「ショートエッセイ」シリーズその5
「両親のふるさと歩き」の癒し効果 辻 淳二
母方の里・長浜市が主催するウオーキングへの参加を名分として、田植えが終わった直後の近江路を訪ねるようになって、もう5年になる。過ごし方は、一泊二日で出掛け、一日はウオーキング、もう一日は神崎郡五個荘町にある父方の実家の庭を100数十年前に造った庭師の追跡に充てるというパターン。今年も5月11〜12日(日、月)の両日に出掛け、いつものように生命の洗濯をして帰ってきた。月末になった今でも、「温泉にゆったり浸ったような癒され感」の余韻がまだ残っている。
これがどこから来るのかと考えて見て、次の二つに思い当たった。一つは、住んでいる東京は5年とか10年とかの間にもどんどん変わっているのに、こちらに来ると100年という時間軸で見て変わっていないシーンがあちこちで見られるという対照が、私には「新鮮な(日頃の常識感覚を揺さぶられる)サプライズ」になること。もう一つは、疎開で幼時の数年を過ごしただけなので私自身のふるさととは言えないのだが、両親を通じての繋がりがあるおかげで、人や風物とのちょっとした出会いが「当事者感覚の(好奇心を揺さぶられる)サプライズ」になりやすいこと。
今年の場合、上記2つのサプライズの具体例は次のようだった。
![]() |
「新鮮なサプライズ」の方は、先ず、上記の庭師が造った庭で、最も原型に近い状態を維持しているといわれている医院宅を訪ねた時。庭師は19世紀に生きた人だからその庭が100数十年昔からのものなのは当然としても、庭木が伸びすぎることなく、彼が設計したイメージ通りと見られる背丈や刈り込みの形を保って今に遺されているのを見聞し、すごく新鮮な感動を覚えた。庭には、座敷の縁側とか、そこからきれいに見えるように設計されたアングルがあるが、この家のその場に座ってお茶を頂きながら後継ぎの人に今に至る逸話を聞いたひとときは「まさに至福」というにふさわしい時間帯になった。また、ウオークを終えて訪ねた母方の方も合わせて、両実家の家屋が、台所や風呂場など機能性がすっかり変わってしまった部分の改築を除いて、住居としての骨格部分は100年スパンの寿命を余裕を持って保っているのを実感したこと。それに比べ、先年、築22年足らずで建て直しに踏み切った東京の我が家の寿命はいかにも短かかった(残念ながら、到底100年を持ち堪えられるものではなかった)こととの対照も、あらためて感じさせられたことだった。 |
次に「当事者感覚のサプライズ」の方は、この医院は、その庭を見つけて訪問できるようにアレンジをしてくれた父方の実家の当主である従兄がまだ子供の頃に(1930〜40年代)近所の医者では難しい病気になった時に往診にきて貰っていた所だったことが起点になった。案内役の従兄に訪問の途上でその話を聞いたのだが、先方に着いて庭を拝見している間にも、「父もここから往診して貰ったことがあったのだろうか? 実家からはかなり離れているが、往診時の足は何だったのだろう? さらに、往診を頼む連絡手段は?」といった当事者的視点からの問いが次々と浮かんできた。そこで、従兄に問うと、「人力車で来て貰った。連絡手段は電話だった。」とのこと。こうしたやり取りを通して、父の少年期の暮らしぶりをイメージしたり(この頃の話を父から聞いた記憶はない)、帰ってきた後で地図で実家と医院との間の距離などを調べて実家の近隣の地理を頭に入れたり・・と進んで、親しみを深めたのだった。
こうして心を癒され、興味の対象が広がるに連れて、「近江びいき」というか、「両親のふるさとへの馴染み」は深まっており、年一回のこの探訪に飽きたり、訪ねる先がタネ切れになったりすることは当分なさそうである。[2003.5.29]
関連するページ: