ペンリレー(アンカー)
 

『愛と正義』          小野田 祐子

                                                         
    辻先生にはかれこれ15年くらいお付き合い頂いている。先生には不思議な力があって、決して流暢にお話されるわけではないが、先生に頼み事をされると嫌と言えないのである。今回も、ペンリレーのアンカーをとのご依頼に、ついお引き受けしてしまった。今までのご担当者を調べ、それぞれがお書きになったものを改めて読み返してみて、しまったと思った。錚々たる方々の味わい深い文章に気おされて、頭の中が白くなった。立ち直って(というより居直って)文字を書き始めるまで一ヶ月かかった。サッカーW杯のドイツのGK、オリバー・カーンの姿にも後押しをされた。優勝決定戦でブラジルに敗れた直後、ゴールポストに寄りかかり、そして座り込んだカーンの顔は印象的である。膨大な練習量を積んだ類まれな精神力の持ち主でも、競技という厳しい世界においては敗れることもある。挑戦せずして何かが生まれるはずはない。以下は、お読みになる方々のご厚情に甘えながらの私の小さなチャレンジである。

   私は、昨年4月に部門長を拝命した。時を同じくして小泉内閣が誕生した。未曾有の高い支持率をバックに「聖域なき構造改革」と気炎を吐くライオンを見て、私もしっかりやろうと思った。すると、とたんに、いろいろなことが洪水のように押し寄せてきた。既存ビジネスの縮小・消滅、新規プロジェクトの不芳、計数管理のミス、心身の不良を訴える部員の続発、等々。当初はその波に翻弄されて、随分顔つきも悪くなっていったように思う。「難しい顔をして歩いていたね。声をかけても気がつかなかったね。」と、何人かの人に言われた。このまま一体どうなっていくのだろうかともがいていると、社外の諸先輩から、それも複数の方面からお誘いを頂いた。「ちょっと出ておいで。飲みに行こう。」と。それぞれに社長や役員をされている方々であり、私ごときはそれほどの深いお付き合いをさせて頂ける立場にない。ところが、「とあるところから、小野田さんが最近元気がないと聞いた。それは甚だよろしくない。」とおっしゃる。どこからそんな情報が流れるのか不思議ではあったが、そんな詮索よりも、そうやってお忙しい時間を割いて励まして下さることに対して心の底から有り難いと思った。
 
「君は何かなくしてはいけないものがあるの? 人はもともと何も持っていないのだから、 何かをなくすのではないかと怯える必要は全くないよ。自分らしくおやんなさい。」
 
「長たる立場をもった以上、小さくとも任された組織において赤字を出してはいけない。ノルマがどうのこうのではなく、1円でも良いから利益を出しなさい。0円ではなく1円。ここに意味がある。」
   含蓄のあるお言葉をどこまで理解できているか定かではないが、今の自分の立場においていろいろな問題解決を行っていく上での「芯」みたいなものを教えて頂いたと思っている。

   生活をしていると、殊に仕事をしていると、世の中の不条理・不合理・矛盾にぶつかることが多い。私は未だ「それが人生の面白いところ」と達観できていないので、ぐぅと唸ってばかりいる。だからといって場当たり的に判断していると、自分の判断に自信が持てなくなる。ものごとを判断する上では自分なりの「芯」が必要である。最近、自分の思考のしかたを整理していて再認識したのであるが、私はものごとを判断する時に、まずは「正義は何だ」と問うているようである。昨今は「正義」という言葉をあまり使わなくなったが、先日本屋で『徳と正義』というタイトルの中坊公平氏と稲盛和夫氏の対談本を見つけた。なかなか興味深かった。「正義」というと気障に聞こえるが、気取ったり力んだりすることではなく、何が正しいかときちんと考えることであると思う。本ではもうひとつ「徳」という言葉が使われているが、これは私には重たすぎる。これは、まさに、迷っている私の肩をぽんと叩いて下さった先の先輩方に宿っているものである。「徳」とは随分ニュアンスは異なるが、今の私はそれに近い言葉として「愛」を挙げたい。少し面映ゆい言葉ではあるが、辞書を引いてみると「その価値を認めて、大切に思うこと」とある。「正義」で正しさを見つけ、「愛」で血の通った実現手段を考える。多分、これが今の私の「芯」になっている。

   我が部の二年目の青年が、ある日「SEという仕事には愛が必要だと思います。」と言った。ほぉ、と思った。なるほど、とも思った。ある後輩が、この4月に部門長になった。先日、彼が私にこう言った。「小野田さんはよく正義と愛を言うけど、僕はそれに夢と情熱を加えたい。」私は答えた。「いぃねぇ。」

  私は、暖かい先輩とたくましい後輩に囲まれて生きている。               おわり

 [2002年7月

 ペンリレーは、本稿をもって終結となります。バトンを繋いで頂いた20人のランナーの皆さんにお礼を申し上げます。(編集担当)

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