「ショートエッセイ」シリーズその1
 

 微妙な年齢                辻 淳二

 

 先日、電車のドアが開いたので中に入っていったら、座席に座っていた高校生らしい少女が席を譲ろうとしてサッと立ち上がった。にこやかな表情の、明るい感じの人だった。そこで、私の方が戸惑ってしまった。私の年齢は63歳で、しかも歳相応に見えるのだから、こういう場面はあり得ることで、彼女の方に何らの非はない。だけど、こちらが「まだ、そんな歳ではない」と100%思ってしまっていた。そこで、「元気だし、譲って頂く必要はないんだ」と言って、押し戻すようにして席に座って貰った。かくして、一先ず落ち着いたのだが、双方に「収まりが今一つの気持ち」は残ったような気がする。彼女には「座ってくれたらいいのに」との思いの方が強かったろうし、私の方では「年寄りに見えちゃったか」との切ない思いと「こんないい子に譲られたのに断っちゃった」との申し訳ない気持ちとが頭の中で交錯していた。かくして、本来なら「Win-Winの関係」になっていい場面が、「Lose-Lose の関係」になってしまったのだ。

 これを機に、「我が年齢は、何とも微妙なところに来ている」ことに気づかされた。それは、双方が同年代同士の場合に、相手方が譲られて喜んで下さるか、困惑を見せるか、どちらなのかを素早く判断する気配りが必要になるといったようなことに関してである。

 そう気がついて遠からぬある日、これの応用問題となる場面に遭遇した。沿線の私鉄に最寄り駅から乗った時は立っている人がない程度の混みようで、優先席がガラッと空いていた。そこで、「取り敢えず、この席に」という軽い気持ちでそこに座った。電車は暫く進む間に徐々に混み始め、私の両隣にも女子高生が座った。さらに少し進んだ停車駅で、歳は私より少し若そうに見えたが、もしかしたら少し上かもと感じる年格好の婦人が目の前に進んで来られた。一瞬、立つべきかと思ったが、先日のことがある。体調が良くないようには見えないので、とっさに「ここは見送ろう」と判断した。両隣の女子高生も、動く素振りは見せなかった。次の停車駅で、今度は明らかに高齢の男性が乗って来られた。まさに優先に値する方だった。私がサッと立ち上がると、左隣の女子高生もほぼ同時に腰を上げ、2つの座席が空いた。その一方にご老人が腰を下ろし、立った二人の前に一つの席が残った。先ずはお互いに譲り合って、暫くは空いたままだったが、どうも落ち着かない。基本的にこの場面は3人にとって「Win-Win関係」なのだが、このままでは中途半端になってしまう。そこで、私の方から彼女に声を掛けた。「ここは、若い人が立った方がいいよね」と。彼女は、ニコッと笑って応じた。私が座って、その分だけ周りの人達の窮屈感も緩和され、その場は落ち着きを取り戻した。終着駅はもう程なくだったが、3人ともに「ちょっとだけ深まったWin-Win関係」という感じになって、いい余韻が残って車両を降りることができた。

 取り敢えず一勝一敗。どうやら我が年齢には、「こういう場を柔らかく、明るく収めるように振舞えること」が大切なようだ。[2002.12.20


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