松本東亜のシリーズ投稿(第5回)
現代のこころを詠む
『短歌のページ』
[近詠歌]
独り言を明るく何か言ひてをり病む子の手を引き母親は来ぬ
[歌人たちが歌った郷土熊本(シリーズ22=宮柊二)]
(この稿は、歌誌「すぎなみ」2002年10月号(編集責任:松本東亜氏)から転載しています)
宮柊二。本名宮肇。大正元年8月23日新潟県生。昭和7年上京し、北原白秋に師事。
10年「多摩」の創刊に加わり、白秋の秘書となる。14年富士製鋼所に入社したがす
ぐ応召、18年帰還し35年まで富士製鉄に勤務。28年「コスモス」を創刊。36年
『多く夜の歌』で読売文学賞を、五十一年「独石馬」で迢空賞を受賞。(詩歌人名事典)
冒頭の作品は『多く夜の歌』から採歌した。これは、阿蘇山、と小題が付けられている連作
六首の一首目。昭和33年11月22日、全九州短歌大会(日本歌人協会、ラジオ熊本および熊本
日日新聞者主催)の講師、選者として来熊。熊本は初めての氏を熊本の歌人会から蒲池正紀氏、
安永蕗子さんらの案内で熊本城を見て宿舎に入っている(当時の熊日記事)。23日大会を終え、
翌24日、阿蘇山に遊び、これらの作品を残した。のびやかな調べの中に人間味が感じられる。
日に照れる外輪山が壁のごと立ちめぐりたる阿蘇谷を行く
溶岩が影置く道の隈回にて砂しろじろし山頂の砂
噴煙をめぐり岨立つ火口壁つひに寂しき岩の立肌
防中の寂しき町を偲びたりただざまにして煙匂へば
冬の湿光れる昼をむらがりて鴉遊べる草千里浜
24日阿蘇行きの記事も探したが見当たらなかった。菊陽町の杉並木を通り、阿蘇へ登
ったことがわかったことは収穫。帰りは熊本に戻らず、大分の方へ向かったようだ。
雀子のこゑして阿蘇の内之牧旅の目覚めのあやしく寂し
(内之牧町)
【一相一首】のすすめ
(「経営と情報通信」研究会員の皆さんへ) 一相とは、自己のすがた、心の様相を言います。現代社会において、みなさんは仕事や暮らしに多忙を
極めています。、その時々に様々な思いを抱かれることでしょう。
そんな時、自由に一首に心を込め、その思いを大切に歌うようにしましょう。数多く作ることは必要あ
りません。自分の力に応じて一首一首を作ることが肝要です。こころのアロマセラピー、癒しにもつながり、
きっと、豊かな人生が送られることでしょう。短歌を上手になりたい方は、志を高く持って、日々向上に努
めるように続けましょう。
[「松本さん紹介ホームページ」の案内(事務局より)]
松本東亜氏については、ヤフージャパンで検索し、調べることができます。
[投稿者の作品]
今月号は一件です。会員の皆さんの参加を心待ちしています(事務局)。
[
辻淳二作: テーマは「入院中の老義父を見舞う」]
身を小さく寝ていし父の背を起こし夕食すすむを傍らに見つ
食べし量8割と記すは久々なりこれが見舞いの甲斐であるらし
看護婦に我慢しないでと言われしもおむつに小用を父できぬらし
長くないよと語りし義父がこの室で一番元気と言いたるおかし
土曜日は病院の人も手薄にて容態聞けども答えもどかし
父の言葉聴き取りかねて戸惑えり苛立ちなき顔に救われつつも
会話より眠りを急ぐ老義父のなせるがままにすべなし我は
[本作品の関連ページ]: