松本東亜のシリーズ投稿(第回)

 現代のこころを詠む 短歌のページ

                               

[近詠歌]



   

  何かいい方法はないか母親の深き眼差し子と暮らす道は

 

 

   

 [歌人たちが歌った郷土熊本(シリーズ21尾上柴舟)]
 
この稿は、歌誌「すぎなみ」2002年9月号(編集責任:松本東亜氏)から転載しています)  
  

    

  うつそみの命を軽みちはやぶる神の怒の火の上に立つ

 


 尾上柴舟。本名八郎。明治9年8月20日生。旧一高を経て明治34年東大国文科卒。
東京女高師・学習院等の教授を歴任、草仮名の大家として芸術院会員にもなった。もと
旧派の歌人大口鯛二に学んだが、のち直文に師事して、その歌風を忠実に踏襲した。
 38年車前草社を創立、大正三年には「水甕」を創刊主宰した。早く金子薫園と結んで
『叙景詩』(明35)を刊行、明星派に対抗したが、その後、自然主義的な作風をも示
した。明治43年「創作」に発表した「短歌滅亡私論」は歌壇の反響をまきおこしたも
のとして有名である。『銀鈴』(明37)『静夜』(明40)『永日』(明42)
『日記の端より』(大2)等の歌集があり、また国文学や平安朝草仮名書道の研究のほ
か、書道の名手としても著名である(現代短歌、本林勝夫著から。)

 冒頭の作品は「水甕」大正13年10月号から採歌した。これには、阿蘇山にて、と小題が付け
られている。同号、熊本の安永信一郎氏の作品によれば、福岡に会いに行ったが8月11日尾上
柴舟夫妻突然の来熊。翌12日阿蘇登山。このことは、菊陽杉並木をこの日通ったことに他ならな
い。柴舟の作品は、古今集等の古典を極め、流麗である。歌風が安定した
『日記の端より』の
始めの作品を少し紹介したい。

     つけ捨てし野火の烟のあかあかと見えゆく頃ぞ山は悲しき

   春の谷あかるき雨の中にして鶯なけり山のしづけさ   

  たちがれの木の肌しろく暮れ残る山の谷間の春のたそがれ

 

 なお、先の安永信一郎氏(平成3年他界)の阿蘇登山時の作品は歌集「大門」に収め
られているが、稿を改めて後日紹介したい。

 資料 「水甕」、「熊本歌壇私記」及び歌集「大門」(安永信一郎) 熊本県立図書館

     

【一相一首】のすすめ「経営と情報通信」研究会員の皆さんへ)

  一相とは、自己のすがた、心の様相を言います。現代社会において、みなさんは仕事や暮らしに多忙を
極めています。、その時々に様々な思いを抱かれることでしょう。

  そんな時、自由に一首に心を込め、その思いを大切に歌うようにしましょう。数多く作ることは必要あ
りません。自分の力に応じて一首一首を作ることが肝要です。こころのアロマセラピー、癒しにもつながり、
きっと、豊かな人生が送られることでしょう。短歌を上手になりたい方は、志を高く持って、日々向上に努
めるように続けましょう。

  作ってみたい方は、このホームページに送ってください。編集後、掲載します。(松本)

 

[「松本さん紹介ホームページ」の案内(事務局より)]  

  松本東亜氏については、ヤフージャパンで検索し、調べることができます。

 

[投稿者の作品]

 今月号は一件です。会員の皆さんの参加を心待ちしています(事務局)。


[ 辻淳二作: テーマは「
孫とともに過ごす」
  
  
 風強き臨海公園歩きたり小鳥いなかったねと孫と言ひつつ

 求め来しタオルを差しつつ児は母に見し動物たちをハキハキと告ぐ

 公園でブランコを揺らす渋谷の街この落書きは児にどう映るらん

 空いてゐし電車に孫は嬉々として揺れるに任せ転げて遊ぶ

 ここはいつも二階のパソコンで遊ぶ家孫は来て直ぐ我を誘ひぬ

 家族らの顔見回しし孫娘風呂の相手に我を選びぬ

 高尾山一歳の小ザル近く見てまた行きたがる孫は帰りに

 ディジカメをいじくる内におさな児は自分の顔を撮してをりぬ

 昼寝する牛の背中をおずおずとブラシで撫でぬ我とおさな児

 混み合へる都電の中で寝入りたる孫は重たし遊び疲れて

 おさな児は靴を自分で取り出して独り履きたり三歳の夏に

 玄関に小さき靴ありドア押せば蝉しぐれあり早出の足軽し
 
 


 
[本作品の関連ページ]:  「孫っ子、この一年の成長」

 
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