「ショートエッセイ」シリーズ(その14)


 
「春の音」に想う             辻 淳二

 
 3月に入り、春の訪れももう間もなくという所まで来た。近年、私にとって「春の音」と言えば、4月上旬、非常勤講師として通っていた新潟市郊外の大学の最寄り駅からキャンパスに向かう道筋で、晴れた空に小鳥が囀り、雪が融けて水嵩が増した川が心臓の高鳴りのように音を立てて流れている情景、にイメージが繋がっていた。その機会が昨年からなくなって、それに替わる「新しい胎動に心踊るシーン」を持てないまま一年が過ぎた。そこへ、当ホームページ3月号の締め切りを前に、投稿が少ないから“埋め草”原稿を書かねば・・という状況に立ち至ったので、新しい「春の音」についてイメージして見ようと考えた。最初は、同じような雰囲気の場、例えば自宅に近い多摩川とかお茶ノ水駅近くの神田川の流れを思い浮べたが、電車の中から見ているので音は聞こえない。そこで、幼年は少子化、青少年は学力低下、壮年は既得権の守旧と、閉塞感に覆われた日本の社会に解放感/心の弾みをもたらす「春の音とは?」という切り口に視点を変えることにした。早速この時期に日本で新たに話題になっていることを拾うと、セントレア空港開港、愛・地球博開催、楽天/ソフトバンクの参入で様変わり予感のプロ野球、国際競争力を視野に入れたメガバンクや製薬の大型統合、H2Aロケットの打上げ成功等々。これらの内のどれどれが、一年経ち二年経って「あのニュースが、日本にとって“春の音”だったな」ということになるのだろうか。  

 上記の思案過程にあった227日(日)、私たち夫婦は、30年に渡る折々のお付き合いで近しいKさんご夫妻の「健康づくり気功教室」の五周年記念行事に参加した。外資生保会社の管理職だったKさんは、50歳台の初めに、会社によるリストラ通告をはね返すように、半年位のプロとなるための修業期間を経て、夫妻による「気功教室」の起業に踏み切った。それからの、第1期となる五年間をほぼイメージ通りに活動できたとして、教室もより好適な場所に移して第2期に進むべく、新教室のお披露目を兼ねた「交流会」を開催されたのだった。

 約1.5時間の、主として「第1期に会員や患者として深い親交があった人たち」約50人(大よそ女性2対男性1の比率で、やはりというべきか、この場も女性優位!)が車座になっての付き合い方の交流の場では、さまざまなタイプの“気功を身に付けての身心の健康回復/増進”例が開示された。その中で、ご本人の言葉でリアルに紹介されたこともあって、以下の諸例がとても印象的だった。

1.
 身障者手帳を貰う程に重度のリューマチに苦しんでいた人(男性)が、四年間、一日に何回もこの教室で学んだ気功を続けることで、今は仕事ができる迄に回復した

2.
 自らも治療院を開業している人(男性)が、右肩を曲げるのが不自由になった時に、この教室で整体を受けて“放っておくと硬直してしまう”との(自分では「まさか」と思っていた)診断を受け、それから気功治療を続けて危機を回避した
3.
 参加者中で最若手に近い人(女性)が、“生きていてもしょうがない”と思う程に気持が沈んでいた時にこの教室で気功と出会い、今は「生きることを、何と窮屈に考えていたか」と人生観を一転させた

 こうしてこの場は、私にとって、Kさんの「異常検知力」「治癒/回復への誘導力」の高さとその力の5年の実戦を経ての向上を再確認する貴重な機会となった。

 上記の帰路、家人とコーヒーショップに入って感想などを話し合う中で、思案中の「春の音」が実に身近なところにあったことに気が付いた。一時は回復が難しいと見えた病的状態に苦しんだ人たちを中心に、「若さを取り戻し、いい顔をした人が集う、心弾む場」がここにできている! 一つ一つの場は50人/100人規模でも、こういう場があちこちに育って来れば、日本中に輝きが戻ってくる! こうした“草の根”の場が根付き、成長して来ることこそ、「春の音」だと。

 Kさんの教室は、「病気に打ち克つ力を付け、前向きに生きようとしている人の集まり」として、これからも発展して行くことだろう。翻って我が研究会に目を向ければ、こちらも40人規模の集まりながら、活動はやや退潮傾向。この流れを押し返し、「(物理年齢を超えた)若さといい顔がいつもそこにある同好の士の会」としてパワーのキープに努めて行こうと、Kさんからあやかりの「気」を貰った思いがしている(鳥山さん、石井さん、何卒よろしく!)。[05.3.1


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