「ショートエッセイ」シリーズ(その18)


 
嬉しかった「ビジネス界卒業」挨拶    辻 淳二


 6月の後半から7月の前半に掛けては、上場会社の役員で異動の時期を迎えた友人・知人から、ご挨拶状を頂く時期である。それを機に飲み会などの場を持って、新たな交友関係に進むこともままあり、「今度はどんな出会いが?」と楽しんでもいる。その中で、今年は、関西在住でもう十年くらい会う機会もなくなっていた旧友が、「上京することも少なくなるから」とわざわざ挨拶にと連絡してくれたのが望外の、感動の出会いに繋がり、とても嬉しかった。 
 

 細くて長い繋がり

 その友人Rさんは、私が技術者/ビジネス人としてようやく当時の重要顧客の矢面に立ち始めていた時期に数年(約40年前)、同じ会社/部署で苦楽を共にした人である(学齢的には私が3年先輩)。同じプロジェクトで一緒に徹夜をしたというような“戦友”的な関係ではなかったが、コンピュータと離れた場所にある端末機とのデータ通信を実現する知識や技術に関して、Rさん考案の方式を私が担当するプロジェクトでも活用させて貰うなど、頼もしい協力者だった。そして程なく、実家が関西ということもあってだろう、新興の情報サービス産業で期待を集めて設立された企業に転進された。この決断は見事に当たって、その後、Rさんは、創立間もない新職場で前職場時代の体験を存分に活かし、上場→業界有数のリーダー企業へと進んだ同社の発展と連動するようにご自身のキャリアを積み重ね、直近ではそれらを統合して8年の長きに渡り監査役を務められ、この6月下旬にハッピーリタイアされたのだった。

 二人の繋がりは、Rさんが転出した数年後、私も出会いの場となった企業を離れ、自立への道を進むことになって共通点ができた一方で、現実には間遠になってしまった。ただ、幸いにもRさんの会社が私のお客様だった時期も折々にあって、私が大阪へ行く限られた機会を利用して面談するなどで、お互いの親近感を繋ぐことはできて居た。

 40年経って「今ある幸せ」を共感

 Rさんの監査役退任は、新聞で報じられていたので、少し前に知っていた。ただ、雑事に紛れ、電話も手紙もしないままになっていた。そうしたある日、私が不在中の会社にRさんから2回電話があり、東京での連絡先が伝えられていたのだった。「これは、退任のご挨拶だな。それなら、こちらから追い掛けなければ・・」と、早速連絡を取った。すると、「夕方、時間が取れるから、挨拶に行きたい」とのこと。電話で声を聞けば、長い空白も即座に埋まる。会えるなら少しでも長くと、私も出向くことにして、東京駅近くのカフェーで会うことにした。

 落ち合って、長年の重職歴任を慰労しつつ、「最後の監査役という役割は、貴方に合っていたのでは?」と問うと、ご自身も同感だったようで、すぐに話が弾んだ。そして結局、Rさんの次の約束までの間の一時間半近く、それぞれに、同じ職場時代の模索/試行錯誤がその後にどう繋がったか、会社を離れてからの歩み、等をはじめとして、離れてから40年近い間のお互いの人生を、ゆったりとながら結構熱く、語り合ったのだった。近くに居ても、それぞれに自分の志のようなものは持ちながら、それを自分でさえまだ定かに見通せていなかったから、転出した後で志の方向にうまく行くかは、私が当時のRさんを見ても、同じくRさんが私を見ても分からず、いま思えば、その後は「うまく行ってくれれば・・」と気遣いしつつ遠くで見守りあっている関係だったのだと思う。そしてこの場が、その間の断片的に留まっていたコミュニケーションの空白を埋めて、今ここに至っているお互いを喜び合う場になったように、私には思えた。

 Rさんは、ビジネス人生を卒業したこれからは、地元キリスト教会の活動の世話役をこれまでより入念に努めるのと並行して、ご実家の人手不足を補う所から入って「みかん栽培」を楽しむ積りと話された。私も程なく卒業の身、スッキリとその日を迎えられるようにと、Rさんからパワーを貰った思いもあり、「今日は、Rさんと上記の会話ができただけで幸せ」と感じつつ、帰路に向かったのだった。
05.7.31


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