「ショートエッセイ」シリーズ(その16)


 
一年掛かりのモヤモヤ、third opinion で解消    辻 淳二 

 現下の健康上の関心テーマで、この一年間で二回、本「ショートエッセイ」欄に「大山鳴動して・・」という題名で小稿を書いた「慢性肝炎対応問題」。これが、今春に三回目の小鳴動を経て、当事者の私の目で見て「controllable でなかったのが、ようやくcontrol できる状態になった」との感があるので、もう一度書くことにした。このテーマで書くのはこれで打ち止めを願いつつ。

 これまでの稿を簡潔に再録すると、以下のようになる。

1 第一稿(046月号登載):

      
かねてより検診時に「C型肝炎ウイルス反応、陽性」と出ていたのに放置していたのを、65歳の節目検診(044月初)であらためて突き付けられ、「C型慢性肝炎の患者」との当事者意識を持って“進行を食い止める”ための対処を開始。

       主治医となった地域の専門病院の先生は「インターフェロンが効くタイプだから」とこれによる治療を勧めるが、「体感的に何の問題もない今、入院や副作用の可能性など生活の快適さを阻害するリスクを避けたい」私は“様子見”策を選択。その代りに、肝炎の進行をスローダウンする狙いで“漢方と気功の併用”による体質保持策を採択。

       肝炎の状況は、二ケ月ごとの採血で肝炎の基本的なチエック指標とされている「GOT/GPT値」で観察することで合意。45月と測定値は基準を外れていたが、6月の測定で基準値内に戻っていたので“小休止”と見なし、“要注意状態”を緩和。

2 第二稿(051月号登載):

       10月の勤務先での定期検診で「GOT/GPT値が基準値枠を大きく超えて悪化」していて、それも8月の採血時にも傾向としては既に出ていた(病院に行くのが2ケ月おきなので検査結果を確認するのが遅れていた! いささか迂闊だった)ことが分かって、“要注意状態”へと意識を戻す。

      
体感的には“問題なし”と思っていた所で、両値とも生まれてこの方何十回と受けた採血の中で飛び抜けて悪い値(GPTに至っては、200を超えていた!)を見せられて、さすがに慌てた。心当りの要因が思い当らないので、「この間に始めた漢方薬が合わないのかも?」と名医として知られる漢方の先生ともホットに話し合ったが核心を突いた気付きには至らず。「身体が良く動くのに任せて、真夏に二度ほど炎天下でハードにテニスをしたのがまずかったか?」とマークはしたものの、もう一つ腑に落ちないまま。結局、この時も、次の11月の採血で両値とも基準値内に急回復していた(これは、良い方の意外だった)ので、「まあ、正常に戻るんだからそう悪い状態ではないな」と、また“要注意状態”を緩和。  

 上記が、昨年末までの経過だった。ところが、今年2月の採血データでも両値とも基準値内(その前の12月のデータは、基準値を少しオーバー)で、「これで収まってくれれば万々歳」と大いなる希望を持って(実際、気功などにはこれまでになく精励していたし、体感も良かった)受けた4月初めの「ちょうど一年後検診」で、またも「両値とも、基準値をかなりオーバー」に直面してしまった。何と一年間で三回目の“大山鳴動”、さらにこの時は肝臓以外はどこも“問題なし”の中でなぜかポツンと「血圧値が高い」ことが合わせて出ていたので(「50歳台半ばまでは、ずっと低血圧質だった私が!」と、正直ビックリだった)、また両値が上がるサイクルに戻ってしまったのか、肝臓と血圧の二兎を追う対処になると厄介だなと、またまたいささか慌てた。そこで、血圧なら気功が効く筈と先生のKさんに相談をしてそちらからの治療をやや強化しつつ、“二兎”のフォローを始めた。

 先ず、血圧については、こまめに測るようにすると全体に確かに高めで、嫌な気がしないでもなかったが、テニスをした後や気功をした後はピタリと正常値を示すので、「何らかのストレスで高めになっているだけだろう(肝臓には関係なかろう)」と気にしないことにした。
 そして、肝臓については、もう一歩“当事者意識を持った取組み”とするため、慢性肝炎への対処法が書かれた市販本をきちんと読み直すことにした。選んだ本は、前に数冊読んだ中で、これまで採ってきた私の対処法に最もヒントを与えてくれていた著書の著者の近刊本、小俣政男著「心配なあなたにーC型肝炎」(027月刊、保健同人社。著者は、東大病院の教授で臨床医として肝炎患者を数多く診ている人)だった。

 もう一つ、肝臓に関して少し環境が変わっていたのは、2月の採血時にGOT/GPT値が基準値内に戻っていたこと、前掲のようにインターフェロン治療をやる/やらないで地域専門病院の主治医と私の間の話合いが平行線を辿っていたこと、等からだろう、私の主管が我が家の近くの病院に差し戻されていたこと。「これで、平行線の会話をすることなく(実際、両値のデータが良くない時の会話には気が重い所があった)、自分の仮説に沿った対応ができるなら願ってもない」と受け容れた矢先のいきなりの両値の悪化、「また、地域専門病院送りになるのを避ける」ために情報武装する必要もあり、上記の本をthird opinion(私の場合、地域/近所の両病院の主治医がfirst opinion、漢方医と気功の先生がsecond opinion )としたい気持は切なるものがあった。

