「ショートエッセイ」シリーズ(その10)


 
無事に活況で終わって良かった! アテネ五輪   辻 淳二
 
   

 この夏は、発祥の地であるアテネで108年ぶりに開かれた
五輪大会がハイライトだった。202ケ国から一万人を超えるアスリート達が集まって、その夢に向かって彼らが鍛錬を重ねてきた「メダル」の獲得を競い合った。世界39億人が住む地域にTV放映されたと言われる中の一視聴者に過ぎないながら、私も、時に夜遅くまでTVを見入り(居眠りをして、肝心のレース/シーンを見逃すことも度々だったが)、報道されたアスリート達の夢物語に感動したり驚嘆したりしながら、結構楽しんでいた。ちょうど、大会が本ホームページの9月稿の締め切りの8月末に終わったので、簡潔に私なりの「TV観戦記」を書き残すことにした。  

 第一の感想は、「無事に活況で終わって良かった!」ということである。大会前は、準備工事の遅れが報じられ、この期間/場所を狙ったテロへの懸念も“目に見えない不安材料だったと思う。これらが、主催の人口1.000万人の小国ギリシャを初めとする“危機状況への対応”努力に支えられて解消され、オリンピックが謳う「平和の祭典」たる絶対的な要件を満たして、無事に活況裏に大会を終えることができたことを喜んでいる。ドーピング違反の選手が多く今後へ影を残したことと、男子マラソンの先頭ランナーを襲った暴漢の出現は残念だったが。  

 第二に、「日本の選手達が良く頑張った!」ことを挙げたい。その象徴が、金・銀・銅合わせて獲得した「37個(史上最多)のメダル」だろう。メダルを獲得した選手達にとっては、世界の強敵を相手に、大観衆の中で力を出し切った結果に他ならず、大きな自信になったことだろう。近年、“高度成長期”から一転しての“バブル崩壊”を経て、ようやく回復の緒に入りつつある日本で、停滞気味だったスポーツ界も上昇に向かいつつあることを示してくれた「朗報」と素直に受け止めたいと思う。

 ここで、日本選手の「好成績」の背景を考えてみよう。

その1 「大舞台でのプレッシャー」に強くなった。
言い換えれば、“競技を楽しむ”気持ちで本番に臨める選手が増えたということだろう。地球社会のグローバル化が進んで、選手が国際試合に出る機会は多くなったし、コーチや支援スタッフのサポートも分厚くなったことから、当然の流れかも知れないが。

その2 スポーツの勝敗を左右する「良い流れを掴めた」
競技開始の初日に、うまい具合に、柔道の男女の看板選手だった谷亮子選手と野村忠宏選手の出番があって、二人とも実力通りの力を発揮してスンナリ優勝した。これで、柔道の中堅・若手クラスに勢いが付いてメダル獲得者が続出、さらに、これが他の競技の選手達にも勢いを付けたという“良い流れ”を作れたのが大きかったと思う。

その3 チーム競技で「しっかり好成績が出せた」
 今回は、チーム競技で“事前の予想を上回った成績”が多かったのではないか。女子のシンクロは予想通りの銀という印象だが、男子体操団体の久々の金、男子競泳メドレーリレーの銀、自転車(チームスプリント)の銀、セーリングの銅などは、メダルへの期待の報道はあっても“希望的”の域を出ていなかったのではないか。さらに見落とせないのは、大会の最後を引き締めた男子陸上リレーチーム(4001,600メートルの両方)の4位入賞だろう。どちらも、出場4選手全員が個人競技の100400メートル走では“準決勝に出た人がゼロ”のチームだった。それが、全員がフルに力を出し切って、どちらも日本の五輪参加史上初めての4位入賞を勝ち取った。このように、全員が力を出し切って初めて勝てるチーム競技で多岐に結果を出したことが、“好成績”の輝きを深めたと感じる。

その4 若手に「大会に入ってから力を伸ばし、シンデレラになった人」が居た。
 この驚きをやってみせた最たる人は、水泳の女子800メートルで金メダルを取った柴田亜衣選手だろう。同選手は、予選では8分30秒08(通算3位)だったのを決勝で8分24秒54に
短縮し、一気に頂点に駆け上がった。まさしく、3大会前に200メートル平泳ぎで優勝した岩崎恭子選手の再現のイメージだった。

 今回の「好成績」は、これらの相乗効果で挙げることができたと見え、印象深かった。  

 第三は、この世界の宿命ながら、「勝って当然」と言われながらその力を発揮できなかった人達が今回も居たことだった。男子柔道の日本・井上選手、女子マラソンの英国・ラドクリフ選手を初めとして、体調がベストでなかった/なぜか気力の充実が足りなかった/コースや相手が手強かった等々の理由で、無念の敗退をした選手達も多かったことだろう。でも、この大舞台に出られただけですごいこと。一時は落ち込むこともあるだろうが、“世界における自分のポジション”が体感できたことは大収穫、それをバネとして“自分ならではの道”を生き続けて頂きたいと心から思う。

 最後に、ちょっと考えさせられてしまったのが、男子の野球チーム。「長嶋ジャパン」と称された“プロ選手だけのドリームチーム”だったが、オーストラリアに連敗して銅メダルに留まった。このチームが金メダルを取っていたら、上記の「チームで好成績」が一層華やかになった筈だが、「一人一人は参加国でトップ級の実績の選手の集まりだったのに、チームとして好成績が出せなかった例」になってしまった。言わば、「火事場でバカ力」が出たチームと出なかったチームの明暗。この対照は、たまたまの偶然だろうか。「自ら選考試合をギリギリの努力の末に勝ち抜いてチームメンバーの座を掴んだ各選手が結束した」チームの方が、「そこまでの努力はなしに選ばれてエリート達が集まった」チームよりも「火事場でバカ力」が出やすい、ということなのではないだろうか。[04.8.30


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