「松坂選手の事件」報道に思う 辻 淳二
政治の世界では「もううんざり」の首相の失言と「情けない」としか言いようのない官房長官(当時)の私的スキャンダルが話題の中心にあって、この国の低迷を色濃く映し出している。それを象徴するように、上場企業の業績回復には目もくれない感じで下降を続け、年初来の安値に突っ込んでいる。せめてスポーツの世界で「救い」をと思いたくなるが、成長著しいのはサッカーくらいで、芳しくない話題の方がメディアを賑わしている。
そうなると、その手の話題の中にも明るさを見出していかないと「やってられないよ!」という気分になってしまう。そう考えた時に、「これは、そういう見方もできるな」と思い当たったのは、近年“好感度男性”の位置を占めて来た西武・松坂選手と、彼のエスコート役でかつ往年のアイススケートのスター選手・黒岩氏が起こした「無免許運転&駐車違反虚偽出頭」事件だった。それは、この事件が以下のような連想を齎してくれたからである。
第一に、世の中まだ捨てたものでなくて「天網恢恢・・」、俗に言えば「悪いことはできないようになっている!」と感じたこと。二人とも、「無免許の上に違法駐車」とか「バレたら社会的影響がハンパではすまない人物を庇う」とか、露見して頭を冷やされて見れば「何たる思慮の浅いことをしてしまったことか!」と“ただひたすら、恥じ入るしかない”罪を犯していた。だから、それをやったということは、それぞれに「あれがバレるなんて予想すらしていなかった」のだろう。ところが、その「まさか!」が絵に描いたように現実に起こってしまった、「だから世の中怖い/面白い」というのがあの事件ではなかっただろうか。
第二に、「人間とは、失敗を繰り返しながら生きて行くもの」ということを分かりやすく見せてくれたこと。この件にはもう一人、“当事者”に準ずる立場で「地団太を踏む思い」の人がいた筈だ。西武球団のオーナーで、経営者としても百戦錬磨の堤義明氏である。氏は、氏自身が清原選手(現・巨人)の人間教育に失敗したとの思いから、松坂君にコ―チ役として同じスポーツマンで周囲(マスメディアやファン等)の過剰反応に振り回された体験もある黒岩氏を付けたと言われている。これで、「今度はバッチリ手を打ったから大丈夫」と確信していたことだろう。ところが、このコンビが共にズッコケてしまったのだから、「この年までいろいろ体験してきた筈なのに、また失敗してしまった。うまくいかないもんだねえ」との苦い思いは深いことだろう。
第三に、「コメディー的なおかしさ」を感じること。上記のような“大物役者が雁首揃えて”何とも他愛のなくドタバタ劇を見せてくれたのだから、“怒りながら笑いを噛み殺す”感じになってしまった。
第四に、「“我が身に照らす”身近さ」もあったこと。私の場合、松坂君のようにもてることはないし、堤氏のような影響力の大きい位置にはいないしということで、この2人に関しては“照らすこと自体が無意味”という感じである。ただ、黒岩氏に関しては、自分も“体育会”気質を引きずっているから、「もし同じ立場に居たら、同じ失敗をやらかしたかも・・」との危惧なしとしない。つまり、今後もし“黒岩氏”役で動くことがあれば(本件のように耳目を集めることはないとしても、類似のシーンは世の中にそこそこある訳だから)、「今回の黒岩氏のことを思い出し、あらかじめ“堤氏”役の人との間で行動規準を話し合って置くなどして、失敗しないようにしよう」と気付かされたのは収穫だったということになる。
第五に、多くの人に「教訓的なメッセージ」を発信しているように思えること。「あの人たちでさえ、こんな格好悪い失敗をやるんだ」と思えば、我々庶民が「自分の小さな失敗で落ち込む」ことを避けられよう。また、彼らが、特に若い松坂君が、これをバネに人間としてズシッと頼もしくなった姿を来期にマウンド等で見せてくれれば、「これからの重ったるい世の中、失敗をしながらそれをプラスバネにしていくのでいいんだ」との強いメッセージを齎すことになるだろう。
最後に、この件は「後腐れが少ない」と感じられること。各当事者は「未熟だったという思いを誰よりも“臓腑に沁みて”感じ」た筈だし、「今後の振る舞いを潔くすれば、この失敗がfatalにはならない」、むしろプラスバネに転じられる可能性が高いと見た。
このように、この件には上のような思考をさせてくれる要素がうまくブレンドされていて、“お茶の間や飲み席に諸々のメッセージを送った功績”があったと思うのだが、いかがだろうか。 [2000.10.28]