多摩川風景             寺田茂雄

 5年振りに東京勤務となり、この4月から川崎市の武蔵小杉に住むこととなった。50代も半ばになっての転勤は、想像以上にきついものがあった(正確にいうとあったらしい)。と言うのも、転勤に伴う諸々の準備/後片付けの大半は女房の仕事であり、転勤前後の2ヶ月位は毎日のように彼女の口からその大変さを聞かされ、すっかり自分でも大変だったように思い込んでいる訳である。

 確かに、ダンボール箱を少し動かすにも、以前は全く苦にならなかったのがやたら重く感じるようになり、自分でも改めて過ぎ来た年月の大きさを実感させられた。大変との愚痴を聞きながらも、“1人で行ってきて“と言われるよりはと、密かに安堵して、とにかく“慌てることはない、体力に応じて無理せずぼちぼち整理していこう“という励ましの日々がしばらく続いた。

 そんな訳で、3月末に引っ越してきたあとも、ダンボール箱の谷間での生活が続き、一通り家の中が片付いたのは4月末のゴールデンウィークとなった。

 大阪では、週末の夕刻2人で食事前の散歩が日課になっていたので、引越しの片付けが一段落した連休明けの週末にぶらりと自宅近辺の散策に出かけた。武蔵小杉の周辺は意外と(以前10年間は荻窪での生活であった為、川崎はほとんど不案内で工業地帯のイメージしか持ってなかった)静かな住宅街が広がっていて、10分程住宅街を歩くと広々とした等々力公園があり、更に5分も足を伸ばすと多摩川堤にたどり着けた。

 他のルートもいくつか散策したが、この多摩川堤ルートが一番気に入って、その後週末の夕刻の日課となっている。因みに、何故夕刻かというと“1時間の散歩・風呂・夕食のビール“は、3点セットを義務づけた我家の犯すべからざる行動規範になっているからである。

 多摩川沿いは、川岸から遊水地が広がり、その外側に“土の道”、“砂利の道”の2つの散歩道と、更にその外側に“サイクリング道”が延びている。ゴルフのショートコースや打ちっぱなし、サッカー/野球/ソフトボールが出来るグラウンドや簡易なテニスコートなどが点在していて、夕刻でも賑やかである。もちろん、散歩道ではジョギングや犬の散歩・サイクリングを楽しむ人が行き交い、広々とした多摩川の風景に全体がすっぽりと溶け込んだのどかさが醸し出されている。ゆったりした川の流れに合わせるように、ここでは時間の流れもゆっくりに感じられ不思議と落ち着ける場所となっている。

 そんな中で、ひとつだけ違和感があるのが野宿のテントである。散歩道から離れた川の岸辺に身を隠すように点在している。しかし何故か最も気にかかる光景であり、散歩のたびに色んな想像をめぐらしている。テントの住人は当然男性で、しかも年齢は50〜60代の同世代ばかりである。どんな事情があったのだろうか、表社会に出られない事情を抱えて、やむなく野宿生活を強いられているのであろう。明かりもなく夜は寂しいだろうな、食事はどうしているのかな、風呂は入れてないだろうな。だが待てよ、中には自ら好んで飛び込んでいる人もいるのでは。あのテントの中には、世間のすべてのしがらみから解放された真の自由があるのでは、夕日と共に就寝し朝日のまぶしさで心地よい目覚めを楽しんでいるのでは、雄大な自然の中で土の感触を背中で感じつつ寝るのは人間の原点ではないか。などなど …… 。

 彼らの仕事は空き缶集めのようであり、朝夕自転車に大きな袋を積んで収集している光景をよく見かける。その姿は一様に勤勉で、少なくとも私の目には生き生きと充実した風情に映る。思わず、話し掛けて色々と話を聞いてみたい衝動に駆られる時がある。彼らの生活にとって、これからの厳しい冬はどんなことになるのだろう。定年が近づき、老後の人生を考える年齢となり、最も気になる多摩川の風景である。

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