「ショートエッセイ」シリーズその7


 
くちなし              高嶋 宏尚


 

 我が家からバス停までの間に小さな公園がある。その公園の生垣に、くちなしの花が満開になった。特有の強い香りに、30年前の出来事が甦った。

 昭和46年に小生は社会人となり東京に出て、独身寮に住むこととなった。同じ職場には1年前に高校を卒業したK君がいた。K君はやや小柄ながら、職場に足を踏み入れた瞬間に、誰しもの目に止まるほどの元気な好青年(むしろ少年の面影が色濃く残っていた)であり、溌剌と業務に勤しんでいた。K君も小生と同じ独身寮にいたのであった。
 その年の春が過ぎようとしていたある夜、独身寮の廊下でK君とすれ違った。「部屋でお茶を飲まないか」と笑顔の誘いを受けた。否やは無い。喜んでK君に従ったのである。K君は札幌の出身で、小生より幾つか年下である。高校卒業時に、小生が在籍していた大学に合格したのだが、家庭の事情で学資が続かないことから入学を断念したとのことだった。なんと勿体無い事か、と思った。小生も日本育英会からの奨学金を得て大学に行ったのだったが、K君にもそのような道は無かったのだろうか、とも思った。
 「世が世であれば、K君は僕の後輩になっていた訳だ。社会人としてはK君が先輩で職場のことなどを教えてもらえそうだけど、大学の先輩としての僕は、2度も留年した出来の悪い学生だったから、K君に教えられることは何もなさそうだ」などと笑いあい、「仲良くしようね」ということになったのである。同じ職場にはいたが、担当する業務が違っていたし、それぞれに慌しい日々を送っていたこともあって、職場でも独身寮でもゆっくり話せる機会はそれ程多くはなかった。けれども、偶に顔を合わせると懐かしい札幌の話をしたりした。

 そうやって1年程が過ぎた梅雨の時期、K君から「家業を継がざるを得ないので退職し、札幌に帰る」との話を聞かされた。驚いたが、そういう事情ならしようがない。「人間至る所に青山ありだ。いずこに居ても、お互い“Boys be ambitious”の教えに憧れた仲間だ。元気で頑張ろう」と激励した。

 退職者は、1週間前に全職員に文書で通知される。K君退職の報に驚いた職員の中には、密かにK君に思いを寄せていた女性もいたのである。退職発表の翌日、K君の机の上には、小さな鉢に植えられた真っ白な一輪のくちなしの花が置かれてあった。早朝、誰かがK君の机に置いたものである。その鉢を抱えて、K君が小生の席にやってきた。「誰が置いたものか判らないので、気味が悪いのです」と言う。周囲の人に尋ねてみても、何も判らなかったようである。小生には、誰の仕業かは見当がついていたが、「君に好意を持っている人が置いたのだと思うから、ありがたく貰って行ったらいいよ」とだけ答えた。敢えて名前を告げなかったのは、くちなしの花を置いた女性の、「口には出さないけれど・・・」との気持ちが痛いほどに感じ取れ、届かぬ想いと知っての行動だと思えたからである。くちなしの花言葉は、「清浄」、「優雅」、「私は余りにも幸せです」などであるが、この場合には、映画「旅情」のように、「叶わぬ恋」の花であったのである。
 あれからもう30年が経ったのだ、と過ぎ去った時間の長さを改めて思う。その後、くちなしの女性は結婚した(勿論、K君とではない)。お子さんも成人し、いまや、押しも押されもせぬ立派なオバさんになっている。30年間あたふたと、来し方を振返る余裕もない日々を送り続けて、小生の頭にもめっきり白髪が増えた。その後お互い間遠になってしまい、消息を知る由もなくなっているのだけれども、K君はどうしているだろうか、と思う。紅顔の美少年も、50の坂を疾うに越している筈である。長い年月、得意の日もあれば、失意の時もあったに違いないが、変わることなく元気溌剌、家業に精を出してくれているといいなと思う。くちなしの濃厚な香りに誘われて、昔日の想い出は遥かな夢幻の彼方である。(2003.7.18)


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