「ショートエッセイ」シリーズ(その17)
「通勤路にゴミのない街作り」初動開始 辻 淳二
ようやく、重かった腰を上げた
6月に入ってすぐの週末、新聞に「日本の人口、65歳以上が2割」の記事が出ていて、家人と「俺もその一人なのだから、実感としてそうだろうと分かるよ」と会話した。これがお尻を押す形となって、もう何年も前からその内にやろうと思っていた「一人でできる環境ボランティアワーク」をスタートさせることにした。駅への路でゴミが目に付く状態が徐々に進んでいくのが気になって、「通勤路にゴミが落ちてない街作り」運動を沿線のK電鉄に提案しようかと、本気で思っていたこともあった。結局、その前に先ず自分がやってみないと誰も動かせないだろうと時期を計っていたのを、ようやく「週に一回」のペースで始めることにしたのである。
この週は、週日の通勤時に、道に落ちているゴミをざっと目に入れながら出かけ(いわば、ワーク量の予備調査)、「まあ、燃えるゴミ/燃えないゴミ取り混ぜて50個はある。それなら、その数だけはキレイになるのだから、やる価値はある」と裏付けをとった。
日曜の8:30過ぎに、ゴミをつかむ器具(昨日、買っておいた)と、燃えるゴミ/燃えないゴミを分けて入れる透明の袋数個を持って家を出た。往きは、坂道を下って街道に出て、街道の進行左側の歩道を歩きながら駅の入り口まで、帰りは街道の反対側を歩いて、坂道は往路と同じところを登って自宅まで、往復2キロ余りの道筋。「まあ、小一時間くらいの、散歩代わりの楽々コース」と考えていたが、やってみるとそれは甘かった。
やり始めたら見えてきた「世の中あれこれ」
様々な気付きがあった中で、その第一はゴミの数。タバコの吸殻一本も一個と数えて、拾ったゴミは何と三百は楽に超えた。「初めてだから多い」ということもありそうだが、こんなにあるとは! そうなると時間も掛かって、家に戻った時は10:10くらい。予備調査での見当は大きく外れたけど、「これとて、やってみないと分からないこと」と気付かされて納得。第二は、帰路の上り坂は(当然ながら)ほぼ“ゴミの落ちてない路”になっていて、「自分はこういう道を通いたかったんだ」と気持が良かったこと。第三は、「ご苦労様です」ときちんと声を掛けて行く人が二人居られたこと、この日はいずれも女性だったが、このタイプの人たちの中から、自分でもやり出す人がでてグループになっていったらいいな、と期待が膨らんだ。最後に、坂を上がり切った所で行き交った、昆虫獲りの網を持った少年兄弟(小学生低学年だろう)と「そのゴミどうするの」「ゴミを集める車に捨てて貰うんだ」等と会話したこと。この会話が、彼らのゴミを道に捨ててはいけない、というしっかりした意識に繋がれば願ってもないこと。
数日後、たまたま、雑誌に出ていた作家の五木寛之氏と異端の医師として知られる慶応大学医学部の近藤誠氏の対談を読んでいて、その中の五木氏の言葉に興味を引かれた。同氏は「病院に頼らない生き方」を貫こうとしている人で、『患者よ、がんと闘うな』等の著書で病院や医師に頼りすぎることに警鐘を鳴らした近藤氏とベクトルが重なることでセットされた対談のようだった。この中で五木氏は、「床に落ちているものを拾う時に、右手で拾うなら、右足を引くか、左足を前に出して(腰を使わずに)拾う」と話しておられたのだ。ものを持ち上げたり拾ったりする動作で腰を痛めるケースは多い。「病院に頼らない」ためには「“治療”の前の“養生”が大切」というのが同氏の見解で、その養生の具体例としてこれを実践されているということだった。そしてその言に「なるほどねえ」と感嘆した思いがあったのは、私は上に記した“ゴミ拾い作戦”を始めたばかりで、「これは、下手をすると腰を痛めるな」と気付かされていたからに他ならない。全く予想外の人からヒントを貰ったことを面白く感じながら、次の機会から早速このやり方を実践しているが、確かに具合がいい。
それにしても・・、とやや慨嘆の感を禁じえないのは、「タバコの吸殻のポイ捨て」が多いことである。この月の週末の“出動”4回を通して、各回のゴミ回収個数は300個をコンスタントに超えていて、その約7割は吸殻なのである。ただでさえ世間で評判が良くない喫煙族が、気が付かずにさらに味方を減らしている構図が、生々しい現実なのだ。「喫煙族に、この小運動への参加を呼び掛けようか」「この運動を沿線に広げるなら、電鉄会社だけでなく、タバコの製造・販売に携わる企業を巻きこんだ方がいいな」・・、そんなことに連想を広げながら、「漕ぎ出した舟、この小ワークは継続させて行こう」と思っている昨今である。
[05.6.26]
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