「食の安全」               黒木 靖生

 

 10月19日(土)、20日(日)の両日、NHK・TVが夜のゴールデンタイムに「どうする食の安全」というタイトルで特集番組を放映していました。この番組は、「食の安全」にかかわる諸問題についてNHKが問題を提起し、それに識者(評論家、農水省、厚労省)がコメントを加え、また会場の約100人ほどの視聴者がアンケートに押しボタンやインタビューで答えるといったものでした。私は番組の全てを見たのではありませんが、20日の番組の興味あるシーンをご紹介します。  

 国内産牛肉でBSEが発見された時、出荷前にBSEの全数検査を行うとの政府の方針が出されたのですが、同時に、全数検査前に出荷された牛肉を政府が買い上げる方針も出されました。後日、この買い上げ制度を悪用した会社が何社か摘発されたことは、ご承知のとおりです。
 この買い上げ制度が議論された時、「牛肉に屠殺証明書を付けさせなければ外国産の牛肉とか古い牛肉を申請する業者が必ず出ると、自分が会議で警告したにもかかわらず、政府は安易な方法を選んだ」と発言した牛肉小売業組合の役員の人がいました。この発言に対して、評論家の内橋克人氏も「政府は業界に都合のよいことは直ちに決め、国民のためになることは中々決めない」と政府を非難していました。
 これに対して、農水省の人(女性)は、調査の結果、屠殺証明書が請求された実績(恐らく屠殺証明書は正常時は必要ではなかったと思われます)は10%以下であったので、そういう政策は取れなかったことを説明していました。
 

 この件に関する私の意見は、次のとおりです。

(1) もし、牛肉の買い上げに屠殺証明書の添付を義務付けた場合、BSEの検査を受けていない牛肉の約90%は、(業界内の人が不正は必ず起こると警告を発している業界の体質からすれば)何らかの形で市場に出る危険性があります。

(2) 「BSEの検査を受けていない牛肉は1片たりとも市場に出さない」ということを大目標にした場合、私は、多少悪用される恐れはあっても、買い上げ制度は正解であったと思います。

(3) このケースで非難されるべきは、買い上げ制度を悪用した幾つかの企業であって、政府(農水省)ではないと思います。牛肉小売業組合の役員の人や内橋克人氏の政府非難は「全くのお門違い」です。  

 また、国産牛の流通ルートを追跡するために「固体識別番号(10桁)」を導入したことに関し、フランスは小売りの段階まで固体識別番号を表示することを義務付けているのに日本は卸しの段階までしか義務付けていないことをNHKが紹介し、それに対しても評論家諸氏から農水省に対して非難の声が上がりました。これに対して、農水省の人は零細小売業者にそのことを義務付けるのは、パソコンやプリンタの導入費用の面から躊躇していると説明していました。
 これに対し、会場にいた国産牛の生産者(複数)が、とにかく安全性が証明されることは何でもやる(それだけ切羽詰まっている)ので早くルール化してほしいと農水省を督促し、ここでも政府(農水省)が悪者になっていました。
 

 この件に関する私の意見は、次のとおりです。

(1) 国産牛の「固体識別番号(10桁)」を小売店で表示する意味は無いと思います。消費者が小売店の店頭で、パソコンに「固体識別番号」を入力し、そこに表示される「生産者名」や「食べた飼料の履歴」を見て、その肉が安全か否かを判断できるでしょうか。

(2) もし、人間がBSEに感染した場合、その症状は、原因となる牛肉を食べてかなり後になって出ます。そのBSE感染の原因となった牛肉を特定しようとする場合、消費者は食した牛肉の「固体識別番号」を全て保管し、また屠殺場も屠殺した牛の「検体」を「固体識別番号」と共に永久に保存しておく必要があります。このようなことが現実にできるでしょうか。

(3) BSEに関して言えば、屠殺した段階で厳重な検査を行い、疑いのあるものは市場には出さないように徹底してもらうのが一番だと思います。この検査の時にBSEと判定された牛の履歴を調査するために、生産者に、その牛がどの親から生まれ、どの農場で、どのような飼料を食べて育ったかを正確に記録しておくことを義務付ける(それを担保するために定期的に農水省に提出してもらう)ことは必須です。この時には「固体識別番号」は必要です。

(4) また、BSEは、肉牛の飼料に含まれる脳の病気の羊などの骨粉が原因との説が有力ですから、飼料(特に輸入飼料)の検査も重要と思います。  

 どうも、評論家諸氏は「政府を非難しておけば大衆受けして安全だ」と思っているようで、全くウンザリします。  

 NHK・TVの番組を見ていますと、今後、「説明責任」の名の下に全ての生産活動を記録に残し、それを求める人に開示しなければならなくなりそうです(リンゴやホウレンソウにも、生産者の名前や使用した農薬の名前を表示しなくてはならなくなるかも知れません)。

 私は、それは「寂しい世界」であると思います。生産者全てが、適法(こういう言葉も「寂しい」のですが)な範囲で生産活動を行うのであれば、そのような記録は不要な筈です。勿論、適法な範囲であっても、その当時の人知が及ばないことによって、知らず知らずの内に生物に害悪を及ぼすような生産活動もあると思われますので、原因追求(トレーサビリティ)の観点から何らかの記録が必要であることは認めますが・・・。  

 確かに、最近の例を見ても、リンゴの栽培農家は「違法な農薬」を使用し、その求めに応じて違法な農薬を斡旋する農協やその農薬を製造する会社もありました。悪いことに、それらの栽培農家が摘発されても違法な農薬の使用を止めず(止めたからと言って褒められたものではありませんが)、後日、摘発された農家もありました。  

 このような例を見聞きすると、自分も含め、日本人とは一体どのような民族なのかと自問自答したくなります。日本では、財布を落としても拾った人がそのまま交番に届けることに象徴されるように、日本人は「正直な国民性」を持った民族だと言われて来ました。それは幻想に過ぎなかったのでしょうか。

                                 (以上)

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