 そして、結果的に、これらが「いい流れ」に繋がったのだった。情報武装する傍ら、差し戻しされた近所の病院の主治医(言わば、ホームドクターに当たる人)に、上記の平行線状態のことを率直に話し、「当面(データが良くない状態が続いても)、こちらでお世話になりたい」旨のお願いをし、1ケ月後の再採血について合意した。そして、約40日後の5月中旬に採血し、一週間後に検診結果が分かった。ここで幸運だったのは(私からそう具体的に頼んだのではなかったのに、という意味での“幸運”で、医師としては当然の判断だったかも知れないが)、検査項目に血小板数と血液中のウイルス量の測定を含めてくれたことだった(これまでの2ケ月ごとの採血では、そこまでやっていなかった)。そして、この検診結果は、体感的には前回と同様で“ごく良好”ながら、それでも前回は悪かったから一抹の不安はあった中で、「両値は基準値内、血小板数は18.5万/cc、ウイルス量は14万個/cc」と、かなりの好結果だった(血小板数、ウイルス量は、“C型肝炎ウイルスが居る肝臓としては悪くない数値”の意味だが)。

 そしてここで、これらのデータとthird opinion を求めた形の上記・小俣先生の本とがピタリとシンクロした。先ず、この著書で先生は「慢性肝炎の進行は、GOT/GPT値の増加よりも血小板値の減少で見るべき」と明確に記しておられ、ここが「どうも、両値のアップダウンに振り回されてるな」との感が強かった私の悩みに「我が意を得たり!」とジャストミートした。そこに、直近の私の血小板数値がうまく揃った!。ここ半年余りの三回の測定値は、0410月:18.9万、054月:17.6万、同年5月:18.5万。3データとも、肝炎でない人は20以上とされているから「肝炎であること」を裏付けているのだが、これらの値をこの本で先生が「このデータ値と慢性肝炎の進行度の関連」として示しておられる図と照らして見ると、「軽度慢性肝炎」という判定になる(数値17万以上20万未満は「軽度」)。私は、一年前に肝炎と向き合った時の自分なりの直感で、自分は「中度慢性肝炎」だろうと仮説を立てていた(前記第一稿を参照)。それが、先生の判定基準に拠れば、もう一つ初期の段階で、さらに本書の別図に拠れば、「この位置からだと、十年後に肝臓ガンになっている確率は5%」と記されていた。若い人だと、“十年後の5%”は決して小さい数値ではないが、66歳の私には気にするに値しない程度のリスクということだ。さらに先生は、「軽度・中度の場合、インターフェロン治療をあえて行う必要はない。特に、70歳以上は全くの適応外」と私が採りつつあった選択を肯定し、「GOT/GPT値は変動するものだから、一年単位くらいのスパンで数字がどの位のスピードで増えているかを見るのに有効だが、各回のデータ変動に一喜一憂すべきではない」と、私が陥っていた呪縛にも明快な指針を示してくれていた!

 かくして、何となく捉え切れないで梃子摺っていた私の持病・肝炎ヘの対処法が、スッキリと見えてきた。その骨子を纏めると、およそ以下のようになる。

1 ウイルスを肝臓に“飼って”いることは確かなので、死亡時の病名が「肝臓ガン」になる可能性はゼロではない。従って、体調の良い状態を崩さないための注意には万全を期すことにしよう。

2 ただし、80歳を目標寿命と考えると、上記の確率はかなり小さいのだから、肝臓を庇って消極的に暮らすことは得策ではない(その点、この一年は、ややGOT/GPT値の変動に過敏であり過ぎた)。これからは、データに連れての一喜一憂はやめて、肝炎であることを気にしないで大らかに暮らそう。もちろん、上記の5%のことが起る可能性はある訳だが、その時は「自己責任」と割り切るしかない。その場合に、近親者に迷惑を掛けることを軽減するため、“尊厳死宣言”の登録はしておこう。

3 これからも、状況の急変を見逃さないように、2ケ月間隔くらいでの血液検査を受け続けるが、肝炎の進行度のチエックは、主に半年位の間隔での血小板数の動きで見ていくこととしよう。

4 漢方や気功は、じっくり体質を変えていくものなので、私の場合にどう効いてくれるかがまだ見通せていないが、直近1〜2年の肝炎の進行をスローダウンする、これを心頼みとしてその分アクティブに生きる、等に活かすことを指向しよう。

 一言で言えば、「肝炎を“一病息災の素”として、自然体で生きて行く」ことに心が定まったということで、ようやく「目からウロコが落ちて、落ち着いた」状況になっている。

 [05.5.31



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