今ズシリと納得「打たれ強い生き方」       

        辻 淳二

 最近、大手金融機関の破綻などに伴い、その直前の背任行為などの責任を問われて経営幹部が逮捕される企業犯罪が続いている。破綻の主犯的な役割を果たした少し前の経営層が時効などで罪を免れるやるせなさや、当事者だったら私も同じ関わり方をした可能性なしとしないことから、いろいろと考えさせられている。

 ところで、これらの事件から私たちが学ぶべき最大のことは何だろうか。自分を当事者の立場に近付けて考えてみよう。私には、事件に遭遇した時の心の状況が次の2つのいずれであるかで道が大きく別れるような気がする。一つは、余りにもその職務に深入りし過ぎていてその先もまだその企業社会での生活しか念頭になかったケース。この場合は、挫折から立ち直るのにかなりの時間を要することになるだろう。もう一つは、組織のしがらみの中で生きている以上こういう役回りを背負い込むこともあるからその時にうろたえないようにと、自前の選択肢を持っているケース。この場合は、「当事者になってしまった以上負うべき罪は潔く受ける一方で、サッと生き方を変えてもう一つの人生を生きよう」等と気持ちの切り替えができるからダメージが少ない。

 こう考えて、フト頭に浮かんだのが城山三郎の「打たれ強く生きる」という本だった。早速、ブックセンターで買って来て、読んでみた。「落日燃ゆ」の広田弘毅の話などが出ていると思っていたのは思い違いだったが、勝海舟・岩田弐夫・稲葉秀三・伊藤肇氏など後者の生き方と見られる人のことが書かれていて、的外れではなかった。私のように還暦を過ぎた人間だと「老人力」で良かろうが、全世代に跨っての話なら、著者が15年も前に問題提起した「打たれ強い生き方」がこれから特に大切ということだと思う。

 言い換えれば、「自分に責任を持つ生き方」ということだろう。あらためて日の現状を見ると、まだ社会全体として「寄らば大樹、波風立てない」行動が大勢を占めているような気がする。この辺りの意識や行動を中高年も若手も変えていけないと、世の中は明るくならないのではないか。

 私事になるが、最初に勤めた情報通信機器メーカーを10年で退社しようとして、一年がかりでその意志を認めて貰ったことがある。当時、今は大手総合情報通信事業者となった同社も、半導体事業への投資が最優先で私の居た情報処理事業には十分な経営資源の投入ができなかった。加えて私の職務は、主任という管理職の入り口ながら3つの事業部・本部を兼務するという、「(一見格好良く見えながら)奉仕的に時間を費やす」もどかしい位置にあった。技術屋天国的な自由さの中で結構楽しくやってきた自分ながら、「年々、組織の枠組みに縛られ思い通りに動けなくなりそう」との予感が次第に頭の中を占めるようになっていた。そして、ちょうどその頃、幸運にも、自分を受け入れてくれる先が見えてきた。

 そこで、先ず自分の意志を固めるために3人の先輩・友人に相談をした。会社の先輩、一人は学生時代の同期の友人、一人は高校の恩師だった。そして、その3人ともが私のややリスキーな方の生き方を支持してくれたのだった。これで自分の腹は固まったが、いざ社内を振り返ると、3人の本務/兼務先の上司に転身の了解を取り付けるという気の重い仕事が残っていた。結局、本務先の上司との話し合いが筋ということで、当該の事業部長で今は亡きSさんに初めは強面の上司、後半は人生のカウンセラー的に接して頂いて、一年近くの時間を掛けるという結果になった。しかし、自分の気持ちが途中で揺れることはなく(いま思えば、ケナゲなほど一途だった!)、全ての上司の容認を得ることに成功した。部下の人たちには、ほぼ方向が見えた所で事後的に話しているので、ちょっと申し訳なかったと今も思っているが。

 当時に思いを馳せると、もともと対人関係では情緒的に流され易い自分が、組織より個人を優先して「確信犯的に動いた若気の至りのひととき」としてとても懐かしい。多分、いまの若い人たちにも、「この程度の、自分を大切にしての確信犯的動き」の経験が必要になっていて、それもまだ若い力がある内に持つことを期待したいのだが、如何なものだろうか。

                          [99.7.25]

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