アテネ五輪マラソン選手に「難問への挑戦」のモデルを見た 辻 淳二
04年3月15日に発表された日本陸連によるアテネ五輪マラソン選手選考結果に関連し、前シドニー大会の優勝者だった高橋尚子選手が選ばれなかったことを巡ってさまざまな議論がなされている。その騒動の陰に隠れて、選考される選手の側の男女ともに、可能性が低い位置に居た挑戦者がスカッと結果を出したことの「今日的な価値」に注目している人が少ないように感じるので、その切り口からの論を提起することにした。
かねて「日本の1990年代は、空白の十年」と言われ、官民そして個人にも改革への行動が問われていながら、現実にはいろんな制約要因があって、結果を出すには“狭いストライクゾーンを通す力”が必要とされている。従って、“その力を発揮した、誰にも分かるモデル”があちこちの分野で出てくることが望ましい。その一つとして、今回選ばれた、男子では国近友昭選手、女子では土佐礼子選手の挑戦は格好のモデルになっていたと感じたからである。
国近選手(30歳)は、昨年12月にあった福岡国際マラソンで2時間7分52秒の好タイムで2位(日本選手で1位)となった成績が評価されて選考された。大会時の報道では、彼は試合前には候補として有力と目されては居なかったようだった。それで、「自分が選考を勝ち取るには、最有力とされている高岡選手に勝つしかない」と狙いを定めて同選手が出るこの大会に出て、同選手を含む日本人選手の全てに勝つ「勝負」をして、栄光を手に入れた。これはまさしく、「(高岡選手が出ないから)日本人1位になりやすい大会」を選ばずに「(同選手が出るから)勝てれば、記録的にも好結果となる大会」を選んだ、つまり“あえて、狭いストライクゾーンの方で勝負して、結果の切れ味を良くする”作戦が的中したことを表していよう。
土佐選手(27歳)は、これまでに世界選手権マラソンで銀メダルを取った等の実績があるので国近選手よりは有力だったと思うが、高橋選手を頂点として世界レベルの実績を持つ選手が目白押しの女子マラソンにおいて、選考を勝ち取る確率が高い位置に居るとは言えなかっただろう。そして、当初は高橋選手が出て後半に失速した東京国際マラソンに出る予定だった(上記の国近選手と同様の狙いだったか、残念ながらここを確認できる情報に接していない)が故障で出られず、最後の選考レースとなる3月の名古屋国際に賭けることになったという。しかも、足の回復が十分でなくて長距離の練習ができなかった、名古屋は記録が出にくい大会等、背景事情は逆風状態だったようだ。その中で彼女は、「五輪に出たい」との強い思いをバネとして、それを叶えるには“好記録が出るように集団を引っ張り、かつ最後まで粘る”しかない、逆に言えば「これができれば、夢が叶う」と、“狭いストライクゾーン”にフォーカスを合わせたのだと思う。そして当日、30キロ過ぎまでずっと先頭集団を引っ張り、30キロ半ばで一旦は田中めぐみ選手に置き去られながら驚異的な粘りで37キロ過ぎに抜き返し、そのまま爆走して2時間23分57秒で優勝したのだった。まさに、「イメージ通りに走れた」レースだったのだと思う。彼女の指導者だった鈴木監督の談話に「(足のことを知っているから)自分は、集団を引っ張れとは言えなかった」とあったから、彼女自身のアテネへの思いがこの快走をもたらしたのだろうと思う。
記録的にも、国近選手は2位の諏訪選手との差が僅か3秒(結局、諏訪選手も選考された)、土佐選手も(印象が違うといわれた)2時間24分を切ることこれまた3秒という際どさで、“ストライクゾーンがいかに狭かったか”を裏付けていた。
因みに私は、若い頃に顧客企業の情報システム構築の現場を担うシステムエンジニア(SE)をしていて、30歳台の後半にシステム化企画を主業とするIT畑のコンサルタントに転じた人間である。そして今、このキャリアパスを通して体得した「IT専門職として生き抜くビジネスモデル」を同じようなキャリアを志向する現役のSE諸君にノウハウ移転するSE研修を開講している。そこで、SE職は「ITを駆使して経営/業務改革の一翼を担うプロ」と捉え、さりながら、日本国の改革が叫ばれながら遅々として進まないことに見られる通り、多くの改革テーマは成功に至るストライクゾーンが狭いので、当節のSEはそこをスカッと通す力を備えていないといけないと主張している。そして、“狭いストライクゾーンを見抜き、関係者と協創してキチッと通すための思考/行動モデル”として私たちが考案した「CIM(Concept
making,Imaging & Mapping)連鎖モデル」の勘所を伝授する指導を行っている。このモデルに照らして私は、国近選手のケースは、「この道筋に宝の山あり」と見抜いたコンセプトメイク(C)力が、土佐選手のケースは「こう走れば宝は得られる」という走り方を掴まえるに至ったイメージング(I)力が見事に発揮された例と捉え、特に興味深く感じたのだった。
このように、狭いストライクゾーンに敢然と挑み、結果を出して自信をつけてその先へのスケールアップをめざす人がいろんな分野で台頭してくれば、日本が21世紀に再生する展望も見えてくるに違いない。オリンピックのマラソンという国民の多くが注目する世界で、30歳と27歳で年齢的におそらくラストチャンスだっただろう両選手が見せてくれたお手本の「価値」は極めて大きいと思うのだが、いかがだろうか。[2004.3.27]