない。滑落してはまずいので、慎重に滑り下りる。黒菱から兎、国際を滑り下りて待合せのロッジに。着くと、仲間が飛んで出てくる。聞けば、分かれてすぐに仲間の1人が怪我をして救急車で病院に運ばれたとか。大急ぎで下山して、合流。幸いなことに大したことは無く、多少ぎこちないにせよ1人で歩ける状態。ヤレヤレ。夜は、彼の怪我と私のシール登山を肴に恒例の大宴会。
翌日は、怪我をした彼を残して国際ゲレンデでスキー。滑り終えると、かなり肩が痛い。これは、ストックが山用だったので、長さは調整したもののゲレンデ用よりかなり重く、それが原因らしい。それにしても、今回の山スキーでは色々と勉強させて貰った。来年の糧としたい。しかし、来シーズンも今年のように少雪だったら猫に小判。地球温暖化が少しでも止まることを祈るのみである。