松本東亜のシリーズ投稿(第回)

 現代のこころを詠む 短歌のページ

                               

[近詠歌]



   ひたひたと近づく影を感じつつ平穏な日は今日も過ぎゆく

 

   

[歌人たちが歌った郷土熊本(シリーズ1吉井勇)]
 
この稿は、歌誌「すぎなみ」2002年月号(編集責任:松本東亜氏)から転載しています)


  
荒海を南へくだるわが船の舵楼のうへの天の河かな



 吉井勇。東京市芝区高輪南町吉井伯爵家に孝蔵の次男として生まれ、兄の夭折でそのあとを継いだ。祖父は維新の功臣のひとり。明治40年早大文学部予科に入学、のち政治経済科に転じたがまもなく中退した。早くから歌に手を染めたが、38年新詩社に加わり、「明星」後期の新人として活躍した。40年北原白秋・木下杢太郎らと新詩社を脱退、翌々年には石川啄木・平野萬里らと雑誌「スバル」を創刊、その編集にあずかった。処女歌集『酒ほがひ』(明43)の享楽的な歌風で広く世の注目を浴びたが、戯曲や小説にも筆をとった。大正中期以後は、歌壇の中心をはなれ、線の太い独自の歌風をふかめていった。                     (現代短歌・本林勝夫著より)

 冒頭の短歌は『酒ほがひ』中海の墓より採歌した。享楽的な歌が有名であるが、歌集を実際に読んでみると、こうした堂々とした作品に接することができる。

 明治40年8月14日、与謝野鉄幹、北原白秋、木下杢太郎、平野萬理そして吉井勇の五人が、菊陽杉並木を阿蘇登山のため通ったことはすでに紹介した(本年本誌2月号)。のちに吉井勇は次の歌を残している。  

      君にちかふ阿蘇のけむりの絶ゆるとも
    
万葉集の歌ほろぶとも   『酒ほがひ』  

 活火山の阿蘇の男性的な威容を背景に、情熱あふれる心情をストレートに歌っている。

 彼ら五人は阿蘇に登る前は、熊本天草の南蛮文化調査のため来熊したのだが、この一連の旅行を「五足の靴」と称している。この旅行は彼らそれぞれの文学作品に大きな影響を与えたと言われ評価されている。やはり、『酒ほがひ』中海の悲しみと題して32首あるが、その最後の歌に天草のものがあった。 

     君に似し天草島のたをやめが
     髪おもしろし総角にして
 

 

【一相一首】のすすめ(「経営と情報通信」研究会員の皆さんへ)

  一相とは、自己のすがた、心の様相を言います。現代社会において、みなさんは仕事や暮らしに多忙を極めています。、その時々に様々な思いを抱かれることでしょう。

  そんな時、自由に一首に心を込め、その思いを大切に歌うようにしましょう。数多く作ることは必要ありません。自分の力に応じて一首一首を作ることが肝要です。こころのアロマセラピー、癒しにもつながり、きっと、豊かな人生が送られることでしょう。短歌を上手になりたい方は、志を高く持って、日々向上に努めるように続けましょう。

  作ってみたい方は、このホームページに送ってください。編集後、掲載します。(松本)

 

[「松本さん紹介ホームページ」の案内(事務局より)]  

  松本東亜氏については、ヤフージャパンで検索し、調べることができます。

 

[投稿者の作品]

 今月号の投稿は一件です。会員の皆さんの参加を心待ちしています(事務局)。


 [辻淳二作: テーマは「福井から大阪への車中」]


 
手土産を駅にて求む遠き日の疎開の思ひ出羽二重餅の

 目の前に仰ぎて見たる賎が岳イメージよりも小さくありき

 岩肌にスクレーパ二基見えながら動くは一基暑きさ中に  

 長浜に近づく車窓に姉川追ひて見つからざるは手前ならずや  

 地図求めつぶさに見れば姉川は駅の南で琵琶湖に入りぬ  

 佐和山の城址彦根のそばに見ゆ逆賊ゆゑの跡形なしか  

 行き過ぎし実家の町も市となるらしプラスに活かす知恵はいかにか


 
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