私の“のんびり”ゴルフ歴 中村久一郎
ほかの方々よりうんと遅く始めた“のんびり”ゴルフですが、数えてみると20年近くになっていて、子供の時のラジオ作りに始まる種々の工作、分解、修理好きと双璧です。中学で本気にバレーボールをやって以来、学校や職場での対抗試合(昔はありました)で年に1、2回する以外スポーツらしいことをしていなくて、そこそこの歳になったらゴルフをという気持ちではいました。
端末装置やオフコンの販売促進を担当する部門(何でもやる課?)に居た1983年春に、社内で指折りの名手であった直属の上司から君もやってくれないと一人ではやりきれないと言われて練習を始めました。練習を始めて少ししたときにセールスマンが来て、御殿場インターの近くの後に悪名高くなった「東名小山」の会員権を売りに来ました。これからはあまりゴルフ場が出来ないと聞いていたし、便利なところで支払い可能な金額で3年で買えるという事で、工事をしている所も確かめて入会しました。ところが一向に完成しないで、毎年ゴルフ雑誌に何とか言う悪いグループのものになってもう駄目だとか、メンバーが一番多い記事では5万人とか書かれました。7年もたってようやく完成し、なんだか判らない経緯でギャツビイというゴルフ場になって運営しています。会員権は一応1万円とゴルフ雑誌に出ています。
年末になって社内の身内のコンペが河川敷きのコースであるとき、筆降しには丁度良いと言われてデビューしました。そのときのスコアは130+だったと思います。ゴルフを始めるときに一番困るのがどんなクラブが良いのか全く判らないことで、取り敢えずスーパーのスポーツ店で見切り販売していたハーフセットを買っていました。デビューに持っていくと「こんなソールの薄いクラブは上級用だ」と何人もから言われて、それならとソールの一番広いのを探して、BenSayersを見つけ、なかなか高価なのですが半年ほどの間をあけて二回に分けて売ってくれました。この銘柄はポピュラーではありませんが、時々熱心な愛好者がおられます。
当時は好景気の真っ最中でOA機器の売れ行きは絶頂の時代でした。春秋毎期の拡販大会、有力販売店さんとの協議会、新規販売店さんとの顔合わせ、有力顧客さんとの検討会などは大抵週末に計画されて土曜か日曜日にゴルフがセットになっていました。始めたばかりでもないのに一向に上達しない私にとっては、製品の性能や値段の事よりもゴルフでブービーやブービーメーカーにならないようにすることが最大の苦労でした。先述の上司は逆に、優勝しないでベスグロだけをとるのに苦心されていました。ゴルフは非常に初心者に親切になっていて、ハンディキャップがある上に飛賞があります。ブービー賞には優勝に準ずる立派な賞品が用意されるので、「メーカー側のものが取ってはいけない」と言われていて苦心しました。
1988年の夏に販売促進を上がりにして、松山のソフト会社に単身赴任しました。少し前に他社から乗換えてもらった現地の販売店の社長さんに懇意にしてもらって、一緒に松山のゴルフ場の会員の追加募集に参加しました。こっちはずっと買ったとき以上の値段で、不在のメンバーは年会費免除なので継続しています。この社長もシングルの腕前で、プレイに誘ってもらって教えてもらったり良い先生に引き合わせてもらったりしました。どのゴルフ場も車で30分以内の便利さです。
単身赴任の現地で週末を過ごすときはめったに仕事関係の用事は無く、半日は寝坊と掃除洗濯で過ぎますがあとは何も無くて勢いゴルフの練習かコース行きになります。たいていの人はこのとき大幅な上達をされるのですがなぜか大して上達しませんでした。前述の販売店のある若い方と似たような腕なので100を切るのを競争しようと言うことにしました。その方たちとプレイしていたあるとき17番を終わって91か2でもう悠々という事で18番に進んだのですが96、97となってしまって、周りの人が一言も喋らなくなったなかで98でホールアウトしました。その当時、カーボンシャフトのクラブでなければうまくなれないような気がして、中古のDunlopのアイアンを買いました。
初100切りの後少し経った1992年夏、55才のとき東京のソフト子会社に転勤しました。その後はプレイの回数もずっと少なくなっていますが、練習は自宅から車で10分位のところのこじんまりとした家庭的な感じの練習場に続けて通っています。4年前位にもう歳で軽いクラブしか使えないという気になって、丁度練習場への道の途中に出来たゴルフ用具チェーン店でPalmerと言うクラブとしては無名の非常に軽いアイアンを買いました。都合BenSayers、Dunlop、Palmerと3種のクラブをやっぱりこっちだと言って練習し、コースへ行って駄目だった、今度はこっちと言うことを半年周期位で繰り返してきましたが、この所はBenSayersの打った時の感触にひかれ、うんと重いがこれにしています。Dunlopは、息子がクラブを買うときに下取り用に譲りました。
近年は練習場のコンペに3〜4回、ギャツビイの月例コンペに3〜4回、それと以前に仕事を一緒にしたもとN社(3人)、C社(1人)の人と2回と年間10回程度、春4月ごろから年末までの間にプレイしています。練習場のコンペは千葉のゴルフ場がバスで迎えに来てくれて、アクアラインで行きます。パーティーで皆がお酒を飲めて楽なので好評です。家の近所の人達で出かけているグループも出来てきたので今年はそっちもと思っています。
技術的には、かなり前から「確実さ、安全さを最優先とする」をモットーにしています。具体的には次のような事柄です。皆さんもどこかで読まれたことばかりと思います。
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力を入れないで打ち、好い当りを志す。それほど飛距離は減らないし、距離不足は気にせず距離に合ったクラブを使えばよい。
・ 3オンで十分である。ボギーペースで90は狙える。
・ 少し遠くに飛ぶことがあっても失敗の確率が数倍高いドライバーは持っていかない。
・ 同様に3、4番(ときには5番も)アイアンは持っていかない。
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絶不調の非常時用に9番ウッドを持っている。これだととにかくそこそこ前に進む。
・ アプローチはなるべく転がしでグリーンに乗せる。
・ 左右の斜面や木の間に行ったときは無理をせず出すだけにする。
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打ち方は釘を打つとき、ボールを投げるときと同じようにスナップをきかした打ち方を心がける。一番の基本と思いますがこれが今ひとつなのです。
こんな事をしていて何が面白いのかと思われるでしょう。
一方、結果から見ると
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パットはハーフ20前後で良くはないがまあまあと思っています。
・ ミドルホールで4オンが多く、結局ダボ、トリプルになる。
・ 第3打の100ヤード以下、50ヤード以下の失敗が多い。
・ それ程練習熱心ではなく、すぐまあこんなところでOKと切り上げてしまう。
そして今、週の途中でもう1回練習に行くとレベルをキープできるのではないかと思っています。これは、30年前に週末だけで運転免許を6ヶ月かけてとった時のことからです。
以上のようなゴルフ歴ですが、しばらく前から妻も練習を時々するようになったので、二人でプレイするようになって、長く楽しんで行きたいと思っています。会の皆さんとはご一緒したことはありませんが、お供させていただきたいと思います。
以上
次号は兼俵和夫さんにお願いします。
ペンリレー
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