東京の坂道 その五



1999年最後の坂道探検は、港区虎ノ門周辺と千代田区番町の二連発です。

 神谷町の交差点から城山ヒルズを上って行くとクランク状に折れ曲がった坂があり ます。自動車教習所の路上教習コースにでもしたら良さそうな見事なクランクで、 曲がった先は歩道もなく道幅がうんと狭くなっている難所にも拘わらず、ここは溜 池方面からの抜け道で驚くほどの交通量です。

富士見坂
クランク状の坂は頂上付近で富士見坂という坂にぶつかります。 いまでこそ高層ビルに阻まれて富士山を望むことは出来ませんが、昔はきっと良い眺 めの丘だったのでしょう。画面でもわかるように坂の下の方が見えない位の急勾配です。 でも、急なために転げ落ちて怪我をしても大丈夫、転げ落ちた先は虎ノ門病院ですから。

霊南坂
先ほどの富士見坂は頂上で霊南坂と交差しています。霊南坂左側はホテル オークラの入り口、右手はアメリカ大使館の白い塀が続く坂です。この坂、写真 で見るよりずっと長くて勾配がきついので、見るだけにして上るのは止めにします。

こちらは千代田区四番町、東郷元帥ゆかりの地、東郷記念公園脇の東郷坂です。 元帥宅が近所にあったそうです。かといって、公園には石碑があるだけなんですが。

こちらは行人坂。東郷坂を降りきると道は行人坂へ続いています。このあたりは 都心にも関わらず閑静な住宅街で、子供達が公園で昆虫採集などして遊んでいる 姿を見かけました。しかし、少子化が進んでいるのでしょう、小学校と幼稚園が 同じ敷地内に統合されていました。

行人坂を上り、左に曲がった先の名もない坂です。 写真の長い塀はローマ法王庁大使館です。ローマ法王にも大使館が あったのですね。

この坂は一番町交差点からほど近い袖摺坂と呼ばれる坂で、江戸時代は 行き交う人の袖が擦れ合うほど道幅が狭かったことからこう呼ばれるよ うになったそうです。大正時代、今の道幅に拡張したとのことです。

袖摺坂の途中に滝廉太郎宅跡という碑を見つけました。荒城の月の楽譜が 石碑に刻まれています。
番町界隈は坂が沢山あるのですが、きれいに舗装されているせいか、戦後 に整備された新興住宅地みたいで、坂の名前に僅かながら歴史を感じさ せるだけに終わってしまいました。さて、来年はどこを散歩しようかしら。

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