| ペンリレー ヨルダン |
橋本 秀久 |
私は一昨年に退職してからは、JICA(国際協力事業団)にIT関連のコンサルタントとして時々海外に、それも自分ではなかなか行かないような国に行かせて貰っている。それがある面でスリルであり、楽しみでもある。この一月から二月にかけて、ヨルダンに行って来た。 ヨルダンと言うと、隣のイスラエルとパレスチナが戦争状態にあるので、「危険なところに行きましたね!」と言われるが、それだからむしろ安全なのですと答えることにしている。ヨルダンは、僅か5百万の人口であるが、その6割がパレスチナ人であり、その多くは中東戦争の時の難民である。パレスチナは、自分たちの同胞が居るところを攻めることはないであろうし、イスラエルにしても、相手の逃げ口を塞ぐような馬鹿な真似はしないと考えられ、攻めれば国際社会から痛烈な非難を浴びるからである。 |
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私が訪問中にも、ヨルダン国王がアメリカ行って、それまでの倍額の500億円の援助を得てきているので、仲介役が期待されているところである。しかし、アメリカの援助が最も多い国は、イスラエルであることを考えると複雑である。ちなみに、2位はエジプトで、3位がコロンビアであり、ヨルダンはこれで4位となり、平和のためにはお金が掛かる。
左上の写真の中央を流れているのがヨルダン川で、左の西岸にイスラエルとパレスチナがあり、右の東岸がヨルダンである。この川はほとんど干上がっており、一部では人が跳んで越せるところがあるそうである。ヨルダンの国を端から端まで自動車で走っても、5時間程度しか掛からないことを考えると、攻める気になればアッという間に占領することができるくらいに小さな場所である。 ヨルダンの地は、歴史的には非常に古くから栄えた土地であった。ヨルダン中部にあるペトラは、紀元前1世紀から紀元後2世紀に作られた。水に削られた岩山の間にできた狭い水路が道になっており、入り口から30分ほど歩くと、突然に岩を削って作った素晴らしい寺院が現れる。映画の「インディー・ジョーンズ/最後の聖戦」の舞台ともなった場所である。その大きさと美しさに圧倒される。それから下流の数kmにわたって、きれいな飾りを伴った洞窟、墓、劇場や宮殿などの建造物が次々と現れる(左下の写真は宝物殿)。日本では、縄文時代も始まっていない頃にこれだけのものをどのようにして作ったのだろうか?そのころには、もっと水が豊富にあったのであろうか?などなどと疑問が湧いてくる。アンマンから自動車で3時間もかけて、申し訳程度に草が、それも人が植えた後の見える位の寒々として、白茶色一色の景色の中を走ってきた目には、驚きとして映る。宇宙人が飛来して、安息の地として作り上げたのか?とまで考えてしまう。 そこに行くまでの途中にあるショーバックには、12世紀に建てられた十字軍の城塞がある(下の写真左)。今は瓦礫の山と化しているが、矢を射かけた狭間や大きな石の弾丸が残っている。この頃から宗教に基づく戦争が未だに延々と続いているのかと思うと、この戦争はなかなか解決しないのかとも思う。そこに着いたのは夕方であり、夕日に染まった小さな丘がうねうねとつなっがっていて美しい景色であったが、一木一草もなく不毛という言葉が身に滲みた。 |
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JICAの仕事は大変ではあるが、観光とは異なった眼で、国というものを意識して見ることになるので面白い。暫く続けられればよいと思う。