「ショートエッセイ」シリーズ(その13)


 
もはや油断ならぬ歳          辻 淳二
 「大山鳴動して・・」part

 047月号の本欄で、「3月に65歳になって受けた検診を契機に、C型肝炎ウイルス保有による慢性肝炎の患者であることを自覚、漢方薬による“進行を減速させる治療”を選択」した経緯について書いた。本稿は、その後日談である。

 「体感的には至って良好だし、テニスやっても身体はよく動くし、漢方の名医に診て貰っているし・・」で安心し、健康問題は“関心ランク下位”と思っていた10月、勤め先で毎年受けている検診の案内が来た。「肝臓のデータが多少は良くなっているかな」と軽い気持ちで検診に出向き、終わって検診結果を受け取る直前まで、「大山鳴動して・・」part2の幕が開くとは、全く予見していなかった。

 10人くらいの名前が呼ばれた冒頭に、「この人たちは、渡すものがあるから残るように」と、私ともう一人の名前が呼ばれた。何か物々しいなと感じるまもなく、私の方は「レントゲンに結核のような影が写っているので、専門病院で精検を受けるように」と言われ、当該の写真を持ち帰るという思わぬ事態に直面してしまったのだった。ついでに他のデータも見ると、何ということか、関心事だった肝臓のデータ(GOT/GPT値など)も悪くなっている! 胸の件は「まさか」という感の方が強かったのだが、肝臓の方は自覚症状がないまま悪くなるものと聞かされている。こうしてダブルに重なると、さすがに神妙な気持ちにならざるを得ず、またも精検と状況の打開に動くことに決めた。

 その後2ケ月経った今、二つのウオーニングは、いささかの鳴動を我が周辺にもたらした末に、あらためて休止の方向に向かいつつある。先ず、胸の影については、専門病院でCT写真を撮って貰っての診断が出て、「無罪放免」となった。「これまで一度も引っ掛かったことがなかったのに今回だけ何故?」という疑問には、「前に肋骨にヒビが入ったことがあって、自然治癒している。その跡が影として写ったのだろう」との説明だった。その病院では「肺腫瘍の疑い」と言われていたので、結果を聞くまでの約2週間は「入院手術の宣告を受けるのかも」と落ち着かない気持ちだった。従って、CT写真を一つ一つ確認しながら「最良の結果」と言われた時は、心底からホッとした。

 もう一つの肝臓の方は、しばらく揺れ続けた。先ず、10月下旬に、地元で2ケ月おきに通っている専門医の所で8月下旬の時のデータを聞き、既にこの時点で肝臓のデータは悪化していることを知った。「6月はまともだったのに、8月下旬には悪化している」という、全く思いもしない推移だったことに気付いていなかったのだ。慌てて、漢方の先生ともホットに議論して原因を追う中で、「先生が“散歩などの運動は大いにやるべし”と言われたのを、“散歩がよいならテニスもいい”と私が曲解した」ことが分かり、「猛暑の夏に何回か、2人だけでテニスをする等の過剰な負荷をかけた」等に思い至ったが、まだ定かな因果関係の解明には至っていない。上のことは、何とも単純なコミュニケーションミスなのだが、「名医といわれる人との間でやってしまうとは」とホゾを噛む思いの、苦い体験となった。

 このような曲折を挟んで、肝心のGOT/GPT値は、6月下旬の“基準値圏内”から、8月下旬、10月中旬、10月下旬と約3ケ月に渡って基準値を大きく超え、1119日のデータで“基準値圏内”に急回復と、大変動している(12月下旬にも採ったが、データはまだ未入手のまま)。ただ、直近で良いデータになっているのは「戻せるすべがある」ことの証で、そこを確認して歳を越せたのは良かったと、あらためて小休止の気分になっている。ただ、悪化を知った10月中旬から、気功をきちんとやる/テニスを控える/お酒を控える/食事のバランスに気をつける等など、肝臓にいいと言われることをかなりの徹底度でやっているのが効いての急改善とはまだ信じていない。

 それにしても、この半年余りの間でのデータの急変動は、これまで生きてきた65年間を通して自分には無縁だった変動ぶりである。それが加齢のもたらす現実と言うことなら、「もはや油断ならない歳」と自衛するしかない。血液検査の期間を適切に取る、検査結果をすぐ聞きに行く、データと暮らし方との因果関係に関心を持つ等など、入念の備えをすることは大切だなと思い知らされている昨今である。[04.12.29


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