「ショートエッセイ」シリーズ(その19)
「継続は力」メニューに新顔 辻 淳二
誰でも類似の傾向があることだと思うが、私は、「自分の持ち味を活用して生きるための得意技/勝ちパターン」が、凡そ五十歳を転換期として変わったと認識している。それは、若い時の「痩せ馬の先っ走り」型から、シニア期の「継続は力なり」型へのシフトということで、歳を重ねて来ればこの変化は自然体の方向とポジティブに受容している。実際、六十七歳になった今、月々の生活に個性的にメリハリを付けるのに役立っている時間の使い方は?と見ると、「月次で、我がHPの編集発行を行う」(7年継続)、「天気が良い日曜日には、同年代のテニス仲間といい汗をかく」(4年)、「月刊の歌会誌に継続的に投稿する」(4年)等があり、「継続は力」型で身に付けたものが多い。
そこへこの六月、この型の新顔が加わることになった。本ホームページ(HP)の05年7月号の「ショートエッセイ」欄に同年6月から始めたと投稿した「我が通勤路のクリーンワーク(中身は、単なるゴミ拾い作業)」が順調に一周年を迎え、私の暮らしの中で上記のような行動と肩を並べる位置を占めるようになったからである。
前稿で書いたように、このワークは、「我が家から最寄り駅の京王線
「たかが/されどゴミ拾い」を体感できた
始めた時には、一年後に続けているとの確かな成算があった訳ではなかった。ところが、これまた得意技としている「“思い付いたが吉日”で行動すれば何とかなる」(Concept
making & Action)の成功例となって、スンナリと私の暮らしの中に組み込まれ、一周年を迎えることとなった。そして、「なぜ、そうなったか」を振り返ると、それは極めて単純なことだった。
先ず、当の道路の歩行者や道沿いの住民等を初めとする利害関係者の誰からも苦情が出る筋のことではない(むしろ、喜ばれる)から、もともと、自分自身が嫌にならなければ続くものであったということ。次に、嫌になるか否かという点では、これが予想以上に「たかがゴミ拾い、されどゴミ拾い」の場、つまり「やったからこその出会い/感動」が少なからずあって、ビジネス界からの卒業期を迎えた私のスローライフにメリハリや彩りを加えてくれる場になったこと。おそらく、ゴミ拾いしている私を通りすがりで見て「楽しそう」と感じる人は少ないだろう。ところが、そういう単純作業の場が、約25年に渡って駅への道として利用して来て、「もはや、この道に特別な感興を持つことはなかろう」と意識を固定化させていた道筋を見る目、そこで出会う人への接し方が変わるという、思い掛けない作用を私にもたらしてくれたのだった。例を挙げれば「なあんだ。そんなこと」と言われそうな、他愛のないことばかりなのだが、私にとっては、「それが見えないままこの道を通っているよりは、人間としてまともになれた」と感じる、得難い出会い/感動が得られたのだ。
始めた一年前と今とで、当の道を巡って私の中で起こった「好ましい変化」の具体例をいくつか挙げよう。一番大きいのは、道沿いに住み昔からの生業に励みながら生活している人たちと親しく会話する間柄になったこと。
その一は、街道筋に出る角地に住み、豆腐製造販売業を営むファミリー。ゴミを拾いながら店の前を通り過ぎていく私に、真っ先に、ごく自然に明るい笑顔で接してくれた一家だった。そこは、私と同世代の親夫婦と私の子達の世代の若夫婦の二世代が力を合わせて朝の早い豆腐店を営んでいる一家なのだが、両世代の誰もが変わらない明るい笑顔で私に接して来られ、まさに理想のファミリーのように私には見えている。ひと月ほど前には、店の前を過ぎて出る街道の信号の所で弱々しく身を動かしている雀のヒナを見つけた私が、日陰の位置にそっと移した上で引き返し、店に居た若主人に後のケアを託して連携するという場面にも遭遇した。最近では、同家の若奥さんに抱かれたちょうど一歳位の男児と擦れ違った後、少し進んでは振り返って手を振ると彼もまたこちらを見て手を振り続ける、という、自分の孫でない児との間でこんな交流があり得るとは、感動するシーンもあった。
その二は、道筋に住み、道筋の二百坪くらいの斜面の畑で黙々と野菜つくりに励んでいる七十四歳の老農氏。一見は無口でとっつきにくい人なのだが、私のワークの途上で最もしばしば顔を合わせる人という縁から会話するようになったら、私などよりよっぽどしっかりと生きて来られた人であることが見えてきた。同氏が畑に入っている時には通りから挨拶するだけだが、雨が上がったからと私がワークに出るとちょうど畑仕事に向おうとする氏と道で行き交う。そういう時には、お互い足を止めて、ほんの数分だけど立ち話をする。そこで氏が私に話してくれたことは、「細い農道だったこの道を、土地を提供して広げて公道にした」という道の来歴を初めとして「相続や税金への目配り」「野菜作りは収支大赤字でも楽しみ」「地植え(地面に這わせて作る)きゅうり自慢(確かに、柔らかくてうまい)」「近くの小学校からの実地見学」等々で、農家と今の世の中との関わりが話す度に身近に見えて来るとの感があった。そうした過程の今年6月上旬、当研究会にお招きした講師が「日本の農業政策」研究の第一人者で、現下の八方塞りの農業事情を教えて頂いたのだが、そのマクロな話と、私が老農氏との会話で知った現場(ミクロ)の話は随所で重なり、両氏の話をリアルに印象深く心に留めることができた。かくして、老農氏に対する親近感は一層深くなり、ワークに出掛ける時には「今日は、会えるかな」と思いつつ出掛けている。
その他に、始めた頃と確かな違いを感じていることに、「作業中に行き交う人たちとの接点が、随分柔らかくなった」との印象がある。我が家の近所の人たちともかなりの数の人と出会ったし、通り道の家の人で私を見ると話し掛けて来られる人が増えたり、部活を終えて休んでいる中学生グループや昆虫取り網を持って歩いている兄弟などと声を掛け合ったり、など、私を「週末にゴミ掃除に来る人」と好意的に受け止める人が増えたことが“接点の和み”に繋がっているようだ。
見えてきた「一歩前進の方向」
今のところ、「××(地名)で、同じようにやっている人が居ますよ」と教えてくれる人はあっても、「私もやります」「一緒にやりましょう」という人は現れていない(自分の都合に合わせて気侭にやっているから「継続できている」ということでもある)。それでも、私の通勤路(今春にリタイアしたので、もう通勤路ではなくなったが)だけでも一年やれば2万個のゴミが綺麗になる、という生データは手に入った。私と同じように、通勤路の汚れが気になる人たちは少なくないことだろう。そこで最近は、「我が沿線の京王電鉄の株主となって、総会に出掛け、このデータ等を裏付けとして“通勤路にゴミがない沿線創り”(幸い、この沿線には、「ゴミを持ち帰って、汚さない」山=高尾山といういいモデルもある)を提案しようか」と、半ば本気半ば冗談で、家人と会話している。[06.7.30]
* このページは、別稿(「創作」欄)と連携しています。
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