2007年に登った「日本二百名山」(その2) 瀬川 滋
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10/12 安平路山 (長野県、2363m) No.183
安平路山は、中央アルプスの最南端にある恵那山と南木曽ガ岳の間にある山である。木曽駒ヶ岳から続く中央アルプスはこの山の南で一旦峠道まで下り、それからまた恵那山に上っている。そういう意味で、人車の入らない中ア高山の山脈最南端はこの山とそのすぐ南にある摺古木山ということが出来る。中央西線からにしろ飯田線からにしろ、アクセスの悪いので有名で、車を使うしか手が無い山である。車でならこの山は自宅から行ける範囲、さりながら、「林道が非常に荒れていて、とても普通の車では入れない」とどのガイドブックを見ても書いてあって、なかなか登れなかった。
この10月の13・14日、蓼科で我々の山仲間の集まりが計画されていた。折りよく、12日も空いている。そこで、普段は列車で行く所を車に変えて、是非挑戦したいと考えた。早速この山の登山記録をインターネットで見てみると、道がダートで林道の最後7kmを歩いたとか、4WD・RV車でも運転にとても気を使ったと書いてある。ダメかと一旦は諦めた。それが偶々ある記事を見ていると、その筆者は歩いたのだが、林道終点まで来ると、狭い広場に車が数台止まっており、それを見てジダンダ踏んだとある。おまけに、そこの写真が載っていて、止まっている車の内の1台がセダンだった。我が家の車は二駆のセダンだが、無理をすれば何とかなるのではないかと、挑戦することとした。
前日早寝をして、朝3時に起き出す。朝4時までに高速に入れば、高速料金が3割安くなるというから、3時半に出発。山陽・名神・中央高速を飛ばし中津川ICから一般道を南木曽に出、R256に入って妻籠から大平街道を走る。岐阜・長野県境に当る大平峠から安平路山に向かう林道があるものと思っていたが、それらしい道がなかなか見当らない。やむを得ずそのまま伊那谷に向かって下って行くと、家々に屋号の表札のかかった昔の宿場の雰囲気の家並が現れる。大平宿との表示がある。
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そこの標識に従って林道に入る。最初は、どうってことない舗装された普通の道。やがて舗装が切れて暫く進むと、道路にロープの通せんぼがしてあって進入禁止の標識。ここから歩くとなると、片道約1.5時間。良く見ると、ロープがかなり高い所に張ってある。「さてはこのロープを潜って車が入っているな。えいままよ、何か起こったら自己責任だ」と、そのまま突き進む。しかし道はガタガタでひどいもの。大雨にえぐられた溝があちこちに広がる。車の底を擦らないようにチェンジをオートマからマニュアルに切替えて、ロウでゆっくり走る。時速は10km以下。 |
おまけに道が結構な上りなので、時々スリップして前に進めなくなる。そうなると、車をバックさせて、少し勢いをつけて切り抜ける。大雨の後だったら大変だろう。やがて、山小屋が見えてくる。駐車場のある自然休憩舎だ。やっと終点だとほっとする。小屋の前にはRV車が1台止まっている。あのロープを潜った人が他にもいるんだと思うと、いささか罪の意識も軽くなる。
登山道には結構笹藪が多いというので、普段は持たないストックを持ち、熊除けの鈴を付けて小屋を9:20出発。所々少し色付いている山を眺めながら、しっかり踏み跡のある道を登っていく。雪の重みでだろう幹だけ太くくねっと曲がった背の低いツゲの木の下に、シャクナゲの濃い緑の取り合わせが美しい。ハイマツもある。やがて、白ビソの樹林に変わる。
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その樹林がパッと開け、中央アルプス南部の山々が顔を出す。今まで視界が遮られていただけに感激。しかし、期待していた御岳は頭に雲を抱き、裾野だけしか見えない。少し進むと摺古木山頂上。もう2100mを越えている。ここからも、中アの木曽駒・空木・南駒・越百のどっしりとした山容が手に取るように美しい。目指す縦走路に目をやると、全く紅葉の気配も無く緑一色。安平路山は、眼前にある白ビソ山に遮られて全く見えない。 |
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その縦走路に入ると、道は一変。笹が、腰から胸にまで達する程生い茂っている。先程山が緑だったのはこの笹だったのだ。下草はちゃんと刈られているのだが、あまりにも笹が生い茂っているので、道は全く見えない。ただ要所要所に、疎に生えている木々の枝に目印として赤や黄色のテープや布のマークが括りつけてある。それを頼りに、多分道はこちらだろうと勘を働かせて見当で進む。道を外すと、足元の歩きの抵抗が大きくなる。すると別の抵抗の少ない方向に歩みを変えるという具合にして進む。 |
ただ、獣道に入り込むと、そこは抵抗が少ないので間違えたことに気付かず進んでしまう。この場合いくら歩いてもマークに出合わない。そうなると、おかしいなと最後に見たマークまで引き返す。従って、最後に確認したマークの位置だけはちゃんと覚えておかないととんでもないことになる。慎重に慎重に歩く。今日は晴れていて前方がしっかり見えるから未だいいが、ガスでも出ていようものなら見通しが効かず大変。遭難にもつながるので始末が悪い。
暫く進むと人の声。白ビソの頂上で夫婦2人が休憩していた。聞けば昨日横浜から来て、昨夜は麓の小屋に泊まって今朝出発。安平路からの帰路という。お互いの第一声は「この山は、笹が大変ですねえ」。ここから先は未だましというからホッとする。「あの車の方ですね」との問いに、「歩くと往復3時間程。とても大変なので自己責任で入りました」との答。いずこも考えることは変わらない。そこから暫く少しはましになった笹を分けて下っていくと、眼前にパッと安平路山がたおやかな姿をして顔を出す。その後に、もう少し高く越百山が覗いている。所々色付いた緑の山の山裾に赤い屋根の避難小屋が大きなアクセントになっていて、美しい。
やがて、笹が低くなると急登。全く視界が効かない中を登り切ると、12:50安平路山頂上。回りを白ビソの木々に囲まれ、そこに頂上と書かれた、それもしっかりと読まないと読み取れない標識が無ければ、ついうっかりと行き過ぎてしまいそうな程地味な頂上。百名山では考えられない。人っ子1人いない。静寂の極み。暫く休憩して、元来た道を下山。時々獣道に迷いこみながらも、慎重に進む。笹の下に石ころ、倒木、木の根が転がっていても、段差があっても、全く分からない。上りの時はけつまづく程度で問題無かったが、下りでは差し出した足に重心がかかるので、石や木の上に乗っかった途端に滑って転んでしまう。何度か転び、膝の回りは傷だらけ。
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何とか摺古木山まで辿り付き、下りは直登コースを取る。道がしっかりしていてとても楽。ここから下は樹相が変わり、ドウダンツツジが多くなって、紅葉していてとてもきれい。今まで緑一色だったので、道が良くなったことと合わせて心が和む。行く手には、ゆったりとした恵那山が控えている。やがて15:40登山口着。予定よりかなり早く着く。元々の計画ではここの休憩舎に泊まる予定だったが、明日は土曜日。多分早朝に上ってくる人がいるだろうからと、あの大変な道での車のすれ違いが気になる。そこで、未だ明るいので今夜は大平宿まで下ってしまおうと早々に出発。 |
ところが、下りがまた大変。ギヤを上り同様マニュアルのロウに入れて、ゆっくりゆっくり転がす。やがて、進入禁止地点まで来る。ここからも暫くはゆっくり走ると、後は快適。大平宿に。
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聞けばそこは、昔は伊那と木曽を結ぶ街道が通っており、宿場町は旅人で大変賑わい、その後この街道が国道となり車が盛んに行き交ったという。ところが、少し低い所に南木曽から飯田に通ずる国道R256が出来て、この道は県道に格下げられ、車の往来がぱったり途絶える。すると、冬の除雪が大変だということで県から廃村命令が出て、昭和45年住民全員が泣く泣く棄村したという。そのため今は住む人はいないが、宿場を守ろうとボランティアの人が「大平宿を残す会」というのを作って、皆で家々の手入れをし、昔の宿場の雰囲気を守っている。この会、出来てもう35年経つというから頭が下がる。下の木曽路の宿場とは一味も二味も違う。 |
10/13
入笠山(長野、1995m)
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今日の蓼科集合は15時。時間があるので高速を使わず、伊那路をゆっくり走る。高速や国道は天竜川の西を走っているが、出来るだけ中アが良く見えるようにと東側を走る。途中コスモスが一面に咲いている所があり、木曽駒をバックに花がとても映える。高遠の入口の板山という所まで来ると、中央構造線が露出している所があるという表示があったので寄ってみる。崖の左側と右側で地層が全く違う。その旨が書いてあるので分かるが、ただ通り過ぎるだけだったら全く分からない。これが四国まで続いているかと思うと、気が遠くなる。 |
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高遠から山道に入る。くねくね曲がった道を登り詰めた所が入笠登山口。この冬に、山スキーを履いて富士見パノラマスキー場から登ってきた所だ。あの時の白銀の世界が嘘のよう。30分弱で頂上。360度の眺望。北に八つ、東に甲斐駒・鋸・仙丈がすぐ眼前に、そして富士山もうっすらと見える。西に中ア全山が、そして昨日見えなかった御岳・乗鞍もばっちり。その北に北アが、槍穂もはっきり見える。しかし少し靄がかかり、冬のバッチリ景色とは少し赴きが異なる。でもこの時期、これだけ見えて満足。寄った甲斐があったというものだ。 |